第25話 全てを決める者
「このクソ猫!!」
瞼を開くと、包帯が拳を振りかざしていた。
その先には
首根っこを掴まれた茶虎
――コロス
脳が命令を下すより早く
地を蹴る足
けれど
「……あ?」
振り下ろされたその手は
漆黒に、掴まれていた。
第25話 全てを決める者
包帯の顔が、みるみる青ざめていく。
「嘘を、付いたな?」
「ひっ!?」
その場で尻餅をつく包帯。
漆黒の顔に
黒い尻尾が何度も叩き付けられる。
「赦さんぞ……」
殺気を滲ませ、右腕を振りかざす。
瞬間
布と皮膚が斬り裂かれる。
鋭利な爪が
漆黒の腕へ突き立てられていた。
――急に動くな、ごみぃ
――我に逆らう気か?ごしゅじん
「…………」
ぬらりと、漆黒は左足を振り上げる。
瞬間
恐ろしい牙が
容赦なく、その脚に食い込んでいく。
――揺らすな、下僕ぅ
――先にメシだ、遊びはそれからにゃ
漆黒をじっと見る、いくつもの宝石のような瞳。
呆気に取られる中、包帯の荒れた脳内が流れ込んでくる。
(何で、いきなり……)
(つか、何匹、くっつけてやがる!?)
(どうしろってんだよ、この状況!誰か、誰か説明しろ!!)
(……に、しても、こいつ、何で動かねえ?)
(落ち着け。冷静になれ。こいつは猫狂い。そう、動けねぇんだ)
(で、嘘がどうだとか……なら――)
漆黒の手を振り解き
そのまま尻で後ずさりしながら、近くの男を掴む。
「おい、お前!!」
「あ、兄貴……?」
引き寄せ、耳打ちをする。
それは、私にとって
最悪の作戦だった。
先程までは。
包帯が膝を付き、矢継ぎ早に言った。
「どうか、どうかお聞きください!
全ては、全ては悲劇的な誤解なのです!
どうぞ、こちらをご覧ください!」
漆黒の目の前で、空中モニターから流れる映像
そこには
茶虎に足を振り上げる私
それを身体で庇う包帯
泣き叫ぶ顔を、冷酷に踏み潰す私
―――
湯気の立つ肉に飛びつく茶虎
それを奪い取る私
響く、悲痛な鳴き声
そんな、映像が
次々と
展開されていた。
「これでお解りいただけましたでしょう!あの娘は事もあろうか――」
「黙れ」
包帯の口の前に、靴を突き付ける漆黒。
「舐めろ」
「あ、あの…これは……?」
「舐めろ」
そこには、さっき茶虎の吐いた痰がこびり付いている。
(は?これを?こんな汚ねぇものを!?この、俺様が!?)
チラッと、漆黒を見る包帯。
(ふざけてるわけじゃ…ない、よな、、ああ、もうクソ!)
震える舌を伸ばす包帯。
(くっそ気持ちわりぃ!!)
「理解、出来たか?」
(だから……これで一体、何が解るってんだよ!?)
包帯の目元が滲んでいく。
同情はしないけれど、その気持ちだけは
私も同じだった。
「理解、出来たようだな。覚悟――」
ぷにっ
にくきゅうで塞がれる、漆黒の口。
そこには、頭によじ登ろうとする白猫
先にいた黒猫が、阻止するように前脚を叩き付け
負けじと白猫もそれに応戦
最前線となった漆黒の額にザクザクと爪が刺さり
唇がにくきゅうで伸ばされていく。
(こんな、こんなふざけた野郎に――)
包帯の拳が、硬く握られていく。
「覚悟すんのは……テメェだ!!」
顔を真っ赤にし、拳を放つ。
その軌道の先には
激しくやり合う二匹のねこ。
危ない!
そう思った時には
みゃっ!
にゃっ!
二匹は同時に跳ね――
剥き出しとなった漆黒の鼻っ柱に、当る拳。
揺らぐ、漆黒の頭。
足場を失った二匹の脚が高速で動く。
ガシガシガシッ!
シャカシャカシャカ!
漆黒の顔が、容赦なく斬り裂かれていく。
それでも、眉一つ動かさず
二匹を両手で支え
そのまま、尻をそっと押し上げ
頭へ乗せる。
……何なの、この人。
殴られて
顔を裂かれて
真っ先にするのが、それ?
みゃぁ……
にゃぅ……
興奮気味の二匹の顎を、落ち着かせるようにくすぐっている。
地に、絶え間なく熱い赤を吸わせながら。
頭がおかしい。
本当に
けれど
喉を鳴らし、ぴたりと身体を重ねる白と黒は
場違いなほど、幸せそうで
頬が勝手に緩んでしまう。
(やり返して、こねぇ……?なら!)
包帯の目が、ギラリと光る。
転がっていたそれを
勢いよく掴み
ギュイイイイイン!!
高々と、その凶器を振り上げる。
「うらあああああ!!」
漆黒が、僅かに身構え――
みゃっ
にゃっ
シャーッ!
両耳
鼻
唇
首すじ
そして身体中に、爪と牙を立て、みっしりとぶら下がるねこ
その光る瞳はあたかも
――腹減ったぞ、ごしゅじん
――いいから撫でろ、下僕ぅ
――昼寝を邪魔するな、ごみぃ
止まる、漆黒。
「――っしゃあ!!」
火花を撒き散らす回転刃が、漆黒の首筋に肉薄する。
響く、骨の砕ける、心地の良い音。
あり得ない方向へ曲がる、包帯の腕。
「ぐがああああ!!」
地面へ転がったチェーンソーが
石を削って跳ね回る。
気付けば
私の握った鉄パイプが
じんじんと震えていた。
「……解かるよ」
自分でも驚くほど、静かな声だった。
「嫌われたく、ないよね」
茶虎の怯えた瞳が、脳裏に焼き付いて離れない。
けれど
漆黒は、少しだけ首を傾け
「いや」
それだけ言い、ねこ達に優しい視線を向ける。
「……はぇ?」
間の抜けた声が漏れていた。
「嫌われても、いいっていうの?」
「構わん」
迷いの無い目を、私に向ける漆黒。
「全ては、ねこが決める」
……解からない。
解らないのに、胸の奥深くに突き刺さった。
ねこが決める?
嫌われても、いい?
そんなハズない。
現にこの男は、ねこにされるがままなのだ。
「じゃあ、どうして、そんなにねこに優しくしてるの?」
そう、問いかけた瞬間
閃光のように、ある考えが過ぎった。
この男には、「嫌われたくない」という概念すらないのでは?
ただ、ねこに尽くす。
理由は多分、そうしたいから。
ただ、それだけ。
それに比べて私は
ずっと
嫌われないように、してきた。
それが何より、怖かったから。
たった一人
いつも
いつだって私の唄を聴いてくれた茶虎
大切だからこそ
もっと好かれたい
もっと幸せにしてあげたい
もう、怖がらせたくない。
それすら
私のエゴ、だってこと?
わからない。
全然、わからないよ。
「ねぇ月影……私、一体どうすれば――」
瞬間
跳ねる、鼓動。
漆黒もねこも、不思議そうに私を見る。
え……?
今
私、なんて言った?
漆黒と、月影を、間違えた?
口を、手で塞ぐ。
どう、して――
「……ハッ、ギャハハハ!!」
腕の折れ曲がった包帯が、狂ったように笑っていた。
「見たか野郎共!こいつは今動けねぇ、今ならヤレんぞ!!」
黒焦げの男達が、互いに顔を見合わせる。
「で、でもよ、兄貴……八咫烏に逆らって、後でどんな目に遭わされるか――」
「バカかてめぇは!」
包帯の怒声が、モブ男をねじ伏せる。
「今ここでヤラねえと、どの道終わりだろうが!」
変わっていく、男達の顔色。
包帯は、そこでふっと声の熱を落とす。
「考えてもみろ、奴を倒せるってこたぁ、他も倒せるって事だろ」
それにな、と続ける。
「こいつらの数はそう多くはねぇ。残りも、必ず俺がぶっ潰す!」
曲がった腕を広げる包帯。
「そうすりゃ、この世界は、俺達のもんだ!!」
「世界を……」
「俺達が……?」
「世界、征服ってことか?」
「マジかよ……」
「選べ!死か、栄光か!?どっちだ!!?」
一人が、顔を上げる。
「……やるぞ」
釘バットを、掲げる。
「兄貴、やるぞ……俺は!」
「そうだ……」
「このまま、消されるくらいなら」
死んでいたような目に、ぎらついた光が宿っていく。
「やってやる!やってやるぞ!」
「うぉぉぉ!付いてくぜ、兄貴ぃぃ!!」
雄たけびと共に武器を振りかざす男達。
「世界・征服!」などという音頭まで始めだす。
それを、私はどこか他人事のように眺めていた。
月影
どうして
私は――
胸の奥が、まだざわついている。
ただ
一つの言葉が、引っ掛かっていた。
「ねぇ……あいつの言っていた事って、本当なの?」
気付けば、ねこに踏み付けられている血塗れの男に尋ねていた。
「何の話だ?」
……心の声は聴こえないけれど、惚けているようには見えない。
「だから、八咫烏が少数って話だよ」
「やたがらす……?」
ふいに、ねこ達が運動会を始める。
頭や肩、伸ばした腕で、激しく走り回るねこ達。
鼻や目玉を踏み付けられながら
「知らん、な」
心底、幸せそうだった。
何なのよ……
一体もう、何なのよ!
解からない事ばかりだ。
八咫烏
月影
そして、漆黒の言葉
けれど
そんな胸のもやもやは
じゃれ合うねこ達の姿が
掻き消していく。
踏まれ
噛まれ
引っ掻かれ
血を流しながら
それでも、ねこが落ちないように支えている。
どうしようもないくらい、はしゃぎまわっているねこ達。
……このまま
このまま、もう少しだけ、眺めていたい。
「かかれぇぇ!!」
そんな、ささやかな願いさえ
この世界は
許してくれなかった。




