第32話『無敵のタッグ』
「どうもみなさん! 日果ちゃんがいつもお世話になってます~!」
「こちら従姉妹の和子お姉ちゃん。親が急用入っちゃって、代わりに運転してくれたの」
にこやかにお辞儀する三葉先生と、しれっと平気な顔で偽りの親族関係をでっち上げる日果。変態とサイコパスのタッグは恐れというものを知らない。
「お疲れ様でしたありがとうございますご足労を煩わせました。すぐに資材を車から降ろしますね。それさえ終わったらもうお引き取りいただいて大丈夫です」
瞳子は口先だけ丁寧に、しかし言外の圧をかけて変態を退散させようとする。
しかし変態は微塵も動じることなく、年季ある対応を見せてきた。
「――水無月さん、そんなに気を遣っていただかなくても大丈夫ですよ。今日は私、時間に余裕があるんです」
やられた。初手で『水無月さん』とこちらの名を呼んでくることで、瞳子とこの変態に面識があることをさりげなく周知させられてしまった。もしこの後、この変態が日果の従姉妹を名乗っているだけの赤の他人とバレれば瞳子にまで累が及ぶことになる。
「みなさんに差し入れも持ってきましたから……せっかくなのでもう少しゆっくり、ねえ?」
「それは大変ありがたいことで……」
頬をヒクヒクとさせながら瞳子は三葉先生を睨む。しかし睨めば睨むほど、相手は嬉しそうに肌をツヤツヤさせるばかりなのが腹立つ。
一方の日果はワゴン車のバックドアを開けて、集まったクラスメイトたちへ資材を引き渡している。
「可愛いお姉さんだね。大学生とか?」
「ううん。もう働いてるよ。出版関係のお仕事してるの」
「へ~! 社会人さん! うちらとあんまり歳とか変わらなさそうなのに!」
実は干支が一周半も離れているのだが、そんなことは誰も知る由がない。
さすがに20人も生徒が揃っているのであっという間に資材は捌け、ワゴン車の積み荷は空となる。
そこで日果がふうと額を袖で拭いながら戻ってきて、
「じゃあお姉ちゃん。ロータリーに停めてると邪魔になるから、来客用の駐車場に移動しよ。あっちにあるから案内するね」
「お、了解」
「ちょい待ち」
日果が助手席に乗り込み、三葉先生が運転席に乗り込む。そして瞳子も咄嗟の判断で後部座席に飛び込んだ。
「日果。なんでこの人が? 親御さんが運転するんじゃなかったの?」
「三葉先生が『文化祭の準備風景を取材させてくれるなら車出すよ~!』って言ってくれたから。今日は平日だし、親に有給取らせるのもちょっと悪いと思ってたんでちょうどいいかなって」
「ちょうどよくない。取材って何? 学校に許可とか取ってないでしょ。このまま学校に上がり込んで盗撮とかするつもり?」
「ふっ、盗撮なんて無粋な……。網膜に焼き付けるだけで十分ですよ。あと夏の校舎の空気とか深呼吸させてもらえればそれで」
そう言いながら三葉先生が車のエンジンを再起動させる。なぜかエンジン音が獣の唸り声のように聞こえた。
徐行運転で車が動き出し、日果の指差しナビに沿って移動を始める。
ナビの最中、日果がふとこちらを振り向いた。
「私たちは車を出してもらえてラッキーだし、三葉先生は取材ができてラッキー。誰も損してないからいいんじゃない?」
「……校内で変なことするつもりじゃないですよね?」
いや既に校内で深呼吸というのも十分におかしいが、傍から見ればただの呼吸であってそう不審には見えまい。
「もちろんですよ。ほら見てください、ちゃんとTPOを弁えて今日は制服じゃなくジャージで来てるじゃありませんか」
と、そこで瞳子は気付いた。目の前の運転席の真下に――スポーツバッグが収まっている。嫌な予感がして、後部座席から手を伸ばして手元に引き寄せた。
そして直感が命ずるままにバッグのファスナーを開けたら、
「先生。このセーラー服は?」
「帰り際、クリーニングに出す予定のやつです」
「へえ。まるでアイロンをかけた直後のように綺麗ですけど?」
来客用の駐車場に到着。三葉先生は無言のまま車をバックさせてピッタリ枠内に車を収める。
やがてエンジンを切って、一言。
「誰にも見つからないようにするから……ダメ?」
「ダメです」
「お願いっ。私の既刊全部の初版本にサイン書いてプレゼントするから」
「ダメです」
瞳子は三葉わん先生のファンではあるが、びっくりするほど心が揺れなかった。ファンだからこそ揺らいではならないと思った。不祥事なんかで連載終了させてはならない。
「前から思ってたけど、水無月さんって三葉先生にはわりと手厳しいよね。いつもはすごく優しいのに」
「当たり前でしょう」
「ほう……。やっぱりプロには厳しい意見をぶつけて当然と……?」
「違う。プロとかアマとかそういう問題じゃなくて人としての在り方の問題」
日果は難解な哲学的論題でも出されたかのように首を捻った。
本当にこの子はもっと警戒感を磨いた方がいい。さもないと変な奴に付き纏われるぞ。
「日果ちゃんから聞いたんですけど、この学校のプールって設備老朽化で閉鎖されてるんですよね……?」
ほら、変な奴がなんか感慨深げに語り始めた。
「大変そそられます。胸がときめきます。たとえばセーラー服を着て、朽ち果てたプールのそばで虚無っぽく佇んでみたら――次巻の表紙イラストを描く上で重要なインスピレーションが得られるに違いありません」
「有刺鉄線付きで封鎖されてますよ。残念でしたね」
「くっ!」
「ねえ。早く差し入れ持って行こうよ」
日果が助手席から降りて、車の後ろに回ってバックドアを開けた。
資材は運び出されていたが、肩越しに振り向けばキャンプ用らしき荷物ボックスが一つ残されているのが見える。
「ところで差し入れって何ですか? 不審物じゃないですよね」
「出版社とか関係者から送られて来たお中元のお菓子詰め合わせです。昔はアシスタントの子たちと食べてたんですが、最近はリモート作業中心だからシェアできなくて。どうせなら食べ盛りの子たちに美味しく食べてもらおうと思いまして」
うんしょ、と日果がボックスを両手で持って車外に運び出す。どうやらそう重くはないらしい。
「それにしても……ようやく分かりました。最近、日果が文化祭にのめり込んでたのはあなたの入れ知恵ですね?」
後方の日果に聞こえないよう、瞳子は声を落として運転席の三葉先生に聞く。
やはり最近の日果の頑張り具合はいまいち解せなかった。楽しんでいるのならいいが、どうも別の魂胆があるように思えてならなかった。
だが――大先輩である三葉わんの助言があったなら疑問は氷解する。
どうせこの人が『文化祭は積極的に参加しておいた方がいいよ~! 私も手伝うよ~!』なんて言ったに違いない。あわよくばこうして自分も便乗しようと、
「え? いえいえまさか。そんな悪質な指図はしませんよ。むしろ私は『日果ちゃんってあんなにリア充気質の子だったんだ』ってビックリしてるくらいで」
だが、瞳子の推理は見事に的を外した。
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