第18話『プロの責任感』
瞳子には分かる。
今の説明はあくまで建前上の言い訳で、この人は実のところ好き好んでセーラー服を着ているに違いないと。なぜ分かるかというと、
――セーラー服があまりに小綺麗すぎるのだ。
スカートのプリーツは崩れておらず、布地にはシワも汚れも見当たらない。まるで新品のようにピカピカだ。本当に過酷な執筆時の作業着として使っているなら、もっと首回りが汚れたり、長時間の着座による折り目なんかが残るはずだ。
三葉先生は『着替える暇もないほど一分一秒をも惜しんでいる』からやむなく制服のまま外出しているという。しかし、そこまで時間のない人が――果たしてこんな新品状態の制服を維持できるだろうか。否。絶対それなりの時間を割いて手入れしているに違いない。
……とは思うが、口には出さない。
人には触れてはならないセンシティブな部分がある。三葉先生がそう言うなら甘んじて主張を受け容れよう。そういうことにしておこう。
「へえ~! ところで三葉先生、どうやって制服の手入れとかしてるんですか? 私、うっかり制服のまま作業してあちこちシワだらけにしちゃうことがたまにあって。そんなに綺麗な状態をキープして作業できる姿勢のコツとかあったら是非知りたいですっ」
しかし日果が無自覚に相手の急所を突きに行った。
だからノンデリなんだ貴様は。見て見ぬフリという処世術を覚えろ。
「普段はちょっと崩れていますよ? でも、先日たまたま空き時間がありまして。クリーニングに出したばかりなんです」
しかし三葉先生はアドリブ力で正面突破してきた。さすが漫画家。話を作る能力が抜群だ。ちくしょう、こんな形で感心したくなかった。
いや、この白々しい言葉に嘘はないと信じよう。本当にクリーニングに出したばかりで制服がピカピカなのだと信じよう。だとしても彼女が社会常識から逸脱した存在なことは何ら変わらないが。
「あ、よろしければお二人とも。ちょっとご相談が……」
そこで三葉先生がにこりと笑った。小首を傾げた童顔は本当に十代にしか見えず、かえって瞳子は背筋に冷たさを覚える。
「何ですかっ。私にできることなら何でもっ!」
「資料として『仲良し女子高生の放課後』的な写真を撮りたいんですがご協力いただけませんか?」
「仲良し女子高生の放課後……?」
思わず沈黙を保っていた瞳子の口から困惑の声が漏れる。三葉先生はこくりと頷く。
「お手間は取らせません。私がここで自撮りしますので、お二人はテーブルに身を乗り出してピースなどをしつつ楽しげな表情をして欲しいんです。三人の女子が放課後に楽しく遊んでいるような雰囲気で。あくまで作画資料として」
本当に資料だろうか。何か欲望じみたものを感じずにはいられない。
「……ええと、協力したい気持ちは山々なんですが。顔の映った写真を撮るのには少し抵抗がありまして」
穏便に瞳子が断ろうとすると、すかさず三葉先生がテーブルの上に二枚のカードを並べた。
『氏名・三隅和子/平成3年・8月10日生』
それは、運転免許証とマイナンバーカードだった。
「怪しい者ではないということの保証に、こちらの個人情報を先んじて全面的に開示させていただきます」
そういう問題じゃない。どんなに身元がはっきりしていようと風体の時点で怪しさが上限に達しているのだ。
「あ。平成3年生まれっていうことは、三葉先生ってあと2か月くらいで35歳なんですね」
そして日果はまたしてもノンデリな感想を呟いた。やめろ刺激するな。
「ええ、そうなんです。もう三十台も折り返しなんです。既に十代は遠き過去です」
しばらく三葉先生は深刻そうに頷いたが、
「だからこそ、お二人の協力が必要なんです。よりよい漫画を描くために。青春をこの心に宿すために。当然、34歳にもなって女子高生たちと仲良くキャッキャな記念撮影なんて年甲斐がないにも程があると分かっています。しかし漫画のクオリティ確保のためには仕方ないんです。羞恥心になど構っていられないんです。それがプロの責任です」
「プロってすごい……。自分の身を犠牲にしてでも……」
日果が三葉先生へと無垢な尊敬の眼差しを向けている。
瞳子は無感動に虚空を眺める。たぶんこの人、『漫画のため』っていう大義名分を得て無敵になっているだけの変質者だと思う。
「じゃあ撮りますね?」
こちらの許可も待たずに三葉先生がスマホを構える。
日果はノリノリでピースしながらテーブルに身を乗り出す。瞳子は抵抗するのももう面倒で、引き攣った笑いだけを浮かべた。
カシャッ、と。
スマホからシャッター音が響き、三葉先生が恍惚の表情となる。
彼女は撮った写真をテーブルに置き、くねくねと身を捩らせる。
「本当に、仲良しJK三人組っていう感じの写真が撮れました。ありがとうございます……ふふっ」
もしもこの人の性別が男だったら、瞳子は既に通報していただろう。
だが――同時に頭の片隅でこうも思った。こんなに変な人が普通にプロとして活動できているなら、持ち込みで日果のサイコパスっぷりがバレても問題ないのではないか。
「あっ。そうだ三葉先生。よければ私の漫画にアドバイスをいただけませんか? ネットに掲載してる『餓鬼は糖なく生きられない』なんですが――」
「それは正直あまりおすすめしません。作風と方向性がまるで違いますから。たとえ同じ百合ジャンルであっても、私の『面白い』と【クレンザー祭】さんの『面白い』は別物です。もちろん創作上の年季がありますから、表面上のテクニック論で【クレンザー祭】さんの作品にアドバイスすることはできます。しかし、それはプロのサッカー選手が甲子園球児にアドバイスをするようなものとお考えください。基礎的な体力トレ的な話はできるかもしれませんが、ともすれば的外れな論評になってしまうリスクもあります。現状、既に素晴らしい作品を描いていると思いますので、そのまま伸び伸びと才能を発揮してくださるのが一番かと」
うわっ。急に真面目になった。怖っ。
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