第22話 赤い眼光
火の粉と黒煙が、立ち昇り
髪や肉の焼ける臭いが立ち込める中
「暖かいね、月影」
ルナは、誰かと話していた。
「見てよ。みんな、あんなに楽しそうだよ?」
その胸の中には、あの時の
傷だらけのねこのぬいぐるみ。
ナナに、寒気が走った。
炎の中からは、耳を塞ぎたくなるような叫び声
全身を焼かれながら
今、まさに、転げ回っているのだ。
「私、一人でもやれたよ?」
…
「えらいでしょ?」
…
「褒めてよ」
…
「ねぇ……つきかげ……」
…
その姿は、あまりにも幼かった。
「本当に、ルナ、なの……?」
独り、一喜一憂するルナは
さっき唄っていた時よりも
ずっと
恐ろしかった。
「おい」
低い声
そこには
赤、青、黄。
三人のモヒカンが
ルナの前で足を止めていた。
当たり前だ。
阿鼻叫喚の地獄絵図の前で
ぬいぐるみに、話し掛けているのだから。
「……お前、一体何を……?」
赤モヒカンの問いに、ルナは答えない。
と、いうよりは……
青モヒカンが額に、青筋を立てた。
「………っ!!」
詰め寄ろうとした、その時
「ねえ」
止まる、青の足。
ルナは、ぬいぐるみをぎゅっと抱き締め、顔を伏せている。
金縛りにあったかのように、3人は動かない。
「月影がね……起きないの」
顔を上げる、ルナ
「どうすれば……いいの……?」
その瞳から、大粒の涙が零れていた。
同時に震える、3人の肩。
コメントも止まる中
「そこまでだ、唄女」
3人の背後から、男の声。
瞬殺された、包帯男だった。
「うっそ、まだ生きてたん?」
コメント欄も流れ始める。
『しぶと』
『またやられに来たか』
『包帯、逃げてww』
ルナの顔が、ぐにゃりと歪む。
「丁度良かった、お前の――」
言い掛け、何かを見つめたまま
その顔から、みるみる血の気が引いていく。
「……え?」
ナナは眉をひそめた。
何??
胸騒ぎが、ぞわりと背中を駆け上がる。
(ドローン要請!)
AIに命じた。
【購入費用:5万。了承許可を】
(了承!速く行って!)
摩天楼のドローン用発射口から、黒い機体が飛び出し
ナナからは死角となっていた部分を映し出す。
『お、神視点!』
『重課金アイテムぶっぱ乙ww』
『ん?どういう状況?』
包帯は
ねこを抱いていた。
ルナが老婆に手渡した、あの痩せた茶虎のこねこだった。
ナナとルナが、同時に漏らした。
「「……どう、して……」」
ねこが、力ない鳴き声を漏らした。
二人の膝が、同時に折れた。
第22話 赤い眼光
――10分前
レッド達は、倒された包帯男を3人掛かりで運び出していた。
「兄貴! 兄貴、しっかりしてくれ!!」
イエローが包帯を巻き直す。
「くっそ、こんな大怪我で無茶しすぎだ!レッド、今すぐアジトに――」
レッドの口が開きかけた時、白い閃光が走った。
「何だ……?」
一瞬で喧騒が消え
静寂となる。
3人が、顔を見合わせた。
『こちらレッド。今の閃光は何だ?……誰か、応答しろ』
だが、返答はない。イエローも舌打ちした。
「こっちもダメだ!」
「………どうする………?」
ブルーが、じっとレッドを見る。
レッドはイエローに偵察を指示しようとし
昨夜の事件が過ぎった。
(単独は不味い。……兄貴もこのザマ。メンツは丸潰れだが……)
――撤退
そう口に出そうとした、その時
「……じょう、きょうは……?」
3人が一斉に振り返る。
「兄貴!良かった!!」
「………兄貴」
イエローがすかさず駆け寄る。
「もうそれどころじゃねえ、このままじゃ兄貴の身体が持たねぇ!」
「なんてこたねぇ。それより……捕まえたのか?」
「それが………」
「誰とも、連絡がつかねぇ」
包帯の隙間が、ギラリと光った。
「……確認してこい」
「は、はい!」
イエローが駆け出した、そこに――
「おや」
しわがれた声
「まだ、こんなところにいたのかい」
そこに立っていたのは、老婆だった。
イエローの顔が、一瞬で引きつる。
「なっ……どうしてここに……まさか!?」
老婆は肩を竦めた。
「さぁ」
皺だらけの口元が、わずかに歪む。
「その目で確かめるんだね」
「てめぇ!!」
老婆に詰め寄るイエロー。
「おい!」
レッドがイエローを睨み付けた。
イエローは舌打ちし、老婆の脇をすり抜けようとした――その時
赤い閃光が、一瞬だけ路地の壁を染める。
一拍遅れて爆発音がこだまし、空気が震えた。
足を止めるイエロー。
レッドは即座に判断した。
「待て。ブルー、2人で行くぞ」
短く言い捨て、包帯へ向き直る。
「兄貴は、イエローとここで待っていてください。イエロー、後は頼んだぞ!」
イエローの肩を叩き、レッドは駆け出そうとした
だが
「……にゃぁ」
ブルーが老婆の前で、手をねこの手にしていた。
「おい、何やってる!?」
だが、ブルーは老婆の毛布を覗き込んだまま、離れようとしない。
レッドがその肩を掴もうとした、その時
シャッ
「……っ!」
ブルーの額から頬にかけ、3本の赤い線が滲んできた。
毛布の中に、小さな爪が引っ込む。
「おい、大丈夫か……?」
ブルーはレッドの言葉を無視
「………風邪………」
とだけ呟いた。
「確かに、震えてるな」
反対から覗き込んだイエローが同調した。
「病院へ連れて行く」
ブルーが、珍しく活舌良く言った。
レッドが、ブルーの肩に手を置いた。
「……頼んだ」
イエローは、包帯と毛布を見比べ
「ちっ……任せたぞ!」
悔しそうに言った。
(解る。俺もだ)
ブルーは、毛布の中へ手を差し伸べた。
「おいで」
老婆は、静かに言った。
「お前が決めな」
茶虎は、ブルーの手に付いた血に鼻先を寄せ
ぺろり、と舐めた。
老婆の目が、わずかに細くなる。
「いいだろう。お前達に託すよ」
毛布ごと、ブルーへ差し出した、その時
ドゴォォォンッ!!
地面が揺れる程の大爆発。
煤がぱらぱらと落ちる。
「なっ!?」
驚いた茶虎が、毛布から飛び出していた。
「待て!」
レッドがそれを拾いあげようと小さな影を追う。
「……こりゃいい」
いつの間にか立ち上がっていた包帯が、その首根っこを掴んだ。
「兄貴!?」
ブルーが額に青筋を立てるも
包帯はそれを気に留めず、爆発のあった場所を睨み付ける。
「行くぞ」
震えながら詰め寄るブルーに、レッドは脳内通信を送った。
(よせ!……行くぞ)
(だが!)
(とっとと片付けるぞ…それからだ)
(そんときゃ、3人で行こうぜ)
3人は、頷き
爆発のあった方へと
駆け出した。
――現在
私は
目の前の現実を、受け入れられずにいた。
老婆に託したはずの小さな命
それが今、あろうことか
「どう、して……?」
吊り上がっていく、包帯の口元。
「あのババァが、自分から差し出して来たのさ。
見ものだったぜ、命乞いして、なあ?」
わざとらしく肩を揺らす。
「……そう、ですね」
レッドが、目を泳がせた。
嘘だ。
絶対に信じない。
あの人が、そんな事するはず訳がない。
けれど
本当……?
いや、こいつは嘘が上手い。
騙されるな。
レッド
こいつなら――
(嘘じゃねえが……それどころじゃねえ)
嘘じゃ、ない……?
そんな、そんなハズない!
どういうこと?
整理しようにも、最悪のシナリオが否応なしに暴れ
頭の中が、ぐちゃぐちゃにかき回されていく。
「んなこた解ってんだよ!ブルー、イエロー、ここはいい、あいつらを!」
レッドが、怒鳴っている。
「ああ!」
「……任せろ」
離れて行く青と黄が、どこか遠いお話の出来事に思えた。
「こいつを助けたけりゃ……解かってる、よな?」
けれど
包帯の歪んだ口元とぶら下げられた茶虎が
私に現実を突き付ける。
「兄貴、こんな事してる場合じゃねえ、俺達も早く助けにいかねえと!」
「黙れ! これだけ兵隊使って、このザマで終われる訳ねえだろ!!」
茶虎がびくりと震え
か細い鳴き声を漏らす。
「やめて!」
足が、いや、全身が、震えている。
「お願い……その子を、放して……」
包帯は、しばらくこっちをじっと見ていた。
「ギャハハハハ!!最っ高だ、最っっ高の気分だ!!」
茶虎を掴んだまま、天を仰ぐ包帯。
――今
身体が、勝手に弾け
包帯の鼻っ柱に、拳を振り上げ
「おっと」
放った直後、目の前に茶虎!
咄嗟に拳を止め――
「ぐっ!?」
腹に、強烈な衝撃
込み上げる胃液
「そう来ると思ったぜヴァカが!」
包帯が拳を振り上げていた。
視界が激しく回転し
背骨が何度も叩き付けられる。
息が
吐けるのに、吸えない。
けれど、どうでも良かった。
「その、子に……手を出せば、殺すわよ?」
腹を押さえたまま、這いずり、睨みつける。
包帯から、笑みが消えていく。
「おもしれぇ……やれるもんなら――」
どうする……、何か、手は?
そう
考えれば考える程
どうして、おばあちゃん……
まさか――
「おら!さっさと両手を上げろ!!」
その先を想い留めるのが
やっとだった。
もう
これしか……
「わかっ、た。私の、負け、です……その代わり」
立ち上がり、左腕を、ゆっくりと上げていく。
「約束、して……その子には、手を、出さないって」
包帯が、醜く歪んでいく。
「……良いだろう」
こいつは、嘘が上手い。
「レッド、そいつを縛れ」
もし
私が、死んでも
レッド
この、男なら
茶虎は、きっと――
「いっつ!」
突然跳ね上がる、包帯の手
え?
聞こえる、微かな荒い、息遣い。
フー…! フー…!
その手元には
身を翻し、小さな牙で懸命に噛み付く
茶虎の姿
「こんの……クソねこ!!」
地に叩き付けようとする、包帯!
――させるか
瞬間
腹に激しい痛みが走り
「死んどけ!!」
――間に、合わない!
「茶虎っ!!」
「……あ?」
振り上がった包帯の手は
赤い眼光に、掴まれていた。
包帯の手首から滴り落ちる赤い音だけが
冷たい時を刻む。
「てめぇ……」
低い、ドス黒い声で
「こりゃあ一体……」
包帯の血走った目が、ゆっくりと
レッドに、逸れていく。
「何のマネだ?」
「兄貴……あの、こいつを殺すと、兄貴が――」
「ああ!?」
瞬間
私は地を蹴っていた。
包帯が、私を睨む。
「てめっ、こいつがどうなっても!?っておい!いつまで掴んでやがる!?さっさと――」
骨の、砕ける音と感触。
「ぐぎゃあああああっ!!」
私の手刀が、包帯の手首にめり込んでいた。
宙を舞う小さな体を、包み込む。
「ごめんね。もう、大丈夫だよ」
胸に抱いた、その瞬間
景色が、滲んでいく―――
ぼろぼろのアパート
笑顔の、少女
ある時を境に
布団に入り、すすり泣く少女。
その声に、耳を塞ぐ幼い少年。
季節が巡り
廃人のようになる女性。
そこに
か細い鳴き声
クリーム色のこねこ
柔らかな毛を擦り付け
ほんの少しだけ
綻ぶ
女性の口元。
「ありがとう」
私が言ったのか。
少年が言ったのか。
境界が溶け、わからなくなった。
―――
「追え!逃がしたら、ぶっ殺す!!」
我に返ると、手首の曲がった包帯が叫んでいた。
赤い眼光と、目が合う。
――とっとと行け!
そう、言っているようで
「ありがとう」
綻ぶ、口元。
胸の中に茶虎を入れると
月影に寄り添うように丸くなる。
「いたぞ!」
「絶対逃がさねえ!」
「囲め囲め!」
背後から迫る、いくつもの靴音。
駆け出そうとして
腹に痛みが、ずきりと走る。
それなのに
胸が、じんわりと暖かい。
膨らんだぬくもりを一撫でし
地を蹴った。
――直後
ドスッ
何かに、まともにぶつかっていた。
黒い、影?
宙に弾かれ、そう思った時には
背を、地面に打ち付けていた。
視界いっぱいに広がる
鉛色の空
やけに
鴉が、騒がしかった。




