第2話 灯りの消えた街の小さな灯り 中編 狂気の少女
―――10年前
…腹を出した男は、両手両足を鎖で縛られ
壁に、張り付けられていた。
「頼む! 助けてくれ!!」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら
「誓う! これからは心を入れ替える!
部屋もきれいにする! 餌だって、ちゃんと毎日与える!」
幼いルナは
微笑んだ。
「ほんとう?」
その声は
あまりにも
やわらかだった。
男は何度も頷いた。
「ああ! 本当だ! 本当に、本当だ!だから、な?」
「うそじゃ、ない?」
「勿論だ!必ず、必ず約束は、まもっ――」
そこで
声が裂けた。
獣のように。
幼い手には
長い釘が握られていた。
一本。
また、一本。
男の身体に
赤い花が咲いていく。
「どうしてかな……わたしね
おじさんのほんとのこえがね、きこえるんだよ?」
俺は
それをただ
見ている事しか、出来なかった。
「いたい?」
男は
声にならない声で泣いていた。
「そっか」
ルナは
困ったように
首を傾げた。
「じゃあ、あの子たちは」
男の顔にまた
「もっと、いたかったよね……」
釘が増え
男の悲鳴が
部屋いっぱいに跳ね返った。
三日三晩
それは続いた。
もう、ピクリとも動かなくなった男だった”モノ”から
ルナは
一本ずつ
釘を抜いた。
丁寧に。
遊んだ玩具を、おもちゃ箱へと戻すように。
血に濡れた床を歩き
檻の中、残された亡骸に
何かを口づさみ
火を放った。
炎が
汚れた部屋を舐めていく。
糞尿の臭いも
腐った臭いも
血の痕も
何もかもが
赤く染まっていく。
その前に立つ幼い姿は
ただ
静かで
それが
何よりも
恐ろしかった。
第二話 灯りの消えた街の小さな灯り 中編 狂気の少女
思考が
脳を焼く
小さな、あまりに小さな身体に
汚らわしい足がめり込む――寸前
バキッ!!
「…………がっ!?」
虚空を舞う
革靴
男の蹴りと、私の”かかと”が
空中で真っ向から衝突
骨の砕ける心地のいい音が
鳴り響き
悪魔はひっくり返った。
「いっっ痛てぇぇぇえな!この脳無しが!!」
それを
無表情で、見下した。
「何上からガンくれてんだ!?ぶっ殺すぞ!絶対後悔させてやる!
女に生まれて来た事をな!ギャハハハハ!!」
「黙って死ね」
一切の躊躇なく
「悪魔」
その顔面を、踏み付けた。
グチャッ
「ギャッハっ!」
何かが、折れた。
「は、鼻が、俺の鼻があああ!!」
歯が、飛び散る。
「は――
骨が、砕ける。
――っ!!」
もう、何も耳に入ってこない。
ただ、生温い血の感触があるだけだった。
何度も。
何度も。
何度も。
何度も。
……何度も。
どれだけそうしていたのか
気が付けば
氷のようだった足はジンジンと熱く
広がる血溜まりに
沈み
そこにはただ
痙攣している
男だった”モノ”があった。
「ひっ人殺しだっ!」
どうかな?
巧く、出来たかな?私
(…)
自信ないよ。
だって相手は、宇宙で一番、愚かで残虐な生物だから。
「この害虫め!」
褒め過ぎだよ。
ただ
当たり前のことを
しただけなのに。
ね、月影
(…)
月影?
(…)
そうでしょ?
(…)
「月影?」
「おい見ろよ、ぬいぐるみに話しかけてやがる」
「しかも傷だらけの…イカれてるぜ」
「うん、イカれた害虫は、ちゃんと駆除したよ?」
微笑み
ペタッ
血の音が、響いた。
「こ、来ないでよ!」
「警察だ! 警察を呼べ!!」
輪が
ガヤガヤと後ずさる。
「どうして?どうして逃げるの?
私はただ、悪魔から茶虎を守っただけだよ?」
「こいつ、狂ってるぞ……」
「サイコパスかよ!?」
「だから、悪魔は私が――」
(…ルナ)
「あっ!」
輪の向こう
身を低くしているその姿を見て、人間への関心は吹き飛んだ。
「もう、大丈夫だよ♪」
ビクッ
「……え?」
見間違いかな?
目が合った瞬間
茶虎が後ずさったように見えた。
「どう、したの?」
背中を丸め
耳が
ぺたりと伏せられている。
「私、だよ?」
近付くにつれ
その瞳は
怯えの色が濃くなっていく。
私は、優しく微笑んだ。
「大丈夫。怖い悪魔はやっつけたからね♪」
そっと手を伸ばした。
頭を撫でて
安心して欲しかった。
喉を、鳴らして欲しかった。
「ほら、もう――」
「いい加減にしろ!」
指先が
あと少しのところで
大柄な男が割り込んだ。
「この猫まで殺す気か!?」
……は?
私が?
茶虎を?
ドス黒い”衝動”が
突き上がる。
(…ルナ)
珍しく
強い声
ね、あいつ。壊していいよね?
やっぱり男は――
(…見ろ)
また、強い声
……何を?
(…)
月影?
月影はただ
赤い視線を
向けていた。
釣られるように辿ると
沢山の”目”
その奥
小さな”目”が
怯えたように
私を見ていた。
「茶、虎?」
血の音が、歩道に響く。
「ち、近付くなっ!」
「誰か、取り押さえろ!」
「下がれ!」
また、大柄な男
「邪魔なんだけど?」
「どかん!!」
足を、振り上げようとした、その時
ガンッ
視界が揺れ――
こめかみを押さえた手に
熱く、ぬるりとした感触
「痛いよ?」
「底辺が!大人しくしてろっ」
「人様の金で生きてる分際でよっ!」
……
どうして?
どうして?
どうして?
私が、悪魔をやっつけたのに
どうして
誰も
月影も
茶虎まで
「魔女めっ!」
また、頭に衝撃が走った。
瞬間――
音が消え
世界が
ひび割れた。
女性の叫び
火
煙
石
歓声
焼ける布
涙
誰の?
焼ける
髪
皮膚
私?
やめて
私は
私は―――
「やめてよ!」
喉が裂けるほどに
叫んでいた。
「何が『やめろ』だ! 人を殺しておいて被害者面かよ!」
「暴力でしか解決出来ない野蛮なゴミが、俺たちの街を汚しやがって!」
気が付けば
飛び交う怒声の中に
立っていた。
「あの……話を、私の、話しを――」
「聞くわけねえだろ!」
「喋んな、脳無し!」
言葉の暴力が
囲むように
容赦なく……
違う
違うのに
私は
守りたかっただけなのに……
「おい、もっと近くで撮ろうぜ、絶対バズるぞこれ」
「やめとけよ、炎上するかもだろ?」
「バカ、炎上したらもっと稼げんだろ」
声は
誰にも
届かない。
解っていた。
私は
私達は
叩かれる為
用意された
血の出る
“欠陥品”だって。
—————!!
—————!?
恐ろしい罵声が
津波のように押し寄せる。
意味なんて
もう分からない。
ただ
怖くて
辛くて
「もう……ゆるして……」
膝が折れ
頭を抱え
それでも
止まない喧騒の中
(…ルナ)
月影の声が
静かに
落ちてきた。




