第36話『もう責任を取るしか』
恥ずかしくてたまらない。
今回のネームで描かれた『独占欲の拗らせ』という感情は、明らかに近頃の瞳子を想起させるものだ。おそらく、自分の言動の端々にそういう湿っぽい感情が滲んでしまっていたのだろう。それが日果に伝わってこういうネームの着想に繋がったと。
『それでは大淀さん、完成原稿も楽しみにしています』
『はいっ! 引き続きよろしくお願いします!』
作画作業へのゴーサインを貰い、晴れて本日のリモート打ち合わせは終了となる。
米原さんがログアウトし、残されるのは日果と瞳子のみ。
めちゃくちゃ気まずい。顔から火が出そうになる。この子はどこまでこちらの内心を見透かしているのだろうか。もう好意に気付かれてしまっている? それとも直感でなんとなくネームを描いただけで、瞳子の本心にまでは気づかれていない?
そんな風に情緒をぐちゃぐちゃにしていたら――
『ねえ水無月さん。久しぶりの漫画打ち合わせ、どうだった?』
「え……?」
『楽しかった?』
「う、うん。とっても」
実をいうと混乱しすぎて楽しむ余裕などなかったのだが、そんな本音は言えないのですぐさま頷いて返す。日果は明るく笑ってさらに続ける。
『それじゃあね、文化祭の準備とどっちが楽しかった?』
「文化祭とどっちが……?」
『うんうん。もちろん比べるようなことじゃないとは思うけど。強いて言うならどっちの方が楽しかった?』
「いやまあ、どっちも……」
『もし『文化祭の準備』か『私との漫画制作』か。どっちか一つしかやっちゃいけないような状況になったら水無月さんはどっちを選ぶ?』
なんだろう。雑談みたいな調子なのだが、日果からいつにない迫力を感じる。
「それは……どっちか一つなら、日果との漫画かな。文化祭はクラス行事だから、一人くらいいなくても回るだろうし」
『そっか。水無月さんはクラス行事よりも、私との作業の方を優先してくれるんだ。よかったぁ』
胸をなでおろしたように溜息をつく日果。まったく意図が読めない。茹でタコみたいにのぼせ上った瞳子をからかって楽しんでいるのだろうか。殺るなら一息に殺って欲しい。
『実はね――私って理論派だから、どうして文化祭の準備から今回のネームを発案できたのか分析してみたんだ。そしたらしっかり着想経緯が整理できて。聞いてくれる?』
あ、これは処刑が始まる流れだ。
今から日果によって「水無月さんってそういう目で私を見てたよね?」と指摘されるのだ。どうしよう、ここから言い逃れは可能だろうか。
『ほら、水無月さんは『みんなと一緒にやる文化祭の準備は楽しい』って言ってたよね』
「……うん?」
『今にして思えば、私あれがすごく嫌だったんだ』
瞳子は首を傾げた。
処刑じみた指摘が来るかと思ったら、日果の告げる内容は想定とまったく違っていた。
そして続く言葉はあまりにも想像の斜め上で、
『水無月さんの興味が文化祭に向いちゃったら、クラスの中心に行って戻ってこないような気がしたの。水無月さんを文化祭に関わらせたくないって思ったの。だから私が率先してあれこれやって、できるだけ水無月さんを仕事から遠ざけようとした――んだと思う』
「……は?」
『今回のネームにはそんな私の心情がそのまま反映されてるんだ。日常の体験を作品に昇華するってクリエイターっぽいよね?』
胸を張ってドヤ顔になる日果。ちょっと待って欲しい。情報の処理が追い付かない。
「えっと、私を文化祭から遠ざけようとしてたの……?」
『うん、今にして思えば。ごめんね。でも結局、水無月さんは文化祭よりも私との作業の方が好きだもんね? なら別に問題ないよね?』
問題しかない。こいつは今、自分が何を言っているのか理解してるのか?
さっきクーナの心情を自ら語った言葉を思い出せ。
『ユキホは絶対に渡さない! 脇目なんか振らず私のことだけを見ていて欲しい! ユキホに他の子が近づきそうなら自分が前面に立ってガードする!』
さっきは瞳子の本心を見透かして代弁した台詞のように聞こえた。
だが――今の独白を斟酌すれば、これは偽らざる日果の本心ということになる。ユキホの部分が『水無月瞳子』になるだけだ。
(これってもう実質プロポーズじゃ……?)
瞳子は心臓の鼓動が爆鳴りするのを感じる。
そうだ。他人の感情を察するのが極端に苦手な日果が、ひた隠しにした瞳子の内心を察せられたとは考え辛い。
ということはやはり、今回のネームの主眼である『拗らせた独占欲』は他ならぬ日果の内心より湧いて出た感情なのでは。
『ところで水無月さん。文化祭の当日は一緒に回ってくれるよね? もし他の子と一緒に回る約束とかしてたら、申し訳ないけどキャンセルしてもらってもいい?』
もしかしたら瞳子は、とんでもないモンスターを目覚めさせたのかもしれなかった。
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