第21話 狂気の歌姫
「おばあ、ちゃん……」
白く焼けた残光の中で
赤いストールだけが揺れていた。
後ろから「ごぼっ」と
潰れたような咳
振り向くと
倒れていたゴミのアゴが、僅かに動いている。
死んで、ない?
曖昧で
言葉として掴むには
遠すぎるけれど
【――しゅう……ぐらむ】
【――再起……さん、ぷん……】
ゆっくりと、空気を吐き出す。
逃げても
追ってくる、よね?
折角友達になれたナナも
あの女の子もおかあさんも
あのおばあちゃんだって
巻き込む、よね?
「よかった」
あの時、おばあちゃんに茶虎に私を見せないようにお願いしたけれど
これでもう
絶対
見せなくて
済むよね。
こんな
汚い
私を
…よせ、ルナ
え?
月影を持ち上げる。
その瞳は
閉じた、ままだった。
どう、して……?
月影、一体、どう、しちゃったの……?
――もう、戻れない
そんな訳、ない、よね?
でも
おばあちゃんも、言ってた。
結局、どうすれば目を覚ますのかは、解らないって
もし
ここを抜けて
また逢いに行ったとしても……
月影は…、もう……
――お前なら、出来る
……そう、だよね
私が、やらないと、だよね?
「うん。見てて、月影」
…
「私が絶対、救ってあげる」
…
「良い事、思い付いたんだよ?」
…
「大丈夫、一人でもちゃんと出来るよ」
…
「どうして?どうしてそんな事言うの?」
…
「ああ…そっか…それもそう、だね」
…
「うん、わかった」
…
「アハハ、何それ」
…
「いいよ。それじゃ、始めよっか」
…
第21話 狂気の歌姫
――数分前
ナナは配信している事も
自分の呼吸すらも忘れていた。
殴る、とか
蹴る、とか
そんな言葉で片付けていい動きではなかった。
危ない!!
そう思った次の瞬間には、相手が倒れていた。
「……ルナ……?」
暴力なのに
どこか舞っているように映った。
コメント欄も荒れていた。
『今の何!?』
『膝入ったの見えなかったんだが』
『いや脳無しの動きじゃねえだろ』
『ジャンプ高すぎて草』
『仕込みじゃね?』
そして
突然の閃光
画面が真っ白に潰れ
ナナは思わず目を覆った。
数拍遅れて
恐る恐る視線を戻す。
そこに映っていた光景に
コメント欄は更に荒れた。
『今の、マジで何!?』
『【速報】ギャッハー団、謎の失神』
『マジレスするとEMPじゃね?』
『いや、配信も死ぬはずだろ』
『開発段階で仕込まれてた、バックドアの逆用』
『科学的に無理ww』
ナナには、未知の技術だという事しか解らなかったが
それでも
これなら逃げられる。
そう、止まっていた息を吐き出した時だった。
「え?」
眉をひそめた。
「……誰と、喋ってるの?」
ようやく、ルナは野外ステージの階段を登り始め
ナナは再び安堵しかけたが
それを見て
自分の目と耳を疑った。
コメント欄もざわつき始める。
『待って、何してんの?』
『唄ってる?』
『血塗れの歌姫キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』
『いや、意味解らんのだが』
『怖……』
♪
真っ赤な薔薇を
咲かせましょ
とっても綺麗に
裂かせましょ
♪
血に汚れた
赤いストールを揺らしながら
倒れたバイクに駆け寄っては
しゃがみ
立ち上がり
また駆け出す。
『解せぬ』
『なんか、モヒカン動いてね?』
『カメラもっと寄せろし!』
『もしや……』
何をしているのかは解らない。
でも
ナナの目には
それが
踊っているように見えた。
それなのに
ぞくりと
背筋が冷えた。
やがて
地面に転がっていた男の肩が
ぴくりと動いた。
「……っ!」
一人
また一人
モヒカン達が
頭を振りながら起き始める。
「くっそ、頭いってぇ……」
「ダメだ、AIもイカれてやがる」
「おい、何か匂わねぇか?」
「つか、なんだ、唄?」
『生き返った、だと!?』
『だから逃げろとあれ程』
モヒカンAが
古びた煉瓦造りの建物を指さした。
「あそこだ!」
どうやって登ったのか、高さ10メートル以上はある。
そこで、ルナは唄っていた。
「舐めてんのか?」
「降りて来やがれ、唄女!」
♪
嘘はガソリン
悲鳴は目覚まし
♪
「ヤロウ、引きずり降ろしてやる!」
モヒカンAが
吠えながらバイクに跨る。
「待て!」
誰かが叫んだ。
だが
「ギャッハー! 行くぜ!!」
セルに食い込む親指。
キュルッ
金属の擦れる
乾いた始動音
車体の下で
青白い火花が弾けた。
それは、針の先みたいな光だった。
それに
ポッと、青白い火が
付いた。
「あ?」
間の抜けた声
一拍遅れで
ゴウッ!!
炎が、一気に噴き上がった。
「アヅッ、アヅ、アヅアヅアヅッ!!?」
のけ反り、転げ回る。
一瞬でモヒカンが縮れ
焦げ臭さそうな煙が立つ。
「言わんこっちゃねえ!!」
「はあ!?何なんだよ!?」
「くっそ!脱げ! 脱げ!!」
取り囲んでいたモヒカン達が
慌てて革ジャンを脱ぎ、向かっていく。
「行くな!!」
また別の誰かが叫んだ。
だが
「じっとしてろ!」
「暴れんな、余計燃える!」
既に、モヒカンBとCが
火だるまとなったAをバシバシと叩いていた。
「熱い! 速く、速く消してくれええ!!」
Aが縋るように
Bの足を掴み――
ブーツが、火を吹いた。
「うわっ、うわああっ!?」
取り乱し、踏み付け、振り回す。
だが
火は
スネへ
モモへと這い上がっていく。
「お、おい、助けてくれ!!」
Bが半泣きの声で叫んだ。
「くそっ!」
Cは、後ずさりし……
踵を返した。
Bはその背に何かを叫んだ。
「はぁはぁっくそっ!」
Cは
ふと
足元を見た。
足は
燃えていた。
「うそだろ、おい!おいおいおい!!」
片足を振り回す。
だが
火は
じわじわと
這い上がる。
「うわっ、うわあああっ!!」
Cは半狂乱になって駆け出し――
「ぐあっ」
足元には
転がったバイク
そこに
青い火が
零れ落ち
「ぎゃあああっ!!」
一瞬にしてバイクは炎に包まれ
「た、助け――」
火だるまになったCの伸びた手が
地に落ちた。
下半身が炎に包まれたBも
半狂乱で駆け出し
その進路上には
別のバイク
モヒカンDが叫んだ。
「やめろ、止まれ!!」
だが、Bは止まらない。
Dは舌打ちし
鎖を振り回し
Bの脳天に
直撃させた。
「……てめ……なか、ま、を……」
それだけ言い残し
Bは
火に焼かれたまま
ぴくりとも動かなくなった。
Aは
地面を掻きむしりながら
喉を裂くような悲鳴を上げ続けている。
それも
だんだんと
弱くなり
♪
焼けたお花が
揺れるほど
眠たい月も
目を覚ます
♪
響き渡る、ルナの歌声。
「ガソリンだ!」
「気を付けろ、そこらじゅう撒かれてる!!」
「くっそ、どうすりゃいいんだ!?」
立往生するモヒカン達に
声が、降ってきた。
「ねえ」
あまりにも
穏やかな声だった。
「もう、終わりにしない?」
見上げたモヒカン達が
凍りつく。
「二度と追って来ないって誓えば、見逃してあげるよ?」
その手に持つ瓶からは
青い炎
その足元にも
何本も、ロウソクのように揺らめいていた。
「ほんとか……?」
「もちろん、だよ」
ルナは、ふわりと笑う。
「嘘じゃないなら、ね」
揺れる炎に照らされるその微笑みは
幼くも、恐ろしかった。
「ああ、もう、追ったりしねえ!」
「誓うぜ!」
「だから、その瓶を――」
ルナは
少しだけ目を伏せた。
「うん……わかった」
そのまま屋根から
飛び降りた。
「えっ」
ナナは
思わず身を乗り出した。
着地したルナは
何事もなかったみたいに
背を向けて歩き出す。
モヒカン達の口元が
ゆっくりと吊り上がっていく。
「……バカがw」
「殺るぞ!」
一斉に
ルナへと向かっていくモヒカン達
「ルナ、逃げて!!」
ルナは
柔らかな目を向けた。
「大丈夫だよ、ナナ」
そしてルナは
唄い始めた。
穏やかに。
ナナの全身に、鳥肌が立った。
♪
ゆびきりしましょ
火のゆびきり
嘘つきさんには
ほどけない
♪
火炎瓶を振りかざすルナ。
「馬鹿が、届くかよw」
笑う、モヒカン達。
瓶が描いた軌跡は、モヒカン達には程遠い場所へと落ちた。
ガラスビンの割れる、乾いた音
弱々しい火が、咲いた。
「ハッ、どこ狙ってやがるw」
だが
一人のモヒカンが、血相を変えた。
「下がれ!!」
悲鳴みたいな声で指を差す。
青い火が
蛇のように
うねりながら
男達の足元へ
伸びていく。
「あ……?」
誰かの喉が
間抜けに鳴る。
♪ 嘘はガソリン ♪
モヒカン達を取り囲むように
炎が噴き上がった。
「アッツ!!」
「囲まれて――」
「ふざけんなァ!!」
「い、息が……」
何人かのモヒカンが、走り出す。
「突っ切るぞ!」
「煙の薄いとこだ!」
「おう!」
黒煙を裂き
炎を飛び越え――
「アアアアアッ!!」
♪ 悲鳴は目覚まし ♪
靴底が火を吹き、激しく地団駄を踏む。
「アツ!足っ!!
足がァァァ!!」
別の油に引火したのか
一瞬で火だるまと化した。
「やめろ!走るな!」
「け、 消してくれぇぇ!!」
♪
泣いて叫んで
いい子だね
♪
「うぎゃあああ!!」
♪
あなたの声が
聞きたいの
♪
「あ、あ、あ――」
♪
魂の叫びが
聞きたいの
♪
「ぎ、ぎゃ……っ」
ルナは
燃え上がる地獄を背に
赤いストールを揺らしていた。
傷だらけの
ねこのぬいぐるみを抱き
その顔は
我が子をあやしているかのように
穏やかだった。
♪
とってもとっても
綺麗だね
♪
『サイコパスかよ』
『狂ってる』
『鳥肌なんだが』
ナナは口元を抑え
ぽつりと呟いた。
「狂気の、歌姫……」
♪
貴方の声が
聴きたいの
♪
ネットのコメントが
一気に爆ぜた。




