第13話『大淀日果の告白』
場所変更はあくまで合理的判断によるものだ。
殺風景な貸会議室で長丁場の作業となれば、瞳子の方だって疲れてしまう。お菓子やドリンクバーといった息抜き要素は必須といえよう。
そう、本当にそれだけだ。
以前、日果が「お菓子とか食べながら打ち合わせしたかった」とか言っていたのを思い出したからではない。「楽しかったからまたこういうのやりたい!」なんて言わせようとしているわけではない。決して。
「じゃあ、まずはこのシーンのユキホの表情解釈ね。この暗い顔にはどういう気持ちが込められてるか」
「なんだか国語の授業みたい。『作者の意図を答えよ』的な」
「その作者的には『ただ単に疲れてるだけ』って理由だっけ?」
「うん」
故に、歌ったり騒いだりはしない。遊びに来たわけではない。やるべきは参考資料という名のカンペ作成のみ。
「水無月さん的には『復讐への葛藤』だったよね?」
「そうだったけど、ちょっと今は分かんなくなってる。最新話でユキホの復讐心は思った以上に根深いっていうのが描写されたでしょ。簡単には絆されないって。そんなユキホがここまで頻繁に葛藤するかな……とは思う」
「じゃ、こんなのはどうかな」
ぽんと何か思い付いたように日果が掌に拳を打つ。
「やっぱりこれは私が考えたとおり『疲れてる』からこその表情。でも、ユキホはわざとそうしてる。休まずにいつも働き続けることで、余計なことを考えて躊躇わないようにしてる。そういう解釈はどう?」
「それいいかも。採用」
腐っても原作者というべきか。しっかり読者サイドの意見を伝えて議論すれば、日果はいい解釈を弾き出してくれる。感性はいろいろズレているが基本的に創作の才能はあるのだと思う。しかし――
「んん……。水無月さん、確かにユキホとクーナのキャラがだんだん分かってきたけど……これって面白いかな?」
作業を進めていくにつれ、日果は徐々に不安げな顔を見せ始めた。
「キャラの深みは着実に増してるし、よくなってると思うけど」
「でも、ギャグからはなんだか遠ざかっちゃったなあって」
「まだ未練あったの? そもそも最初からギャグ漫画として成立してないんだからそこはもう見切り付けなさい」
「うん、分かってはいるんだけど……。でも私って根っからのギャグ描きだから。どうしてもギャグ中心に物語を考えちゃうんだよね」
はぁ? と瞳子は眉を顰めた。
むしろこいつにはギャグの才能が一番欠けているのではないかと思う。
「根っからのギャグ描きって……今までちゃんと描けたギャグ漫画とかあるの?」
「一応あったけどSNSからはもう削除しちゃった。あんまり読まれなくて、荒らしみたいな変な感想しか付かなかったから」
「どんな感想?」
「ええと。『前衛ホラー』とか『狂気』とか」
「十中八九、荒らしじゃなくてしっかり読んでくれた希少な読者さんだと思う」
どんな内容かは敢えて聞かないでおく。瞳子はホラーがあまり得意ではない。
「それって、今回と同じようにギャグとして伝わってなかったってこと?」
「たぶんね。あなたの感性はだいぶ独特だから」
「そっかぁ。難しいなあ」
日果は唇を噛んで悩ましそうに首を傾げた。
「別に、そこまで成功体験のないジャンルに固執する必要ないんじゃない? あなたの得意なところで勝負すれば」
「そうかもだけど、人に笑ってもらうの好きなんだ」
「えっ」
危うく手に持っていたドリンクのコップを落としそうになった。
意外だった。笑ってもらうのが好きとは。サイコパスというのは他人の感情に疎いものだと思っていたが――
「笑ってるのは、楽しいってことだもん」
いや。疎いからこそ、なのか。
他人の感情を察せずとも、笑っている人を見れば視覚的に『楽しんでいる』と理解できる。
この子が学校で頻繁に寒いギャグを飛ばして滑りまくっているのは、自分が視覚的に理解できる感情を他人から引き出そうとしているからなのかもしれない。
「――心配しないで。決してギャグではないけど、あなたの作品はちゃんと面白いから。私もいつも楽しんで読んでるから」
「本当?」
「面白くなかったら、こんな風に手伝ったりなんてしてない」
ちゃんと面白いと言葉で伝えてみたが、なんだか急に恥ずかしくなった。
視線をカラオケのCM画面に移してウーロン茶をストローで啜る。
「……あのね水無月さん」
「ん?」
「実は私ね。ずっと男の子に生まれたかったんだ」
「んぐっ!」
何の脈絡もなく日果が切り出した言葉に、瞳子は噴き出しそうになった。すんでのところで耐えたが、鼻から少しウーロン茶が漏れた。
待て。待って待って。どういうこと。え?
この子も女の子が好きってこと? 唐突なカミングアウト? 待って待って何その展開困る困る困らない困る捗る困る。心の準備ができてない。どうしよう。待って。ストップ。一旦心の整理を。どうしようなんて答えよう。
「だって男の子って、究極的には服を脱いでおち〇ちんを出せば笑いを取れるっていう武器があるから――ずっと羨ましかったんだ」
あ?
今なんて言ったこいつ。おち〇ちん?
「でもね。そんな生まれつきの武器で戦うんじゃなくて、こうやって漫画を描いてよかったと今は思う。ありがとう水無月さん!」
こいつ、男に生まれてたらたぶん新聞とかに載ったろうな。悪い意味で。
密かにそう思いながら、瞳子はおしぼりで鼻を拭った。それからポテチの袋を乱暴に開いて、鷲掴みで口に頬張った。ついでにカラオケに爆音な曲の予約も入れた。
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