第24話 漆黒の男 後編
「邪魔だ」
一斉に飛び立つ鴉。
見上げた空は、黒く染まっていた。
ぞわり、と
全身に鳥肌が立つと同時
身体に何かが巻き付き
「っ、ぁ……!?」
地面を擦るように、身体が引っ張られていく。
上から、怒鳴り声
「何だてめぇ、どっから湧いて出やがった!?」
「おい、そいつを置いてけ!」
漆黒が一歩進むたび
輪が、下がっていく。
その顔は、どれも引きつっていた。
「止まれ」
包帯の声
けれど
私は引き摺られ続ける。
「……っ」
包帯が、殺気立っていく。
「あいつを消せ!!」
武器を握りしめたまま
男達は石像のように立ち尽くし、動かない。
チェーンソーの唸りが、虚しく響き渡る。
包帯は舌打ち混じりにレッドを見る。
「行け。あいつを止めりゃ、赦してやる」
レッドは、チラリと私を見ると
奥歯を噛み締め
重く瞳を閉じ――
回転刃を振り上げた。
「ッ、らぁああああ!!」
迸る火花を振り下ろし――
あと、少し
刃を落とせば
届くはずの距離で
肩を
小刻みに震わせていた。
包帯が、深く息を吐く。
「聞け!!」
石像のようだった男達の首が動く。
「そのふざけた黒いのを殺した奴を、幹部候補にしてやる」
ざわめく、男達。
「マジかよ」
「幹部……」
「兄貴、一人だけってこたぁ、ないすよね?」
「ああ、全員だ」
釘バットを握る手に、力が籠もる。
鎖が、じゃらりと鳴る。
チェーンソーの唸りが、ひときわ高くなっていく。
「一生、遊んで暮らせる」
「酒も…」
「女も……」
漆黒の前に、3人の男が立ち塞がる。
「てめぇら! よせ!!」
レッドは、顔面を蒼白にしていた。
けれど男達はまるで何かに取り憑かれたかのように
獣じみた咆哮と共に、躍りかかっていく。
「喰らえ!」
「やってやらぁ!!」
「死ねぇッ!」
瞬間
鼻先が触れそうな距離に
男の顔が転がってきた。
「ひっ!」
反射的に、蹴り飛ばす。
けれど
ごとっ
ぼとっ
ぐしゃっ
周囲が次々と
腕
肩
武器を握ったままの手首
人の形をしていたもので埋め尽くされていく。
あまりに
濃すぎる
鉄の匂いに
吐き気が込み上げ
思わず鼻と口を手で塞ぐ。
誰もが
声すら出せず
立ちすくんでいた。
ただ1人――
包帯を除いて
(なんでだ……)
(どうして、ここに居る……!?)
その脳裏には――
白い執事服の男
並べられる、孤児達
部下らしき男が
「上の連中には、必要ありません」
爆ぜる、怒号
銃を持った大人達に取り囲まれる、執事服
飛び交う銃声
返り血一つ付いていない、白い執事服
「これからは、貴方が幹部です。期待していますよ」
倒れる、大人達
―――
(間違いない、あのお方と同じ…八咫烏……)
やた、がらす……?
包帯はその場で血溜まりに両手をつき
額を擦り付ける。
「――っ、た……大変、大変失礼いたしました!!」
喉が裂けそうなほどの大声が路地に反響していく。
「今回の件は全てわたくし目の責任……!
ですが、どうか……どうか部下達だけはご容赦ください……!」
レッドも包帯に倣う。
「てめーらも!」
我に返ったように、次々と膝を折り
額を赤く濡れた地面へ擦り付けていく男達。
老婆の言葉が、脳裏を過ぎる。
――あんた達、消されるよ?
あの人は
一体どこまで……
包帯の必死の思考が、否応なしに流れ込んでくる。
(落ち着け……!)
(話は、通じるハズだ)
(昨夜の件か!? 誰だ、カタギに手ぇ出した馬鹿は!)
(詫びだ……そいつの指で詫びを入れれば……!)
「レッド! 昨日――」
漆黒が、指をさした。
「そのねこは、お前のか?」
瞬間
私含め
全員の思考が止まった。
そこにいたのは、青モヒカン
その中には
震える、茶虎。
そう、いえば
こいつはさっきから、茶虎に反応していた?
手を伸ばしたのは、殺す為ではない?
だと、すれば……
同時だった。
私にとっては最悪の
包帯にとっては最善の
そのシナリオが閃いたのは
「この娘の猫です!」
心臓が、凍り付いた。
「俺達は、この猫を保護する為、止む無く!」
何故、今まで気が付かなかった!?
そう
漆黒は
恐らく、ねこ好き
それも、極度の
AIチップの無い私では、事実を証明出来ない。
逆に奴等は、いくらでも捏造が可能
嫌なトラウマが、蘇る。
「そう、だったか」
漆黒の声が、僅かに緩む。
「待って!」
叫んでいた。
漆黒が、ゆっくり振り返る。
「違うの!私、茶虎とは仲良しで……ね?」
青モヒカンに抱かれた茶虎に、視線を送る。
小さな身体は
びくりと震え
そのまま
腕の奥へ
隠れるように身を引いていく。
頭の中が
真っ白に、染まっていった。
「そのねこの事は任せたぞ」
「はい、この命に代えましても!!」
視界が
闇に染まっていく――
待って…
これで、終わり?
いや、だよ……
嫌われたままなんて
そうだ!
唄!
せめて
唄を
♪ ごめ――
声にした、その時
くしゅっ
弱々しい
くしゃみと呼ぶには、あまりに弱々しい音がして
漆黒の革靴に、べちゃりと何かがへばりついた。
固まる、男達。
けれど
私は
闇に
呑まれていった。
―――
気が付くと
足元には、ゴミのような街が広がっていた。
あまりの高さに、竦む足。
けれどすぐ
それが窓の外だと気付いた、その時
頭に、重みが加わる。
柔らかくて、暖かい。
「え?」
上を見ようと身を捻り
自分でも驚く程甘い声が漏れた。
壁一面の逆五芒星
床に散らばる血の色をしたルーン
天井では、青白い炎がゆらめき――
そんなものはどうでもイイ
魔法陣の中心で
じゃれ合う二匹
血のルーンを
夢中で蹴りまくっているロシアンブルー
古書でバリバリと爪を研ぐ、シャム
黒大理石の机の上
三角形の屋根裏
その梁
出窓
あらゆる場所に
ねこが居る。
100を優に超える、ねこが――
緩んでいく、頬。
「……っ」
何、笑ってるんだ、私は
また
茶虎に怖い想いをさせてしまったというのに……
折角
赦して、くれたというのに……
「ごめんね、茶虎……」
瞼を、閉じる。
「私、最低……だね」
にゃぅ~?
その声に目を開けると
逆さになった
ねこの顔
「―――っっ!!」
重苦しかった気持ちが
一瞬で晴れていく。
その、愛くるしい姿に
手を伸ばし――
信じられない光景に、手が止まった。
漆黒が靴を持ち
その先を、舐めているのだ。
「……何、してるの」
口から漏れた声は
自分でも情けないくらい小さかった。
《赦さんぞ……》
《ニ ン ゲ ン ド モ》
全身の毛が逆立ち、鳥肌が立つ!
漆黒はビリビリに裂かれたコートを翻し
禍々しい骨の扉に手を掛ける。
軋む、扉
その、瞬間
一斉に、降って来るねこ!
漆黒の皮膚が
髪が
顔が
コートが
容赦なく斬り裂かれ、赤く染まっていく。
その宝石のような瞳はあたかも
――メシだけ置いてけ、ごしゅじん
――この小娘は誰にゃ?下僕ぅ
――もっとウリに構え、ごみぃ
と、言っているように、思えた。
「……」
ボタボタと
赤い雫を滴らせ
漆黒はゆっくりと
顔を私に向ける。
思わず、一歩引く。
「すまないが」
その声は、妙に落ち着いていた。
「剥ぎ取ってくれないか?」
「ごめん、無理」
頭の上のねこが
大きなあくびをした気がした。
――数分前
ルナが黒い霧のようなものに包まれ、ナナは身を乗り出した。
「ルナ!?」
それが、一瞬にして霧散
そこにいたはずの姿は、もうどこにもなかった。
「ま……? うそ、でしょ……?」
「おねえちゃん……? おねえちゃん!?」
女の子も、窓に顔をくっつける。
コメント欄が
数秒遅れて、弾ける。
『は?消えた??』
『今の何』
『????』
『誰か説明しろ』
『嵐は去った……』
包帯が、息を吐いた。
「……は、はは……」
ぐしゃりと血に濡れた顔で、口元を吊り上げる。
「たす、かった……」
隣の青モヒカンが、無言で立ち上り、歩き出す。
「待てよ」
包帯の声に、止まる青。
「急いで、病院に」
青はそういうと、包帯が手を差し出した。
「俺が連れて行く」
青は、何か言いたげに唇を動かしたが
けれど結局、茶虎を包帯の手に乗せた。
包帯は受け取ると
ぬるり、と口元を歪めていく。
「お前の、お陰だな」
血で塗れた手で、茶虎の頭を撫でる。
周りのモヒカン達も、張りつめていた糸が切れたように息を吐いていく。
「マジで死ぬかと思った……」
「流石兄貴ぃ!!」
ルナが消えた中で
「よぉーし!今夜は俺の奢りだ! 呑むぞ!!」
「やったぜ!流石兄貴、太っ腹♪」
「イヤッホォー♪」
男達は盛り上がり、包帯が、茶虎を高々と掲げる。
「兄貴、早く連れてかねぇと!そいつ、マジでやべぇですよ!」
黄モヒカンが顔をしかめていた。
「まぁ待て、もう少し余韻に――いっ!?」
歪む包帯
止まる、空気。
フー……
フー……
毛を逆立て
包帯の手に、小さな牙を立てる茶虎。
ひくりと引きつる、包帯の頬。
「あ゛……だ、大丈夫だ。なんてこたぁねえ……」
無理やり笑う声に、男達がほっと息を漏らす。
「兄貴、大丈夫ですか。俺が、代わりに……」
赤モヒカンが、茶虎を掴もうとする。
「ああ……くそ痛ぇ、いい加減、離せよ」
小さな牙に、無理矢理指を突っ込む包帯。
立ち昇る、白い湯気。
「…………」
ナナが、口元に手を当てる。
「え、ちょ……うそ、まさか……」
『臭そう』
『最後の試練か』
『耐えろw』
包帯から、笑みが消えていく。
「大概にしとけよ……」
振り上がっていく拳。
「やだ、誰か止めて!」
「「「兄貴!」」」
赤、青、黄が
慌てて腕を伸ばす――
「このクソ猫!!」
無情にも空を掴み、振り下ろされる拳
茶虎に触れる直前
ピタリ、と
止まった。
「……あ?」
包帯の視線が、ゆっくりと上がっていく。
そこには
血塗れの
漆黒の男がいた。




