第33話『先達のアドバイス』
「みんなー! 教卓にお菓子置いておくから自由に食べていいよ!」
「わ、すごい豪華じゃん! どうしたのこれ!?」
「お姉ちゃんが仕事関係で貰ったやつ。食べきれないからどうぞって」
日果が車から運んできた荷物ボックスを開け、教卓にドサドサと菓子折りを積む。売れっ子作家に贈られてきたお中元だけあって、いずれも有名洋菓子店のお高そうな菓子折りばかりだ。
「貰い物が余っただけですから、みなさん遠慮しないでどうぞ~!」
「ありがとうございます!」
クラスの面々から揃って感謝され、三葉先生はホクホク顔を浮かべていた。
しばらく満足そうに教室の光景をじろじろと眺めて、
「それじゃあみなさん。文化祭の準備、頑張ってくださいね」
空になった荷物ボックスを抱え、笑顔で教室を後にする。
ただの送迎役の『親戚のお姉ちゃん』がクラスに長居する理由はない。差し入れを置いて帰る――なるほど適切な引き際だろう。
だが、瞳子はその振る舞いを微塵も信用しなかった。
「車まで送ります」
「大丈夫ですよ水無月さん。さすがに迷ったりなんかしませんから」
「いいえ。あなたは迷って変なところに辿り着いてしまいそうな気がするので確実に駐車場まで送り届けます」
このボックスを車に積み直した後、この変態がセーラー服に着替えて校内を闊歩しない保証はない。しっかり車が校門の外に出て行くまで監視する所存だ。
もしUターンして校内に戻ってこられてはもうお手上げだが、おそらくそこまではしないと思う。なぜならこの人は校内侵入を企てる際、いちいち『文化祭を見に行く』だの『資材の買い出しを手伝う』だのといった建前を一応用意してくるのだ。正当な理由のない校内侵入は完全アウトと分かっているのだろう。
それゆえ一度しっかり校外へと追放してしまえば、再侵入の建前を与えない限りは戻ってこないのではないか――と思う。
「水無月さん」
そんな生態考察をしながら駐車場へ向かっていると、三葉先生がにやりと笑った。
「少し喉が渇いてしまって。校内に自販機なんかはありませんか?」
「学校出たらすぐ左手にコンビニがありますよ」
「ゲホッゲホッ! うう、あまりにも喉がカラカラで咳が止まりません……この状況でハンドルを握るのはあまりにも危険……」
「茶番はやめましょう。要するに自販機という建前でもうちょっと校内をうろつかせろってことですよね?」
いかにも「分かってるぅ~!」という感じで、三葉先生は両手の人差し指をこちらに向けた。不快だった。
「ちなみに水道水とかでも全然いいんですよ? 学校の蛇口の水道水を直飲み……この時期だときっと生ぬるくてカルキ臭くて絶妙にマズいはず……!」
「分かりました。自販機まで案内するんで飲み物買ったらさっさと帰ってください」
「せめて一服する時間くらいはもらえません?」
昇降口の手前から引き返し、中庭を横切って購買へと向かう。
夏休みの間は営業していないが、屋外設置の自販機だけは変わらず動いている。
「おっ。私が現役の頃よりもずいぶん高いな~! でも品揃えはいい! ちゃんとジュースとかある! しかもキャッシュレス対応……!」
三葉先生はテンション高めに自販機をじろじろと眺める。
「現役高校生にお尋ねしたいんですが、今時の子はやっぱり電子マネーで払うんですか? それとも現金で?」
「案外、高校生くらいだと現金の子が多いですよ。カードなんて持ってないし、スマホ決済も制限されてることが多いですから。電車とかバスで通学してる子はチャージ額で買ったりしてますけど」
「貴重なご意見ありがとうございます。それでは――」
そう言いながら三葉先生は小銭を自販機に投入する。
「お礼に一本奢りましょう。何がいいですか?」
「え、いや別にいいですよ」
「じゃあ麦茶にしますね」
こちらの意見を無視して三葉先生は麦茶を二本買う。そして運んできたボックスを椅子代わりに、その場でくつろぐ姿勢を見せ始めた。
「ああ、夏の学校で飲む麦茶はたまりませんねぇ……」
「往生際が悪くないですか?」
「あと五分だけ。セミの声を聴きながら中庭を眺めさせてください」
そう言いながら三葉先生はグビグビと麦茶を呷る。その飲み方は青春とは程遠く、どこかおっさんがビールを流し込んでいるような雰囲気であった。
「ところで、『餓鬼は糖なく』の進捗はどうですか? 次回はいつごろの予定で?」
と、そこで三葉先生が尋ねてきた。
おそらくはこの場を長引かせようとする雑談。しかし今の瞳子には微妙に痛い話題だった。
「私は作者じゃないので。日果から聞いてませんか?」
「買い出しのときに聞いてみたけど『ぼちぼちです』としか教えてくれなくって。水無月さんの方がより正確に進捗を把握してるかな~、なんて」
把握している。五月の末にネームの没を喰らって以降、もう二か月近くも足踏みしている。作品タイトルでSNSを検索してみても、最近は感想の件数がかなり減ってしまった。
日果はのらりくらりとしていて気にしていない様子だが、瞳子は正直かなり焦っている。
「……三葉先生って漫画家歴15年目ですから、デビュー時は19歳ですよね」
「やんっ♡ 歳のことには触れないで♡」
不審者はキモい声を発して身をクネクネさせたが瞳子はこれを無視。
「高校時代、どんな風に時間を使っていたんですか? 勉強とか学校行事と漫画を両立できてました?」
「う~ん…………」
三葉先生は眉根に皺を寄せて天を仰いだ。
「実を言うとですね。当時の私はだいぶ尖ってたというか。それもまた私の青春なんですが、他言するのは少しだけ恥ずかしくて……」
「たぶん、今の方が遥かに尖ってて恥ずかしいと思いますよ」
「あはは、それは手厳しい――なるほど。つまり日果ちゃんは両立にちょっと苦戦しちゃってるわけですね?」
ぱちんと三葉先生が指を弾いた。さすがに理解力が高い。
「まあ、私は両立できてなかったですね。孤高の天才を気取って自惚れてましたし、学校にいる間の自分は仮の姿で、家でペンを握っている漫画家・三葉わんこそが自分の本当の姿だと思ってました。今にして思えばストレートな中二病でした」
「でも、卒業後すぐにデビューできた実力は本物ですよね? それはやっぱり、漫画に集中したからこそ……?」
「いやあ。それは私が天才だからですよ」
あっけらかんと三葉先生は嘯いた。
「あ、これは中二病じゃありませんよ。当時は何の実績もないガキでしたが、今はしっかり売上実績ありますから。客観的評価というやつです」
「あ、はい。そうですか」
「ええ。もし私が学校行事とかに駆り出されたとしても、普通にデビューできたと思います」
もっと日果を漫画に集中させるべきか相談するつもりだったが、規格外すぎて参考にならなかった。そうだった。言動で忘れていたが、この人は漫画家として相当な上澄みに入るのだ。
とても日果の参考には――
「そんな天才の私が『面白い』って認めた子なんですから。日果ちゃんを信じてどーんと待つのが吉ですよ」
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