第12話『その程度では彼女に伝わらない』
「そ、それは好都合ねっ! そういうことなら喜んで協力してあげる!」
スマホに向かって瞳子は慌てて取り繕った。ついうっかり、まるで動揺でもしたかのように聞こえる変な声を漏らしてしまった。
もちろん動揺なんてしていない。あれだけこちらに依存していた奴が、あまりにもあっさり掌を返して「編集さんさえいれば水無月さんはもう用済み」的なニュアンスのことをいうから、無情なサイコパスっぷりにちょっと驚いただけである。
うん、ちょっと驚いただけ。
胸にチクッと来たりとかしていない。断じて。
「――で、でもさ? そもそも論だけど、それなら私なんかに意見を聞くより、最初から出版社に持ち込めばよかったんじゃない?」
「持ち込みとか本格的にプロを目指す人のすることだと思ってたから。まだ今の私じゃ実力不足かなって。でも、三葉先生みたいなプロの漫画家さんが読んでくれたって分かって、ちょっと挑戦してみようかなって気になったんだ」
まあ、言わんとするところは分かる。
雲の上の存在だと思っていたプロの売れっ子漫画家さんが、まさか作品を追ってくれていた。さらなる高みのステージを目指す向上心も湧こうというものだ。
それはそうと、なんだかちょっと弄ばれた気がする。踏み台にされた気がする。
瞳子はぶんぶんと首を振って己に喝を入れた。
いやいや、いいことではないか。これで晴れてノンデリサイコパスから付き纏われる日々が終了するのだ。漫画の行く末も、プロの編集が面倒を見てくれれば心配あるまい。一読者として純粋にまた楽しめる。
瞳子は頭を冷静にし、持ち込み対策を真面目に検討する。
「まず――さっきの話の続きだけど、小型インカムで遠隔指示ってのはナシね。そんなスパイツールみたいなものがいくらするのかも知らないし、ああいうのって安物だと通信範囲とかも狭いんじゃない?」
それに、他人に受け答えさせていたなんてバレたら、持ち込みを愚弄する行為として出禁とか喰らってしまいそうだ。
「じゃあ、水無月さんの作品解釈を丸暗記して……」
「いいえ。暗記には限界があるし、あなたが余計なアドリブ言わないかも心配だから。もっと確実かつ古典的な方法でいきましょう」
「確実かつ古典的?」
電話口のきょとんとした声に、瞳子はおほんと満を持した感じの咳払いする。この計画に前向きだとアピールするように。
「カンペよ」
―――――――……
週末の土曜日。
私と水無月さんは、これまでSNSに掲載した『餓鬼は糖なく生きられない』の全話を印刷した紙原稿を前に膝を突き合わせていた。
「カンペだからってコソコソする必要はないわ。『補足資料』っていう建前で、登場人物の心情とか作品としての狙いを赤入れしまくった原稿を持参していくの。詳しく何か聞かれたら、その部分の原稿を探して赤入れを読み上げる。簡単でしょ?」
「お、おお。なるほど……」
「可能な限りは補足情報を埋めておいて、もし想定外の質問が来たら『ちょっとそこまではよく考えていませんでした』なんて誤魔化すこと。正直、あなたは絵も上手いしネットでの評判も上々なんだから、よほど下手をこかなければ担当付いてもらえると思う。とにかくボロを出さないのが最優先」
やはり水無月さんは策士である。敢えて堂々と資料という形でカンペを持ち込むとは。これなら不正どころか、念入りに事前準備してきた姿勢を評価してもらえるかもしれない。
「もちろん、私の解釈意見をそのまま全部鵜呑みにしろとは言わない。この前も、私の勇み足で危うくユキホをチョロい子にしちゃうところだったから。原作者のあなたが反論すべきところは反論して、いい落としどころを探った上で原稿に赤入れしていきましょう」
「うん、ありがとう水無月さん! 今日は頑張ろうね!」
本当に頼もしいクラスメイトだ。作品への的確な助言だけでなく、こういう戦略まで提案してくれるとは。
しかし、それはそうと気になる点が一つ。
「ところで、今日はどうして場所がカラオケなの?」
前回の打ち合わせは古い公民館の貸会議室だったのに、今日の指定場所は街中のカラオケボックスだった。学割プランは意外に安かったが、それでも一時間120円の貸会議室よりはずいぶん割高である。
「いえ、うん。ほら、今日は集中力がいる作業でしょ? 途中で軽食も欲しくなるでしょうし、やむない必要経費というか」
持ち込み自由のカラオケボックスなので、水無月さんはコンビニでたくさんお菓子を買ってきてくれていた。なんだかちょっとパーティーじみた雰囲気で不覚にも少しワクワクしてしまったが、なるほど作業集中のための補給食だったか。ならば浮かれるわけにはいかない。
私は赤入れ用のペンを握って原稿に向き直る。
「よぉし水無月さんっ! 迷惑かけるのはこれで最後だから、もう一息だけよろしく!」
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