第27話 ご主人
「すいやせんでしたあああ!!」
男達は、勢いよく地面に額を擦り付けた。
「終わった、ん……?」
ナナは息を吐き出し、よろよろと膝を付く。
数秒遅れで弾けるコメント
『よかった……のか?これ……』
『いや待て、全然よくねぇ』
『包帯息あんの?』
『CGだろ』
『さすがに仕込み』
『土下座で草』
『ねこだけ映してくれ!!』
『今頃警察が来た件』
『八咫烏って結局何?』
『情報過多で脳が死んだ』
『誰か最初からまとめて』
窓の向こうでは
話し込む漆黒とルナ
「……あっ」
ナナが立ち上がるのと同時だった。
栗色のツインテールの女の子とやつれた女性にぶつかりそうになる。
3人は頷き合い、走りだした。
第27話 ご主人
こいつの闇を操るかのような力
月影と、何か関係が?
いや
無関係な訳がない!
「ねぇ、これ、見て」
逸る気持ちを抑え、赤いストールの中から月影を取り出した。
漆黒の眉が、ぴくりと跳ねる。
「……ねこ?」
胸の奥に、ポッと灯りが燈る。
大抵の人から見れば、月影はぬいぐるみに見える。
ツギハギだらけなのだから。
それなのに、一目でこいつは見抜いた。
そう
あの、老婆のように。
けれど
落ち着け。
ここで取り乱しては、足元をすくわれかねない。
息を吐き出し、努めて冷静を装った。
「そう。月影っていうの。何か、知らない?」
漆黒は答えない。
ただ、じっと月影を見つめている。
長い
その沈黙の間に、心臓が嫌になるほど跳ね続ける。
何
何なの
何て返ってくるの――
「その月のプレート……」
「何か、知ってるの!?」
思わず、血塗れのコートを引っ掴む。
「お願い、教えて!」
けれど、漆黒は僅かに首を振る。
「……いや、気のせいだ」
「は?」
声が裏返った。
不味い
取り乱し過ぎた?
何か、要求される?
……それでも
「お願い! 何でもいいから教えて!」
両手で、激しく揺さぶる。
その手を、漆黒に掴まれた。
「落ち着け」
血で濡れた手は温かく
不思議と
振り解く気にはなれなかった。
「これは、あくまで俺の予想だが……」
ごくり、と喉が鳴る。
「そのねこは、ただのねこではない」
「……そうよ」
言葉の続きを、私は待った。
けれど、いくら待てども
その口は
硬く閉ざされたままだった。
「……それで……?」
痺れを切らし、一歩詰め寄る。
「そのねこは、ただのねこではない」
「さっき聞いたよ!」
咄嗟に手の甲で漆黒の胸を叩く。
漆黒は何事もなかったかのように、口を開けた。
「俺には、見えない」
は?
「……何が?」
「魂」
魂?
その言葉に、老婆の声が蘇る。
――どうすれば、ここまで魂が擦り減るんだろうねぇ
確か、そんな事を……
魂って、何?
どうすれば、見えるの?
「直接、聞いてみるといい」
見透かしたかのような一言
驚きよりも先に、口が動いていた。
「誰に!?」
「俺の、ご主人だ」
こいつの、ご主人?
それって……
「ねこの事?」
首を横に振る漆黒。
「いいや」
少しも迷わず
「ねこは……神だ」
「わかる、わかるけど!」
自分でも、何を言っているのかよくわからなくなってくる。
「じゃなくて! そのご主人って誰なの!?」
「逢えば、わかる」
くるりと背を向ける漆黒。
「では、そろそろ行くぞ」
その背中を見たまま
私は、すぐには動けなかった。
この男に、まだ上が?
一体、何者……?
八咫烏ではないと言っていたけれど……
わからない。
わからない事だらけだよ。
だけど……
小さく、息を吐く。
いい
どこにでも、ついて行く。
月影は、必ず私が
でも
その前に――
「待って」
そこまで言って
言葉が詰まった。
「怖いのか?」
「……え?」
漆黒が、私を見ていた。
真っ黒な目で
静かな時間が流れる。
「大丈夫だ。ねこは、憶えている」
――ねこだけは、それを憶えている
過ぎる、月影の言葉
何よ
何なのよ
何で……
拳を握りしめ
小さく、頷いた。
「……うん。ありがとう。信じる、よ」
「構わん、行くぞ」
でも
確かに
胸の強張りは、緩んでいた。
今、行くね……。
けれど
漆黒は、動かい。
一向に
「……何、してるの?」
「…………」
妙な沈黙が流れる。
覗き込むと
漆黒は気まずそうに、目を逸らした。
「もしかして……どこに行けばいいか、わからないの?」
「ああ。連れて行ってくれないか」
数秒
私は何も言えなかった。
この男……
もしかして
とんでもない大馬鹿野郎なんじゃ……?
「あんた。名前は?」
「鴉だ」
「付いて来なさい。鴉」
私は
モヒカン共が警官隊に取り押さえられる中
血塗れの手を、引っ張った。




