第31話『夏が終わるまで待ちきれない』
それからの日果は驚くほど文化祭の準備に積極的な姿勢を見せた。
各班から上がってくる謎解きのアイデアに合わせてお化け屋敷のデザインを都度修正し、その内装に必要そうな資材をリストアップするようなことまでやってくれた。
「なんだかもう一人の調整役っていう風になってるよね、大淀さん」
「うんうん、マジで頼りになる!」
「いやいやそれほどでも」
そして放課後も、こうして居残って企画の打ち合わせに時間を費やしている。
藤田さんと葵に褒められ、日果は謙遜するように頭を掻いている。
最近の日果は、瞳子がいないときでもこの二人と結構よく喋っている。もちろん文化祭絡みの話ではあるが、移動教室で誰にも声をかけられなかった孤立時代を思えば隔世の感がある。
「ところで夏休みに内装やるとき、ベニヤ板とか木材とかの資材を一度に運んでくるには車がいるよね。親とかに頼んで車出してもらうとして、入構許可とか必要かな?」
「あー……送迎くらいなら別にいいだろうけど、荷物の積み下ろしとかするとなるとどうだろ。今度確認してみる」
「うんうん。お願い」
資材運搬とか入構許可まで気にかけているあたり、もうお手伝いどころの仕事ではない。なんなら瞳子よりも貢献度が大きくなっている可能性すらある。
「あのさ……日果。無理とかしてない?」
いいことではあるのだが、あまりの張り切りっぷりに瞳子は不安になって耳打ちする。
もしかしたら自分が押し付けがましく「文化祭の準備は楽しい」なんて言ってしまったせいで、オーバーワーク気味に頑張っているのかもしれない。
「大丈夫だよっ。今の私、とってもやる気に満ち溢れてるから。任せて任せて」
「そう……? ならいいけど」
本人がそう言うならまあ心配せずともよいか。
案外、やってみたら性に合っていたということだろう。そこまで楽しんでくれているなら何より。
(だけど……)
瞳子は僅かな焦燥を呑み込む。
最後に『餓鬼は糖なく生きられない』を更新したのは五月の末。日果は文化祭に励むことが『最高の次回を描くための最短ルート』と言ったが、夏休み明けまで更新を休むというのはやはり瞳子にとっては大きな不安だ。
(もし更新再開したとき、読者の大勢が離れてたら……?)
ネット上の人気は水物である。
いくら面白いものを描けたとしても、それが読者の目に届かなければ意味がない。
もしそんなことになってしまったら――文化祭への参加を強要してしまった瞳子の責任だ。
(本当にこれでよかったのかな……?)
張本人の日果がのほほんとしているが、瞳子はひどく落ち着かない。
この子はプロの漫画家を志しているのだから、『文化祭に脇目なんて振らず夏休みは漫画一本!』なんて厳しく監督した方がよかったのだろうか。だが、これは貴重な社会性を学べるチャンスで――……
活き活きとクラスに馴染みつつある日果を前に、瞳子は深く懊悩する。
――――――――……
幸いなことに、期末試験は赤点もなく無事に突破できた。
というか初めて知ったのだが、日果は意外に成績がよかった。現代文の読解問題は死んでいたが、それ以外はどの教科も満遍なく高得点で、普通に瞳子よりも学年順位が上だった。
(なんだか普段わりとアホの子っぽいから侮ってたわ……)
そして夏休みが始まり、初日からいきなり文化祭の準備である。
日果が親に頼んで車を出してもらい、お化け屋敷の設営に必要な資材をホームセンターで買ってくる予定だ。それを瞳子たちクラスの面々で教室へと運搬する。そこから本作業の開始だ。
正門前のロータリーで日果の到着を待つ。
瞳子以外に待機しているのは実行委員の藤田さん、クラス行事に積極的な葵、それから作業当番の生徒&当番でもないけど有志でやって来た生徒、合わせて総勢20名ほど。初日としては上々な集まり具合だ。
と、そこで瞳子のスマホがメッセージの着信に震えた。
『あと三分もしないうちに着くよ』
その旨を周りの生徒に伝え、正門の向こうの車道をしばし眺める。
すると大型の白いワゴン車が、坂を上って学校の方へと向かって来た。正門をくぐると同時に、助手席からぴょこぴょこと細い腕が振られる。
(あ、そうだ。日果の親御さんが運転してるのか……)
どうしよう。挨拶とかしておくべきだろうか。いやそれはおかしいか? おかしくないか? 友達の親に対する適切な距離感ってどういう感じだ?
よし、クラスの一員として、文化祭の買い出しに協力してくれたことへの感謝から入ろう。やましい心は何もない。当然こういうときは人として謝意を伝えるべき――……
「来ちゃった♡」
ロータリーで停車したワゴン車の運転席から、ジャージ姿の三葉わん(34)が姿を現した。
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