第15話『いざ征かん持ち込みへ』
駅での待ち合わせは朝6時。東京方面への始発は4時台だったので、さすがにそれは早すぎだろうと少し後倒しにした形だ。
駅前ロータリーのベンチで日果を待ちながら、瞳子は今更ながらにこう思う。
(よく考えたら、昨日帰ってから普通にリモートで作業できたな……)
途中までカラオケボックスで紙ベースの作業をしていたせいで、リモートという発想がすっぽり頭から抜け落ちていた。さらに、お泊り提案のせいで平常心を狂わされたことも大きい。
こうやって日曜にわざわざ早起きしてあくび混じりに駅までやって来てから、ようやくふと気づいた。なんて馬鹿らしい。
「あ、おはよう水無月さーん」
高架下の駐輪場の方から、でかいリュックを背負った日果が手を振りながら走ってくる。その服装は――
「なんで日曜なのに制服なわけ?」
「だって持ち込みは漫画家さんにとって就活みたいなものだから。正装で挑んだ方がいいかなって」
「……まあいいけど」
ちなみに瞳子はデニムジャケットに細身のパンツである。昨日のカラオケにはいつぞやの不審者ファッションで赴いたから、日果の前で私服を晒すのは初めてかもしれない。当の日果はこっちの服とか全然気にしていない様子だが。
「じゃ、ホーム行きましょ」
「あ、そうだごめんね水無月さん。さっき気づいたんだけど、こんな朝から付き合ってもらわなくても昨日リモートでやれたよね? すっかり忘れちゃってた」
構内に向かおうとベンチを立ったら、日果がぱちんと手を合わせて謝ってきた。
奇しくも似たようなタイミングで双方気づいたらしい。まあ抜けていたのはお互い様。向こうだけを責めるつもりはない。
「別にそんなの――」
「でもね。今日もまた水無月さんと一緒に作業できてすっごく嬉しい。昨日はとっても楽しかったから」
「んッ」
微妙になんかこう、むず痒い気分になった。
まあ、たまには休日に早起きも悪くないし、対面の方が実り深い作業ができると思う。うん。こいつと縁を切るためには担当編集を付けることが必須なのだから、直接意見交換しつつの赤入れ作業が何より適切に違いない。結果オーライというやつだ。うん。
とりあえずそう思うことにして――かなりの早足で、日果から逃げるように改札へ直行した。
―――――――――……
さすがに電車内で紙原稿を広げるわけにはいかないので、スマホに『餓鬼は糖なく生きられない』の原稿データを表示しながらの意見交換だ。私は百合愛好家としての解釈を伝えて、日果は作者としての意見を主張する。そして落としどころを探る。
日曜日の早朝だけあって、車両はだいぶ空いている。小声でやり取りする分にはそこまで迷惑にもならない。
「う~ん……百合って難しいなぁ……」
およそ50分ほど電車に揺られて、冬桜出版の社屋がある新宿に到着。
その頃には、日果はもう目を回すくらいに脳をオーバーヒートさせていた。
「水無月さん。結局、最終的にユキホとクーナはキスとかした方がいいのかな? 百合なんだよね?」
「それはあなたが決めること。ただし、するならするでちゃんと筋道を立てること。読者が盛り上がれるようなムードを整えること。安直に『こうすればいいんでしょ?』みたいな浅い魂胆で描かれたキスシーンなんて、読者からしたら腹立たしい茶番以外の何物でもないから」
「むう、手厳しい」
改札をくぐって向かうは、そのへんの適当なファミレス――のはずだったが。
「水無月さんは朝ご飯食べてきた?」
疲れ切った様子の日果が唐突に尋ねてきたので、瞳子は首を振った。
「いや。どうせファミレスで適当に何かつまむつもりだったし」
「出版社のすぐ正面にね、モーニングが美味しいって評判のカフェがあったんだ。せっかくだからここで一緒に朝ご飯にしない?」
そんな余裕はない――と言いたいところだが。
実のところ、なくはない。限られた時間内に済ませるぞという緊張感のもとで互いに議論したので、電車内の50分間で想定以上にサクサクと解釈作業が進んでしまった。
モーニングをつまみつつ、紙原稿に道中の議論結果を赤入れするだけでもカンペとしては必要十分の出来になるだろう。
駅の通路脇に寄って立ち止まり、日果がスマホにカフェのメニュー画像を表示させる。
「見て見て。定番メニューのトーストセット。美味しそうじゃない?」
「あ、確かにいいかも。王道で変に凝ってなくて。クセなく食べられそう」
「食後のデザートも選べるよ。ティラミスかチーズケーキ。どっちも絶品って評判」
「んー……迷うけど、私はチーズケーキ派かな」
「じゃ、私も同じのにしよ」
瞳子は苦笑する。
やれやれ分かってないな。この展開なら、そっちがティラミスを頼んで二人で仲良く半分こにするのが百合的な模範解答で――……
一瞬ののち、瞳子は己の脇腹に拳を捻じ込んだ。日果からは見えない角度で。
まだ寝ぼけていたようだった。あるいは、道中の解釈作業で脳が百合色に染まっていたようだった。現実でも百合方面に思考を持って行かれるとは。なんたる不覚。
故に瞳子は自戒を込め、おごそかにこう宣言した。
「やっぱり私、単品のカツカレーにするわ」
更新の日付回ってしまい申し訳ありません!




