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第34話『その意図はどこに』

 夏休みは過ぎていく。

 見慣れた教室は日に日に不気味な『開かずの間』へと塗り替えられ、並行して謎解きの準備も着々と進められる。


 ――我ら2年3組のお化け屋敷の詳細はこうだ。


 開かずの間に入ると、黒板に奇妙な『時間割』が貼られている。

【一限『国語』、二限『数学』、三限『英語』、四限『歴史』、五限『物理』、六限『音楽』】

 曜日の欄はなく、ただその一列だけが記されている。


 次に教卓を見れば、ボロボロに汚れたノートが置かれている。

 開けば一ページ目に大きく『たすけて』、二ページ目に『この一日を』、三ページ目に『終わらせて』とある。


 そして『開かずの間』の各所には、各教科にちなんだ六つの謎解きが設置されている。

 これをすべて解けば、晴れてゲームクリアとなり密室から解放される。


 なお、文化祭の出し物なので難易度はそう高くない。

 たとえば『国語』の問題は「五人の証言者のうち嘘をついている一人を当てろ」という単純な論理パズルだ。『数学』の問題もよくあるナンバープレースという数字パズルとなっている。ただし、壁一面に残る赤い手形の『立てられた指の本数』がナンバープレースを形成していることに気付くには少し時間がかかるかもしれないが。


 ちなみにナンバープレースのルールを知らない人が入ったときのため、教室脇の小棚に『初心者でも分かる優しいナンプレ』という本を入れておく親切設計である。


 そんな調子で全六問。ほどよく優しい出来の脱出ゲームになったと思う。

 何を隠そう、時間割という形で謎解き全体に統一感を持たせたのは日果である。各班が提出してきたアイデアに「これ『数学』ってことにしよう」「これ『物理』ってことにしよう」などと後付けで科目を割り振って、実に上手くまとめたのだ。

 特に『物理』の謎解きは小道具として天秤を用いるから、ともすれば『開かずの間』の雰囲気を壊しかねなかったのだが――『物理』の実験器具と解釈することで見事に違和感を払拭してみせた。


 準備は極めて順調だった。きっといい文化祭になると思えた。

 しかしその分、日果の口から漫画の進捗は一切聞かれなくなっていた。

 おかげでずっと、瞳子の胸には焦燥が燻り続けている。本心では「漫画は大丈夫?」と聞きたい。しかし、このタイミングでそんな話をすると「文化祭はいいから漫画に戻れ」などという圧にも聞こえかねない。

 日果がクラスのみんなを巻き込んで楽しそうに青春をエンジョイしているところに、そんな水を差すのは間違っているように思えた。


(三葉先生はああ言ってたけど、あの子の本性を知らないしなぁ……)


 何を考えているのか分からないところがあるのが日果である。

 もしこの文化祭で「みんなと一緒に作業してその中心に立つのが楽しい」という成功体験を得たら「もう漫画はいいや」なんて翻意をする可能性だってゼロじゃない。


(でも。もしそうなったら、私は嫌だな……)


 分かっている。その感情は瞳子のエゴだ。日果がそんな決断をしたのなら誰にも止める権利はない。

 寂しいぼっちに戻って私のために漫画を描け――だなんてとても言えない。


「お疲れ様、水無月さんっ! 今日で作業も一段落だね!」


 内装作業の休憩がてら中庭の木陰でスポドリを飲んでいたら、こちらを見つけた日果がシュバッと近寄ってきた。漫画の話をすることは減ったが、ひっつき虫っぷりは以前から変わっていない。


「うん、そうね。お疲れ様」


 監修や調整が必要な仕事はほぼ終わった。後は単純な設営作業のみ。そしてそのあたりの作業は、部活練習で当番出席回数の少なかった運動部組がラストスパートをかけてくれる手筈になっている。


「すごいじゃん日果。大活躍だったよ」

「いやいやそれほどでも」

「――ね? 文化祭の準備も楽しかったでしょ?」


 瞳子は複雑な心境ながらも笑ってみせた。この子が人との触れ合いの中に楽しさを見出したなら、それで。


「うぅん。楽しくないわけじゃなかったけど、労力に楽しさが見合ってるかと言われるとちょっと微妙。コスパがあんまりよくない。やっぱり私は漫画描いてる方が好きかな」

「え」


 が、なんと。

 日果は平然と首を振って、文化祭の楽しさをあっさり否定してみせた。いや、完全否定はしていないが、コスパが悪いとはなんたる言い草か。


「じゃ、じゃあなんでこんなに頑張ってたの……?」

「前にも言ったとおり、この面倒を乗り越えた先にいいアイデアを掴める雰囲気を感じてたからだよ! そしてなんとついに!」


 日果はまるで宝物でも披露するかのようにスマホを天高く掲げた。

 その画面に表示されているのは、


「嘘っ! ネーム!? できたの!?」

「この文化祭準備で掴んだものの集大成! ぜひぜひ水無月さんの感想聞かせて!」

「もちろん今すぐありがと楽しみにしてた!」


 さきほどまでの不安が綺麗さっぱり吹き飛んで、瞳子は小躍りするくらいの気分で日果のスマホを受け取った。

 ともすればだらしないと言われそうなほどに表情を緩め、pdfファイルをゆっくりスクロールしていく。


 なるほど、こういう導入か。

 前回より少し捻っているが……少し弱い気がする。またボツになってしまうのでは?

 それに、クーナのキャラが今までとずいぶんブレている。奔放無邪気な彼女はこんな振る舞いをする性格だったろうか?


 いや。

 待て。


 なんとなく分かる。日果はこの展開の弱さもクーナのキャラブレも意図的に描いている。最後に何かどんでん返しが来る。

 そう信じて目配せをすれば、日果は自信ありげに頷いた。ああ、やっぱりそうだ。ならば渾身の仕掛けを楽しませてもらおうじゃないか。




 ――そして約三分後。




「ねえ水無月さん。どうだった? 面白かった? 水無月さんってば、どうしたの?」


 ネームを読み終えた瞳子はその情緒を完膚なきまでに破壊され、放心状態でその場に立ち尽くすことになった。

読んでくださってありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
水無月さんの心のドミノが全部倒れた事しか分からん……。
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