第3話 灯りの消えた街の小さな灯り 後編 ねこに唄う少女
(…ルナ)
月影の声が
静かに
落ちてきた。
(…あいつは、覚えている)
え?
(…恐れているのは、お前じゃない)
……どういう、こと?
月影は答えず、あるものをジッと見た。
その視線の先
怯える
金色の瞳があった。
その中――
……誰?
血塗れで
口を歪めた
恐ろしい少女
……まさか……
ふいに
茶虎が、背を向けた。
「嫌っ待って!!」
立ち上がり
「何が嫌だ!?まだ終わってねえぞ!」
「逃げる気か!?」
……?
口が、動いている。
音が、出ている。
たぶん、怒鳴っている。
でも
水の中みたいに
遠く
ぼやけ
どうしよう……
どうすれば!?
その問だけが
ぐるぐると回り続けた。
(…落ち着け)
無理だよ!
(…思い出せ)
思い出す?
(…そうだ)
何を?
(…)
月影?
月影は瞳を閉じ
返事は
なかった。
胸が
ぎゅっと苦しくなる。
置いていかれたみたいで……
いや
頭を振る。
月影は、そんな事はしない。
きっと
待っている。
私が
答えを
見つけるのを……。
大きく
空気を吸って
吐き出した。
そう、だよね。
ちゃんと、自分で考えないと
本当に
”脳無し”
だよね。
ゆっくりと
瞳を閉じた――
浮かんだのは
初めて出逢ったあの日の夜
みゃっ♪
震えていた私を
励ますみたいに
唄と尻尾を合わせてくれた
楽しかった
嬉しかった
あの夜
取り戻したい。
あの、夜を……
だったら
……
「月影」
赤い瞳が、私に向く。
「いつも、助けられてばかりだね」
(…それは—————だ)
「え?」
(…)
…
「待ってて」
第三話 灯りの消えた街の小さな灯り 後編 ねこに唄う少女
—————!!
—————!?
私は
罵声の中を歩いた。
「狙いはあの猫だ!」
「それ以上動くな!」
解かってる。
その奥にあるものくらい。
叩きたければ叩いて構わない。
ただ、茶虎に
届けたいだけ。
立ちはだかる壁に向かい
瞳を閉じ
自分の想いを
かたちにした。
♪
ごめんね
怖かったよね
ごめんね
こんな私で
信じて
きみを傷つけたかったわけじゃ
ないんだよ
♪
「うるせえ!黙れ人殺し!」
「唄ってんじゃねえ!気味わりぃんだよこの害虫が!」
♪
ありがとう
私のために
怒ってくれて
ありがとう
小さな身体で
守ってくれて
♪
「黙れつってんだよ下手くそ!」
「歌なら他所でやれ!」
(…大丈夫だ、届いている)
瞼の奥が
滲んでいく――
ぴくっ、と揺れた。
茶虎の耳
まだ
身体は低く伏せたまま
けれど
地面に貼りついていた前足が
ほんの少しだけ
動いた。
♪
もし
まだ
声が届くなら
また
しっぽを揺らして
また
一緒に
唄わせて
♪
「いい加減耳障りなんだよ!」
「ねこが嫌がるだろうが!」
近付いてくる
小さな、足音
「は?」
「うそ、だろ……」
足元に
気配がした。
瞼を開くと
金色の瞳
その中には
“私”がいた。
茶虎は
小さく喉を鳴らして
血で汚れた足首に
そっと
頭を擦り付けてくれた。
♪ ―――っ ♪
視界が滲んで
ごわごわの毛並み
骨ばった身体に
雫が
次から次へと
零れ落ちた。
♪ ……ありがとう しんじて、くれて ♪
金色の瞳が私を見上げた。
それは、まるで
――ぼくが最古参だよ♪
――この歌を、一番近くで聴くのはぼくだよ♪
そう言ってくれているみたいで……
「うそ、だろ…!?寄り添ってる?」
もう
次の音は
出てこなかった。
「ちゃ、とらっ……」
震える手を
そっと伸ばす。
「マジかよ…やべえよ、あれ、絶対やべえって!」
「誰か早く助け出せ! 殺されるぞ、あのねこっ!」
「くそっ俺がっ!」
その頭に
触れようとした、その時だった。
「させるかよ!」
大きな手が
私の手を掴んだ。
(殺させはしない!)
その迫力に、身震いした。
……どう、しよう
多分もう
言葉は通じない。
掴まれた手を振り解く事も出来ず
立ち尽くしていた時だった。
「うわっ!?」
野次馬の中から、声が上がった。
「なんだよ、うるせえな!」
大柄な男が振り返る。
「ねこがびっくりするだろうが!」
けれど
騒ぎは収まらなかった。
「おい、待て待て待て!」
「嘘だろ!?」
「俺の顔、映ってる!?」
「やばい、これ配信されてる!」
「コメント、速すぎて読めねえ!」
ざわめきが
一気に広がっていく。
「……何だ?」
男は
私の手を放し
顔から
血の気が引いていった。
「……は?」
その脳内に
流れている文字
『テメーらの血は何色だ?』
『【速報】石を投げた男のチップID特定完了。晒すわ』
『素足とか可哀想すぎて泣いたTT』
『血塗れで唄うとか鳥肌立ったわ、誰だこの子』
『正義の執行人気取りの野次馬のようすがこちら』
『終わったな、こいつらwwwwwwwww』
「おい、嘘だろ……」
叫び声が、次々と上がる。
「ふざけんな! 俺は止めようとしただけだ!」
「切れ! 配信切れよ!」
「誰だよ撮ってんの!」
さっきまで
ひとつになっていた声が
ばらばらに割れていく。
怒鳴り声は
言い訳に
正義は
保身に
輪の中に
別の恐怖が
広がっていく。
そんな中
茶虎だけは
私を見ていた。
雑音は
もう
何も
届かなくなった。
♪
キミの笑顔が
私の幸せ
色のない世界を
薔薇色にしてくれるの
♪
「くそっいつまで唄ってやがる!?」
「やめろって!」
唄に合わせて振られる尻尾
私を映す黄金の瞳が、輝いていく。
♪
いつもありがとう
どんな時も
そばにいてくれて
暖めてくれて
ありがとう
ここにいてくれて
♪
…声は一つ、また一つと消え、やがてルナの唄だけが響き渡った。
…そんな中、不気味に鳴り響くサイレンの音
周辺が、赤と青の回転する光に照らされていく。
…それすらもルナは気付いていないかのように
唄い続けた。
…まるで一人、別世界にでもいるかのように
♪
ありがとう
キミ達は
この暗い街で
かけがえのない
小さな灯り
♪
…違う。この壊れた世界で
お前こそが、俺にとっての……
お読みいただきありがとうございます。
今後もルナ達を見守っていただければ幸いです。
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はやく世界征服、させてあげたいにゃぁ。




