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第17話『決して趣味ではない』

「――すいません。やっぱりこんな格好じゃ困惑してしまいますよね?」


 こちらの動揺を察してか、三葉先生は苦笑してほんの少し頭を下げた。

 それでも瞳子はフリーズしたままだが、日果の回復は早かった。もともと平気で不審者に話しかける強固なメンタルの持ち主である。少し目をぱちくりとさせただけで、納得したように軽い調子で頷く。


「いえいえ。コスプレ的な趣味ですよね。そんなの今時は別に全然珍しくないと思います」

「あ、これは別に趣味ではないんです」


 ようやく再起動しかけた瞳子の脳が再び処理落ちする。

 どういうことだ。情報量が増えたぞ。いい歳こいた大人が趣味以外でセーラー服を着てシャバを練り歩く事情なんてこの世に存在するのか。


「通路で立ち話も邪魔になってしまいますし、一旦とりあえず座りませんか?」


 そう言って三葉先生が自分のテーブルの方を掌で示す。どうしよう、あんまり関わり合いになりたくない。これ以上幻滅してしまう前に遠ざかって記憶を抹消したい。


「じゃあ水無月さん。私、あっちのテーブルのお会計を済ませてくるね。付き合ってくれたお礼に私の奢り。すぐ戻ってくるから」


 そこで日果がテーブルの清算に走っていった。待ってくれ、こんな状況で一人にしないでくれ。この意味不明な大人にどう対応しろというのか。

 正直もうこの場から走り去ってしまいたいが、そんなわけにはいかない。仮にもこの人は瞳子の心を幾度となく躍らせてくれた漫画家・三葉わん先生なのだ。不審者扱いをして逃げるという無礼はあまりに不敬。

 やむなく瞳子は促されるままボックス席にちょこんと座りこむ。


「あのー……先日はあの子が無礼なメッセージを送ってしまって申し訳ありませんでした……」

「ふふ、なんだか謎が解けた気がします。二通目の謝罪メッセージを送ったのはあなたですね?」

「ま、まあ。文面にちょっとアドバイスを……」


 どうしよう。憧れの先生と対面して喋っているのに服装のノイズがデカすぎて全然感動できない。ドキドキしているのは確かだが、断じてポジティブなドキドキではない。


「つまり【クレンザー祭】さんは二人一組の作家さんだったと。どちらが原作でどちらが作画を?」

「い、いえ。私はただの学校のクラスメイトで。原作も作画も全部あの子です」

「え? ですが先程、一緒に作業をしていると……?」

「その。読者としての意見を伝えているだけで」

「お待たせー」


 そこで赤入れ原稿を抱えた日果が素早く戻ってきた。よかった。バケモノにはバケモノをぶつけよう。二人で仲良くやってくれ。その間、瞳子は存在感を消して空気に徹していよう。


「それでそれで、趣味じゃないのなら三葉先生はどうしてそんな服装を?」


 日果がいきなり右ストレートを放った。瞳子はすかさずカフェのメニューに視線を向ける。へえ、このカフェはランチのナポリタンも人気のメニューなんだ。鉄板で焼かれていて香ばしそうだなあ。


「語ると長くなってしまうのですが……」


 端的にまとめてくれ。できれば三分以内。でないと瞳子の心が持たない。


「はい分かった! 自分で制服を着て鏡の前でポーズ取って作画資料にするため! 私もたまにやる!」

「ん~! 惜しいです!」


 唐突に早押しクイズみたいな構えで日果が推理を叫び、三葉先生が両拳を握りながら目を瞑った。なんだこいつら、さっさと終わらせろ。


「うん。分かんないから正解発表お願いします先生」

「ええ。最初は本当に作画資料だったんです……」


 やっと三葉先生が語り始めた。最初は出来心だったんです、みたいな口ぶりだった。


「でも、デビュー五年目ごろにはあらゆる角度からの制服を頭の中で描けるようになりまして。いちいち鏡の前でポーズを取る必要はなくなりました」

「おお……さすがプロ。私も早くその境地に至りたい」

「恐縮です」


 どうしよう。『私の心を二度も殺すな」を読むたびに、この成人済34歳女性の制服姿を思い出してしまいそうだ。奇しくも今、瞳子の心が二度も殺されようとしている。


「ですが、腕が熟達するのと引き換えに……心は瑞々しい十代の輝きを失っていったんです。締め切りに追われる日々。面倒な確定申告。だんだん痛くなってくる足腰。ガラケーしか使ったことがなかったのに劇中でスマホを描く必要性。そんな逆境の中で、輝かしい十代を生きる女の子のリアルを描くために必要だったのが――自己暗示でした」

「ほうほう」

「セーラー服を着ることで心を青春に巻き戻し、自然な十代のやり取りを描けるように自分を励ましていたんです。ですが、いい大人がセーラー服で外出しては社会的に引かれることは必至。家の中で作業をするときだけに留めていました」


 この人、自分を三葉わん先生だと思い込んでるだけの不審者っていうことにならないかな。もしくはすべて夢だったらいいのに。


「転機は一年ほど前でした。『私の心を二度も殺すな』のアニメ化が決まったんです」

「おめでとうございます!」


 日果が拍手する。三葉先生が嬉しそうにお辞儀する。


「ありがとうございます。しかし……アニメ化の準備作業というのは思った以上に大変でした。締め切りを落とせない中、監修作業がいくつも入って来るのですから。寝る間もなくなった私はつい、着替えるのを忘れてセーラー服のまま、近所のコンビニに買い物に行ってしまったのです」


 自嘲気味に三葉先生が笑う。

 もうそろそろこの話終わらせてくれないかな、と瞳子は思う。


「生来の童顔のおかげか――誰も、何も言わなかったんです」


 神妙な面持ちで三葉先生は俯いた。


「誰も何も言わないなら、外出のたびにいちいち着替える必要があるのか。一分一秒が惜しい仕事の山の中で、時短ができるならそうすべきではないのか。読者の皆様に面白い漫画をお届けするための作業時間を確保するためなら、セーラー服のまま外出することもやむなしではないのか。そう、これは決して趣味などではなく――」


 三葉先生は、堂々とした表情で胸を張った。セーラー服の胸のリボンがひらめいた。


「読者の皆様に面白い漫画を届けるため。作業効率化のため。恥を忍んで身に纏っている――いわば執筆時の戦闘服なんです!」


 水無月瞳子は心から思った。

 要するに趣味だろ、と。

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― 新着の感想 ―
現役女子高生からも高校生だと間違われるなら無問題だな!
あらゆる角度からの制服を頭の中で描けるようになったんなら、十代の青春時代を想起させるのに別にセーラー服着なくてもなんとかなりそうな気がする……やはり趣味だな。 映像化された場合、セーラー服にモザイクが…
水無月ちゃんは自分は違うと思ってるようだけど 一般人目線だと同類枠やで... わんわん先生はいまは趣味かも知れないけど 途中は思ってたよりだいぶ生々しくて痛々しかった... いまは趣味なんだろうけど
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