第14話『スピード感がありすぎる』
「お時間終了10分前となりましたのでお知らせします」
「はい、分かりました」
部屋の備え付けの電話をガチャンと切る。
やってしまった。途中で変にドキドキしてしまった憂さ晴らしに、解釈赤入れ作業を忘れてひたすら菓子を貪ってカラオケを歌いまくってしまった。摂取カロリーがちょっと怖い。
「え、もう終わり? あっという間だったなあ」
日果もマラカスを両手にシャカシャカやっている。
どうやら人生初カラオケだったそうで、瞳子がヤケクソになってからは同じく作業を放り出して盛大に楽しんでいた。放っておくと際限なく曲を予約しまくるので、わざわざ「こういうのは交互がマナー」と教えてやらねばならなかったが。
「でも楽しかった。今後いつか現代モノでカラオケ描写をするとき、グッとリアリティ出せる気がする……!」
実際のところ、わざわざカウンターで鳴り物を借りてくる奴など(瞳子の経験上では)あまりいないのだが、そこは指摘しないでおいてやる。たいてい漫画のカラオケシーンでは、それっぽい雰囲気の演出としてマラカスやタンバリンが登場するわけだし。
いや待て。
なんかこいつのことだから、『カラオケ=マラカスは必須』なんて誤認してそうな気がする。いつか将来的に現代モノの作品を描いたとして、『しんみりしたムードのキャラが話し合いの場として入ったカラオケ』とかでも平然とマラカスを握らせそうな気がする。
(いや、そんなのもう私には関係ない……!)
瞳子も日果の腕は認めている。よほどのヘマをやらかさない限り、担当が付かないわけはない。そんな監修はプロの編集がやることだ。自分が最後にやるべきは、編集の前でサイコを晒さないためのカンペ作り作業のみ。
「じゃあ、今日はここまでね。続きの赤入れ作業は来週の放課後にでもしましょうか」
「え、持ち込み予定は明日だけど」
一瞬、時が凍った。
目の前の日果が何を言ったのか、頭が理解するのを拒絶していた。
「今、なんて……?」
「もう出版社に連絡しててね。明日、持ち込んで原稿見てもらえることになったんだ」
日果が行動力の化身なのは知っている。既に出版社に持ち込み予約をしていること自体は驚かない。しかし――
「スピード感おかしくない? 持ち込みしようって話したのつい三日前の夜でしょ? あれからすぐに連絡したとしても、もうちょっと時間空くものなんじゃない?」
「うん。来月くらいを提案されたんだけどね、『どうしても急いでます!』って何度も熱心にお願いしたら、明日の日曜日を空けてくれたんだ!」
はい、もう早々にやらかしてましたこいつ。
多忙な社会人に休日出勤を強要してました。編集者だって建前上は、土日祝日は休みなんだぞ。何らかのハラスメントだろこれ。
「ちょっと待って! それならどうすんの!? まだ赤入れ作業終わってないじゃん! なんでもっと早く言わなかったの!?」
「水無月さんが遊び始めたから、てっきりもう作業終了したのかと」
ぐうの音も出ない。そりゃそうだ。あれだけ『長丁場の作業だから』とか言ってた奴がカラオケで熱唱し始めたらもう解釈作業が終わったと思われても仕方ない。そもそも日果は、どこの描写に解釈の補足が必要なのかすら分かっていないのだから。
「そうだ。水無月さんさえよければだけど、うちに泊まりに来てくれない?」
と、そこで。いきなり日果から特大の爆弾が投下された。
「これから泊りがけで作業すれば間に合うよね。お父さんとお母さんはいるけど、水無月さんの百合趣味はバレないようにするから。友達が遊びに来ただけって言うから」
瞳子は自分の脳に大量のドーパミンが放たれる音を聞いた。
パジャマパーティー。同衾。そんな蠱惑的なフレーズが頭をよぎり、しかし強固な理性で瞳子は誘惑に抗う。
「うち、外泊とかそういうの厳しいから」
奥歯が砕けんほどに歯ぎしりしながらそう答えた。他人の感情に疎い日果が相手だからよかったが、たぶん血涙を流すような顔になっていたと思う。
「そっかぁ。じゃ、編集さんに連絡して先延ばしに」
「絶対ダメ。無理言ってスケジュール合わせてもらったのに、やっぱり延期なんて心象最悪だから」
「じゃあどうしよ?」
「……明日、持ち込みは何時の予定?」
泊りはNG。延期も論外。なら――
「午前11時だけど……」
「よし決まり」
瞳子は指を弾いた。
「朝一に駅集合。始発で出版社まで向かいながら赤入れ。着いたら最寄りのファミレスか何かで時間ギリまで引き続き赤入れ。これしかないよね?」
日果はしばし考えた後にやや首を傾げて、
「今から私が水無月さんちに泊まりに行くっていうのはどうかな?」
テンパりながら却下して、なんとかこちらの案を飲ませた。
三日ほど更新空いてしまい申し訳ありません
本日より毎日更新再開いたします!




