第35話『これが私の『百合』の始まり』
『いいですね。この内容でいきましょう』
日果が描き上げた新たなネームは、担当編集の米原さんのチェックを一発で突破してみせた。
『前回のネームの課題点がすべて解決されています。『日常の中での心の接近』というテーマは維持しつつ、最後にどんでん返しを持ってくることで退屈さも感じさせない構成となっているかと思います。本当にお疲れ様でした』
『ありがとうございますっ! やったね水無月さん!』
「う……うん。おめでと」
絶賛の言葉を受け、画面の向こうでバンザイしながら喜ぶ日果。一方、ぎこちなく笑って祝福の手をパチパチと叩く瞳子。
この結果に異論はない。日果が提出したネームは面白かった。それどころか、百合作品としては過去一の神回と断言できる出来だった。
しかし、客観的には神回であっても、他ならぬ瞳子にとってはとんでもない爆弾ともいえる内容だったのだ。
――内容を短くまとめよう。
石鹸を手に入れてユキホがクーナに手洗いを教えるという展開は前回と同じ。しかしこの時点ではまだ二人の心情や交流を掘り下げることはしない。普通にクーナが手洗いとシャボン玉遊びを覚える――ここまでが導入だ。
その後、旅を続ける道中で二人は行き倒れの母娘を発見する。
彼女たちは凶作で荒れた故郷を離れ、親戚の住む町へと移り住もうとして――その途中で食料不足により力尽きたとのことだった。
見過ごせば母娘ともに衰弱死するのが目に見えていたので、お人好しなユキホは二人が『親戚の住む町』に着くまで同行することを申し出る。
その道中、クーナはやたらと幼い娘の世話を焼くようになる。
シャボン玉で遊んであげたり、歩くのに疲れたら背負ってあげたり、下手くそな子守唄を歌ってあげたり。
そんなクーナの姿を見てユキホは「この子にも小さい子を思いやってあげるような優しさがあるんだ……」と、彼女の中に人間らしい感情を見出して複雑な心境になる。
そして町へと母娘を送り届けた後、ユキホは「あの子とお別れするのは寂しくない?」と尋ねる。するとクーナは「え、ちっとも。むしろやっとお別れできるなって感じ」と予想外な答えを発する。
そう、クーナは少女との交流を楽しんでいたわけではなかったのだ。
楽しんでいるわけでもないのに世話をしていた理由をユキホが問うと――
「あの子をユキホに近づけたくなかったから。ユキホが私よりあの子のことを気に掛けるようになったら嫌だから。それならいっそ私の方に懐かせちゃおうって。小さい子の世話なんて面倒臭かったけど、ユキホを独り占めするためなら全然平気」
以上。
いや、この後にそこそこ読後感爽やかなエンド(実はクーナも少女との交流を知らず知らずのうちに楽しんでいたというオチ)はあるのだが――もうこのクーナの台詞を読んだ時点で瞳子は冷静でいられなくなってしまった。
未だ平常心を失ったままの瞳子をよそに、米原さんは日果とネームの感想を語り合っている。
『率直に、百合作品としてインパクトの強い回だと感じました。奔放で無軌道なキャラとして描かれていたクーナが、まさかここまで湿っぽい独占欲をぶつけてくるタイプとは。いい意味でギャップがありキャラの魅力がより高まったかと』
『そうなんですそうなんです。なんだか最近、まるでクーナが憑依してきたみたいにこういうアイデアが湧いてきまして』
そう言いながら日果はぐっと拳を握った。
『ユキホは絶対に渡さない! 脇目なんか振らず私のことだけを見ていて欲しい! ユキホに他の子が近づきそうなら自分が前面に立ってガードする! クーナはそういうキャラだったんです!』
はしゃぐ日果をよそに、瞳子は耳まで真っ赤にして顔を俯ける。
日果は変わらず無邪気に作品語りを続ける。それが瞳子の情緒をグズグズに壊しまくっているとも知らずに。
『クーナは『百合』というものをまだよく分かっていないけど……ユキホが自分だけのものであって欲しいと思ってる。そのドロドロした感情を、私はこの作品の『百合』って呼びたいと思います!』
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