第26話 支配者は路地裏で喉を鳴らす
「うおおおおぉぉ!」
「猫もろともぶっ潰せ!」
黒焦げのゴミ共が、武器を振りかざして雪崩れ込んでくる。
まだ、懲りないの?
私は、深く息を吐き出した。
ゴミ共が動くたび
鉄パイプやらバールがぶつかり
耳障りな金属音が鳴り響く。
ねこ達の宝石のような瞳が、怪しく光った。
――うるさいにゃ
――愚かな、我等に牙を剥くとは
――ヤレ、ごしゅじん。掃除の時間にゃ
そんな風に見えて
ふ、と
頬が緩んだ。
「まずはテメェだ、唄女ぁ!」
いきなり、チェーンソー
都合がいい。
斜めから振り下ろされる回転刃
半歩下がり、身を捻る。
目の前を、火花が横切っていく。
がら空きとなった手首に、鉄パイプを振り下ろした。
伝わる、骨の、砕ける心地の良い感触
「ぐぎゃああああっ!」
手から落ちた”それ”を
「貰う、ね」
横薙ぎに、振る。
肉と骨を裂く振動。
舞い散る赤い雫。
転がり、動かなくなるゴミ。
ごめんね、茶虎
こんな
醜い
私で……
もう
足が重い
腹も痛い
だけど、この子が居れば
簡単、だね……
後は全てのゴミをバラバラにして
最後に包帯をミンチにする。
捕まっている茶虎は……
大丈夫”あの”男なら――
ふいに
頬に、生温かいものがへばり付く。
「……っ?」
遅れて
ポツ
ポツ…
べちゃ
べちゃっ
べちゃんっ
濃くなる、鉄の匂い。
振り返ると
赤い飛沫の中に佇む
”独りの男”
――嫌われても、いいの?
――構わん
背筋に
冷たい物が走った。
「……おい、あいつ……」
ゴミが
掠れた声を漏らす。
「そ、そんな……」
手から落ちたバールが、甲高い音を鳴らした。
「猫が……」
この世の終わりのような声だった。
「猫が、居なくなってる!!」
そう、ねこは、一体どこへ……?
赤い霧の向こう
路地の奥
塀の上
崩れた屋根
あちこちに
散っていく、小さな背中達
――みんなでお散歩にゃ~♪
そんな後ろ姿に
タガが外れたみたいに
笑い出しそうになる。
けれど
真っ赤に染まった漆黒の背中は
酷く、寂しそうだった。
「……もう、おしまいだぁ……」
「ハハ。何が、世界征服だ」
武器を握った手が
一つ、また一つと下がっていく。
「まだだぁ!!」
包帯が、喉を裂くように叫ぶ。
びくりと跳ねる、ゴミ共。
そこには
首根っこを摘まみ上げられている小さな身体。
「茶虎!!」
酷く、震えている。
一刻も速く――
「動くな!一歩でも動いてみろ。こいつをぶっ殺す」
「……っ」
ゴミ共に、火が戻っていく。
「あ、兄貴ぃぃ!」
「まだ……まだやれる、よな!?」
包帯が、更に高く茶虎をかざす。
「そうだ……! まだだ! こいつが居る限り、あいつらは――」
ぬるり、と
「……あ?」
茶虎の身体が、包帯の手から消える。
そこには
赤い眼光を放つ
レッドがいた。
「てめぇ……」
包帯の顔が、ぐしゃりと歪む。
「何の真似だ?」
レッドは答えず
抱いた茶虎を一撫でする。
「……もう、止めましょう、兄貴。俺達の、負けです」
「ふざけんな!!」
唾を巻き散らし、蹴りを放つ包帯。
レッドはそれを膝で受け
逆に包帯がよろめく。
「てめぇ……野郎共、こいつを殺せ!!」
武器を握り直し
一斉に駆け出すゴミ共。
「レッドぉ!」
「てめぇ、自分だけ助かる気だな!?」
「仲間だと思ってたのによぉ!」
けれど、その前に
立ちはだかる、ブルーとイエロー。
青は額に青筋を立て
黄はゴミ共を見回し、指を突き付ける。
「おい、てめぇらの火、誰が消してやったと思ってる!?」
「そ、それは……」
さっきまでの勢いが、目に見えて萎む。
「いいから奪え!!」
顔を真っ赤にして怒鳴る包帯。
「く、くそ……」
「どうする……?」
浮足立つ、ゴミ共
互いの顔色を窺いだす。
そんな中
レッドが、こちらへ歩いてくる。
何も言わず
胸に抱いた茶虎を
そっと
私に差し出してきた。
反射的に、伸びる手。
抱きしめて
謝りたい。
また、唄を聴いて欲しい。
けれど……
「やめて!」
レッドの肩が、びくりと揺れた。
――私に、そんな資格は、ない。
怯えた瞳が、頭から、離れてくれないのだ。
唇を噛み切りそうなほど強く結び、声を絞り出す。
「その子を……お願い……」
「だが――」
その肩に、青が手を置く。
「…………………」
静かに首を振る。
「急ぐぞ」
黄がレッドの背を叩く。
レッドは奥歯を噛み締め
それから、私を見た。
「……大丈夫だ」
初めて聞く、優しい声。
「絶対、わかってくれる」
踵を返し、駆け出す3人。
「待てよ!」
包帯の怒声にも、振り返らない。
「おい、あいつらを――」
振り返った先には
血塗れの漆黒が、立っていた。
「ひっ!!」
「覚悟しろ」
真っ赤な手で、包帯のえり首を掴む漆黒。
そのまま、宙へ持ち上げていく。
「ぐっ、あっ、は、はな……せ……」
暴れる足が、空を切る。
「貴様には、死を渇望する程の、地獄を与える」
虚空に、小さな闇が出現する。
「だ、誰か……たすけ――」
叫びは、途中で途切れ
伸ばされた指先が
あっけなく
呑み込まれ
静寂となった。
「あに、き……?」
手から、滑り落ちる凶器。
次々と響く、金属の音。
折れる膝。
突如
闇が消え
包帯が、堕ちて来た。
「あ、兄貴!?」
集まるゴミ共
けれど
もう、何も、応えなかった。




