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第1話 灯りの消えた街の小さな灯り 前編

ご主人に愛されない世界

そんな世界

どうなってもいいって

そう、思ったんだ




―――




2221年 


…脳とAIが融合した時代

それが出来ない者は「脳無し」と呼ばれていた。



冬の港町



煉瓦造りで古びた、だけどどこか味のある店舗が続き

ウッド製の歩道に凝ったアンティークのような街灯。


けれど、それらに明かりが燈る事は無く

その名残だけが、冷たい塩風に晒されている。


スマートシティ計画

そう言えば聞こえはいいが

要は電力不足により、下町は切り捨てられたのだ。


巨大な摩天楼だけが、冷たいネオンを吐き出し

暗いこの場所を照らしている。


そして私のような「脳無し」は

そこに立ち入る事も許されない。


だから…ここで唄うしかない。



♪―――♪



最後の音が白い吐息と共に消えた。


「人、全然居ないね」


私は、胸に抱いた月影に語り掛けた。


(…そうだな。でも、今日は稼いだ方じゃないか)


缶の中には、僅か3枚の硬貨

冷たい金属を、手に乗せる。


「お金って…なんなんだろうね」


(…どうした、急に。また哲学か?)


「うん。時々ね、思うんだ。何で、みんなそんなに欲しがるのかなって」


(…一般論だが、旨い物を食べたり、旅行したり、あっても邪魔にならない、安心にも繋がる。そんな物なんじゃないのか?)


「それは、そう、なんだけどね……」



冷たいネオンの光が

私達を染めていく。



「世の中の嫌な事ってさ

ほとんどお金が原因なんじゃないかなって、思うんだ」



月影は、しばらく考え込んだ。



(…まあ、そういう見方もできるな)


ぽつりと、続けた。


(…戦争だって、表向きは“正義”だの“信念”だの言ってるが

突き詰めればただの金銭トラブルだ)


戦争が金銭トラブル?

予想の斜め上の回答に、思わず苦笑した。


「あはは、それは言い過ぎかもだけど…」


(…)


「でもね…」


月影と向き合い、赤い瞳を見つめ

白い吐息を巻き上げた。


「私はね、月影と一緒なら、どんなとこでも幸せだよ?」


(…)


「どんなみすぼららしい家でも豪邸になるし

質素なご飯だって、ご馳走になる。

これってオカシイのかな?私が脳無しだから?」


(…)


「ねぇ…答えてよ、月影……」


月影は瞳をゆっくりと閉じた。


(…お前は、間違っていない)


苦しそうに続けた。


(…ただこの世界は……

どうしようもなく汚れた者によって、支配されている……)



月影は黙り込み

どこかから、楽し気な声が聞こえてくる。



「そう、なんだね。じゃあさ…もし、もしもね――」


みゃぁ~


言いかけた私の足元に

痩せたこねこがすり寄っていた。


思わず頬が緩んでしまう。


「また、来てくれたの?」


茶色い、虎柄のシルエット


膝を折り、その頭に手を添えると

喉を鳴らし、私の膝に小さなお尻を乗せた。

指先で、その喉に触れながら


「もしも、この子が世界を征服したら……どんな世界になるのかな?」


(…それは、興味深いな)


白い吐息が、凍える空に溶けていった。



――きっと、みんな笑顔に…なれるよね――



ねこの世界征服 Episode 0 壊れた世界で、狂気の少女はねこに唄う



第一話 灯りの消えた街の小さな灯り 前編



次の日の夜



キミの笑顔はタダなのに

何より私を暖める



凍える指先が震え、吐息が白く凍る。

素足が、路上の冷たさに感覚を失いかけた頃


ちゃらちゃらとしたカップルが

最新型の光るイヤーカフを耳に

光る瞳で近付いて来た。


「今月のチップ更新料、マジでエグいわ〜。でも働きたくね〜」

「ねー。も〜作業イヤ!全然遊べないじゃ〜ん!」



きっと誰もが忘れてる

その燈火だけで



「お、誰か歌ってんじゃん! 行ってみようぜ」

「マ!? 声ヤバくない♪」



狂った世界も征服しちゃえる



(は?世界征服?)

(ウケル!絶対脳無しっしょ)

(うはっ、通信エラーw脳無し確定じゃん)

(やっばw狂ってるのは世界じゃなくて、この子の頭と格好っしょ)


二人は顔を見合わせ


『ぎゃははははっ』


私を指さし、腹を抱えた。


解ってる。

絵空事だってことくらい。


なのに――


ほんの一音

揺れた。


(ひー!アゴ破壊不可避…あ?って、ちょま…何だあれ?)

(もぉ~なに?うち、お腹痛いんですけど)

(いや、マジデ!見ろよあの黒いの。何だ?猫?)

(え?…ちょっ!何あれヤバッ!キッショ!!)

(マジカヨ!投稿しようぜ、絶対バズルわ)


ニヤついた男の目が光る。

避けるように、私は俯いた。


(……)

(どした?ブスッとして)

(…うちさ、こういうの見てると腹立つんよね)

(そうかぁ?おもしれーじゃん)

(はぁ?ぼっさぼさの髪にボロ雑巾みたいなコートに素足。

んであのグロイぬいぐるみだよ?)

(ウケルだろ、惨めで)

(それが気に入んないの!完全お涙頂戴じゃん!

悲劇のヒロインアピールじゃん!!)

(あー!そういうこと!?お前すげーな、マジ惚れた)

(でしょ~?うちってば超イイ女♪)


笑い声が、唄声を掻き消していく。


どうして、私は聞きたくもない声が聞こえてしまうのだろう?

こんな力、欲しくもなかった。

ない方が、ずっと良かった。


(…辛いか、ルナ)


ううん……大丈夫、だよ


(…そうか)


月影が、そっと肩を抱く力を強めた。


っ—————♪


(うわっ、もしかしてあいつ泣いてね?)

(ま!?涙目なってんじゃ~ん、うちらの会話聞こえちゃった?ごめんね~)


こんな薄っぺらい言葉になんて負けない

私には




必要なものは、何も無い

お金も、勇気も、要らないよ


微笑み


それだけで


灯りは燈る


凍える世界だって

あたたかくなる



月影が、いるのだから。




いつの間にか


笑い声は


消えていた。


ただ


光る瞳だけが

私を見ていた。


けれど


その静けさは


すぐに壊れた。




(うおっ!? マジか、ヤバッ!)

(えっ何?)

(見ろよ、超バズってるぜ!広告スコア、ガンガン上がってってる♪)

(ま!?うっそ、トレンド入りしてんじゃ~ん♪)

(これで今月の労働シフト、全部ブッチできるぜ♪イエー!)

(すご~い♪ね、うちロブスター食べたい! 本物っぽいヤツ!)

(おー、いいね♪ じゃ、『美味美味クラブ』にでも行っちゃう!?)

(やったー♪ びっみびみ~の、えっびえび~♪)


見せ付けるかのように肩を抱き合い、私を見た。


「いやー稼が…楽しませて貰ったわ」

「お疲れ♪鬼寒いだろうけどぉ~頑張ってねぇ~♪」


寄り添うシルエットが

摩天楼へと溶けていく。



♪ みんなで一緒に手を繋ごう、きっと世界を…変えられる…から……



置いた缶は

空のままだった。



「……ね、月影」


(…?)


「ロブスターって、美味しいのかな?」


(…ああ)


「そう、なんだね……」


別に、贅沢がしたい訳じゃない。


だけど……


お金は、欲しかった。


どうしても

買いたいものが、あったから。



みゃ~



足首に、何かが擦り寄った。


柔らかい、とは少し違う。


ごわごわしていて

骨ばっていて


それでも


そこだけは

冷たい世界から切り離されたみたいに


あたたかかった。


心の棘は一瞬で溶かされ、口元が綻んでいく。


「茶虎~♪ 今日も、聴きに来てくれたの?」


「みゃ~!」と嬉しそうに鳴くと、ちょこんとお尻を下ろし

しっぽをふわっと巻きつけて座る。


その姿は私の歌を本当に待ちわびているお客さんのようで

目も口も緩んでしまう。


「ありがとね」


応えるように喉を鳴らす音が、木の路上に響いて

なんだか身も心もポカポカしてくる。


(…良かったな、最古参のファンじゃないか)


うん、すっごくすっごく、嬉しいよ♪


……


でも……


(…何だ?)


お腹、空いてるよね……


ポケット硬貨を、握りしめた。


(…唄ってやれ)


……うん


茶虎が首を傾け

まるで「どうしたの?」って聞いてるみたいだから


「それじゃ唄うね。聴いてください、『君の笑顔はタダなのに』」


そんな不安を掻き消すように、大きく息を吸った。



♪——————————♪



茶虎のしっぽが

唄に合わせるみたいに

ゆらゆらと揺れる。


その仕草が

あまりにも一生懸命で


可愛くて


私に幸せをくれる。


けれど


その痩せ細った身体が

ぼさぼさに乱れた毛並みが


今にも消えてしまいそうな命を

今だけ

精一杯ふくらませているみたいで


胸の奥が

きゅっと痛んだ。



――逆立つ黒い毛

――目ヤニに濡れた、蒼い瞳

――指先から、力なく零れる小さな牙



知らない。


そんなもの

知らないはずなのに。


込みあがる、熱い想い。


それを


ただ


唄に、のせた。




最後の声が路地に吸い込まれ、静寂が訪れた時だった。


パチパチパチ……


響く拍手の音


弾かれたように振り向いた瞬間――


感情が消えた。


そこに居たのは


しわ一つないスタイリッシュなスーツを着こなした”男”の姿だったのだ。


ぷいっと顔を背けた。


それでも男は朗らかに

でも、どこか大袈裟な口調で


「素晴らしい歌声ですね!

かの世界的アイドルグループ『ノヴァ』にも引けを取らない!」


ノヴァ??


世界のトップアイドルグループだけど…


「どうも」


つっけんどんに返す。

心の声は聞こえないものの、怪し過ぎだし

何より私は男が”超”嫌いなのだ。


「こんな場所で唄うのは勿体ない!

是非うちの店『美味美味クラブ』で唄って貰えないかな?」


「えっ……?」


不覚にも

素っ頓狂な声が出てしまった。


(ね、どうしよう月影、美味美味クラブだって! 

目の前の摩天楼の最上階にあるレストランだよね!?)


(…そう、だな—————確かに—————だからな—————)


瞬間

弾んだ心は一瞬にして萎んでしまった。

最近はこういった聞き取りづらい事が多い。


もしも


月影が居なくなってしまったら


そう、考えただけで……



「どうかな?君さえ良ければ、だけど」



お構いなしに、男は私を覗き込んで来る。


心の声は聞こえない。


もしも…もしも本当だとしたら……?


ピカピカの革靴が目に入る。

その傍に、小さく丸まり震えている茶虎。


「あの…」

「はい、何でしょう?」

「もし…雇って頂ければ…この子と一緒に暮らせますか?」


男は笑顔で


「はい、勿論ですとも!貴女の為に、素敵な部屋をご用意しましょう♪」


その言葉に


胸に小さな灯りが燈った。


暖かい部屋。


冷たい隙間風に

震えなくていい場所。


湯気の立つご飯。


月影が

安心したように目を閉じて


茶虎が

丸くなって眠っている。


そんな景色が


一瞬で

胸いっぱいに広がる。


信じても……いいの……?


いや


この子達の

幸せの為なら


「……是非」


信じるんだ!


「雇って、ください」


(喰い付いたな。もうこっちのもんだ)



瞬間



燈った小さな灯りは




黒い闇に、呑み込まれた。


「勿論ですとも! 歓迎しますよ♪」


男は

さっきと同じ笑顔だった――



……ごく稀に、いるのだ。


嘘を

嘘だと思わずに吐く人間が。


自分の言葉を

自分の本音だと信じ込める人間が。



男は私の手首を掴み、気持ち悪い満面の笑みで言った。


「さあ、こちらです!これからきっと、世界が変わりますよ♪」


硬い指輪が、手首に食い込み、冷たい痛みを刻み込む

闇へと引き摺り込むこの存在は、悪魔以外のなんだというのだろう?



――悍ましいキヲクが、蘇る

――感情が、血に染まっていく



害虫を殺す事に、躊躇う人間は居ない。

ましてや、今まさにこびり付いている寄生虫なら、尚更。


爪が喰い込むほど拳を握り、振り上げた。

その薄汚い後頭部を、叩き割ろうとし――


(…よせ、ルナ!そいつは「ギャッハー団」幹部だ!)


月影の鬼気迫る声に、後頭部スレスレ———

拳が、髪に触れるか触れないかのところで


ピタリと止まった。


ギャッハー団


触れてはいけない闇の名前

背筋に、冷たいものが走った。


何故だか、月影は大抵の事を知っている。

引っ込めた手には、爪の跡が赤く浮かび上がっていた。


「すみません。やっぱりいいです」


冷たく言い放ち、悪魔の手を振り解こうとした…が

硬く掴まれ、びくともしない。


「大丈夫ですよ。ほら、もうすぐですからね♪」


何が大丈夫なのか全く解らないが

指輪が食い込み、とにかく痛い。

そして何より気持ち悪い!


その顔面を蹴り飛ばしてやりたい衝動を、なんとか抑え――


「イダッ!! イダダダダッ!!!」


突然男は顔を歪めて飛び跳ねた。

難なく振り解けたが、その足元には


フー!! フーッ!!


目を血走らせ

茶色い毛を何倍にも逆立たせ


男の足に、牙を、立てていた。


「痛ッッテエんだよ!このクソ猫っ!!」


男は血管を浮きだたせ、狂ったように足を振り回す。


「やめて!!」


「ああ!?俺を誰だと思ってる!?」


手を伸ばすも、小さな身体は空中高くに投げ出された!


「茶虎!!」


腕を広げた。


けれど


茶虎は

私の手を避けるように

空中で身を捻り


細い脚で

地面を打ち――


うにゃぁにゃにゃぁぁ!!


電撃のような動きで飛び掛かった!


「イッッデエエエェェ!!」


高級そうなズボンの上から喰らい付き



赤が滲みだす。



男の表情が

消えていく。


「……躾が必要だな」


足を高く振り上げ――


バキッ


鈍い音がこだました。






…俺の記憶に、あの日の惨劇が、蘇っていく。



お読みいただきありがとうございます。


今後もルナ達を見守っていただければ幸いです。


ブックマークや評価をいただけると、とても励みになります。


はやく世界征服、させてあげたいにゃぁ。

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