第26話『トントン拍子には進まない』
「……なるほど。誓約書に免責のサインを貰っても、閉じ込めるっていうのはやりすぎになるんだね」
「当たり前でしょ。どう足掻いても犯罪は犯罪なんだから」
「10分くらいの短時間だったら?」
「長さの問題じゃなくて。とにかくお客さんを捕らえて演出に組み込むのはナシ。下手すれば警察沙汰で退学よ」
「そっかぁ……入ったお客さんも怖くて楽しめて、外から見てもリアルな『開かずの間』を楽しめて、みんながwin-winのアイデアだと思ったんだけど」
瞳子は呆れて溜息をつく。
このイカレたお化け屋敷が実現したとして、それでキャッキャと無邪気にはしゃげるのは日果だけだろう。こいつの単独winにしかならない。
「というか、背景描写の練習がしたいならもっと外観重視のアイデア出すものじゃない? どういう内装とか飾り付けをするとかさ。なんで『客を監禁して騒がせて外から鑑賞』なんていう悪趣味な企画アイデアが先行してるの?」
別に『開かずの間』というコンセプト自体は悪くないのだ。背景の練習がしたいなら、それっぽいデザインに飾り付けた教室のイメージ図を描いてくるだけで十分。驚かせるためにどんな仕掛けを用意するかは、他の生徒のアイデアを取り入れて決めればいい。
「えっとね。普通のお化け屋敷ってお客さんを驚かせるために、変な仕掛けがいろいろ配置されてるよね」
「そりゃ、お化け屋敷ってそういうものでしょう」
「そういうゴミゴミしたものはあんまりいらないなって」
日果は宙で手を動かし、荷物を脇にどかすようなジェスチャーをしてみせた。
「教室の中が小道具とかで埋め尽くされてたらせっかくの背景が目立たないし、そっちの制作が優先されて教室の飾り付けがおざなりになっちゃうかもしれないよね。だから『教室の飾り付け』だけに一点集中できる企画アイデアから考えたんだ」
確かに、さきほど日果が述べたアイデアなら教室の改装以外に何かしらのギミックを用意する必要はない。最初に入った客がそのままお化け屋敷のギミックになってくれるからだ。
そう聞くと妙に合理的で恐ろしい。要するに日果は自分がやりたい『背景の制作』だけにクラス全員を集中させるため、しっかり計算してこんなクレイジー企画を考えたのだ。フワッと感性で適当なことを言っていたわけではない。
「……とりあえず、その企画は没。その内容でプレゼンなんてしたら生徒指導室に呼び出されるから絶対にお蔵入りにしておくこと。いい?」
「うん分かった。トラブルになる前に止めてくれてありがとう水無月さん」
瞳子が丁寧に諭すと、日果はこくこくと頷く。唯一の救いというべきか、ちゃんと教えてあげれば物分かりはいいのだ。素直に感謝してくる態度には毎度毒気を抜かれてしまう。
「それから、あなたが背景をやりたいのは分かるけど、小道具とか仕掛けを『ゴミゴミしたもの』っていうのはあんまりよくないから注意ね。そういうものを作るのを楽しみにしてる子だっているんだから」
「ごめんね、気を付ける。私これまで文化祭でほとんど雑用しかやってこなかったからそういう感覚がよく分かんなくて」
まあ、乗り気でない子にとっては文化祭の準備なんて面倒な作業でしかないのは分かる。日果も今まではそう感じていたからこそ、余計な『ゴミゴミしたもの』の制作労力を削ろうとしたのだろう。ある意味では作業時短の配慮なのかもしれない。
「それじゃあ企画の方は白紙で、『開かずの間』の内装デザインだけイラスト描いてみるね」
「ん。頑張って」
「頑張る。あとね、明後日の夜に担当の米原さんとリモート打ち合わせするんだけど、水無月さんも参加してもらっていい?」
「もちろんいいけど。こないだのネームについて?」
「そうそう、シャボン玉の回」
ハッピーエンドに向け、ユキホとクーナが日常を積み重ねて距離を縮めていくという方針は決まった。今回の『シャボン玉で一緒に遊ぶ』というエピソードは短いながら、その第一歩として重要な回だ。
もちろん担当編集への提出に先んじて瞳子もネーム確認済だ。派手さはないがグッとくる内容だった。雪解けは遠いまでも、春の香りのする風が一瞬だけ頬を掠めていったような。
「一発OK貰って作画作業に行けるといいなあ」
「大丈夫よ。いい内容だったから自信持って」
瞳子はそう親指を立てた。そう、今回は心情解釈の不一致もなかったし、編集のチェックも余裕でパスできると思っていたのだが――……
『決して悪い内容というわけではないのですが、改善の余地の大きいネームかと思います』
リモート打ち合わせの開口一番、編集の米原さんは厳しい感想を告げてきた。
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