第25話『本領発揮』
「お化け屋敷の具体的な中身はまた来週のクラス会議で! もし何かアイデア思い付いた人は、簡単なものでいいから事前にプレゼン資料的なものとか用意してもらえると助かります!」
クラスの文化祭実行委員である藤田さんがハキハキと黒板の前で喋っている。
それを聞きながら私は「むむっ」と内心で密かに唸った。
お化け屋敷ということは、宣伝ポスターも怖いイラストを描く必要があるのか。今まであまりチャレンジしたことのない作風だ。これはこれでいい勉強になるかもしれない。
(そうだ。どうせならお化け屋敷の中身もデザインしちゃおう……!)
先日の持ち込みでも、背景技術の未熟さは指摘されたところだ。『餓鬼は糖なく生きられない』は荒廃した未来世界が舞台の作品なので、廃校や廃病院といったホラーにありがちな背景も今後描く機会はあるだろう。
それに、背景の勉強を抜きにしても純粋に楽しそうだ。自分の描いた絵がお化け屋敷として現実のものになるなんて。
さて、どんなお化け屋敷にしたものか――そう思案していると、教室の隅でクラス会議を見守っていた担任の先生がふいに声を発した。
「分かっているかとは思いますが、文化祭も学校行事ですから。お化け屋敷といっても過度に残酷な表現はいけませんよ。接触等のトラブルを避けるため、生徒がお化けに仮装して直接的に驚かせるというのも禁止です」
クラスがブーイングに湧いた。
が、定年間際の老担任はそよ風のように生徒たちの不満を受け流す。
「それさえ守れば後は自由ですから。ぜひ創意工夫を凝らしてください」
そう言って担任は教室を後にする。
クラス会議が長引いて既に放課後となっていたので、あとはもう自由に下校して構わない。
「保健室から人体模型とか借りてくる?」
「うちの学校そんなのある?」
「仮装がダメとかきつくない?」
「あ、待って。仮装した映像をプロジェクターとかで流せばいいんじゃない? それなら接触トラブルとかならないし」
しかし、クラスメイトたちの多くは雑談がてらアイデアを交換しあっていた。
どことなく青春っぽい雰囲気を感じる。よし、私も頼れる相棒にアイデアを相談しに行こう。
「ヘイ水無月さん」
「……ああうん」
水無月さんはどこか覇気のない声でそう答えた。
「どうしたの? 元気ないけど」
「いや……えっとね。お化け屋敷は避けたかったなって……」
「水無月さん、ホラー系苦手なんだ?」
「苦手は苦手だけど……単純に私の好き嫌いが理由じゃないというか……まあ投票で決まったからもう受け容れるしかないんだけど」
なんということか。百合ジャンルでは頼もしかった水無月さんだが、ホラーが苦手というなら今回は頼るわけにはいかない。
「そっか……じゃ、お化け屋敷のアイデアは私一人で考えることにするね」
「えっ。ちょっと待って。ポスター描くだけじゃなくてお化け屋敷の中身まで考えるつもり?」
「うん。背景の勉強になると思うから」
水無月さんは険しい顔になって喉を鳴らした。
「私も一緒に考える。プレゼン資料提出する前に一回チェックさせて絶対」
「ええ、悪いよ。水無月さんホラー苦手なんでしょ? 怖いの我慢して無理して付き合わなくても」
「あなたのアイデアをノーチェックで世に放つ方がもっと怖いの」
確かに私は根っからのギャグ描きだからホラーには正直自信がない。あまりにレベルの低いアイデアを出して恥をかいてしまうかもしれない。水無月さんはきっとそれを懸念してくれているのだろう。相変わらずなんて優しいのだ。
「じゃあ、今ちょっと試しに考えたアイデア聞いてもらっていい?」
「ええ、心して聞くわ」
「まず誓約書にサインしてもらうところからスタート。『このお化け屋敷で何があっても運営に責任は問いません』って」
水無月さんが「ストップ」とばかりに両手を前に出した。
――――――――……
瞳子は額から汗が噴き出すのを感じた。
本格派を謳うお化け屋敷がそういう誓約書を書かせることは珍しくない。だが、ああいうのは一種のプロレスだ。書く方も書かせる方もそれに法的効力なんか信じていない。気分を盛り上げるための小道具といったところだろう。
だが、サイコパスの日果がそんな代物を書かせてくるとなれば話は別だ。
「そういう演出よね? あくまで演出よね?」
「大丈夫。実際に文句は言われないと思うよ。だってお化け屋敷に入る人って、怖いのを楽しみたいと思ってる人だもんね?」
「怖さにも限度があるから。危害とか加えたら本当にアウトよ分かってる?」
「危害だなんてまさかそんな」
日果は小動物のようにふるふると首を振った。ちくしょう、サイコなのに身振りは可愛い。
「『開かずの間』っていうコンセプトでね、お客さんが教室に入った瞬間に外から鍵を閉めて出られなくするだけ。しばらくしたら解放するよ」
「それ、お化け屋敷でもなんでもない。ただの監禁」
「でもいきなり部屋に閉じ込められたら怖くない?」
「そりゃ怖いは怖いだろうけどお化け屋敷ってそういうものじゃないでしょ。『お化け』っていうフィクション上の恐怖を楽しむものじゃないの? 監禁っていう現実的な犯罪の恐怖を味わわせてどうすんの。あなた仮にもクリエイターでしょ」
怖がらせるためなら何をしてもいいと思っているこのモンスターに、瞳子は『クリエイターの矜持』という角度からの説得を試みる。
そんな即物的な怖がらせ方ではなく、しっかりフィクションを構築して客を怖がらせてみろと――
「あ、違うの違うの。本番はそこから」
「本番……?」
「そ。閉じ込められたって気付いた人たちはしばらくしたら『開けろ!』とか『出せ!』って騒ぎ始めるよね。扉もドンドン叩いたりすると思う」
「そうでしょうけど……」
「それを教室の外から見たらどんな光景になると思う?」
どう思うも何もない。立派な監禁の犯行現場だ。
白ける瞳子と対照的に、やたらと楽しそうな日果は「えへへ」と勿体ぶってから、
「たぶんね。呪われた『開かずの間』に囚われた亡者たちが叫んでるような光景になると思うんだ。本気で叫んでくれるだろうからリアリティも抜群。このお化け屋敷はね、むしろ外から見て不気味さを楽しむコンテンツなの」
こいつ。
監禁したお客さんを音響装置としてお化け屋敷の一部にするつもりか。
「ね、どうだろ。これなら廊下を通り過ぎていくだけの人にも強烈なインパクトがあるだろうから、ほぼ全校で話題になると思うんだ。最優秀クラス賞だって夢じゃないかも」
そんなトチ狂った出し物をするクラスは全員即刻退学に決まっている。
とりあえずこのサイコパスを法で厳重に縛るべく、瞳子はスマホで「監禁罪」の量刑を検索した。
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