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第20話 別れ

群衆の足音が、完全に遠ざかり

私と老婆は100を超える獣じみた荒い呼吸に

取り囲まれていた。


「おばあさん……お願いが、あります」


「なんだい?」


その耳元に口を近付けると


おばあさんの皺だらけの目が

少しだけ、細くなった。




第20話 別れ




「傷が、疼きやがる……」


包帯男が、両手で顔面を押さえ

指の隙間から、血走った目で私を睨む。


「再生治療でも……もう、戻らねぇんだとよ」


再生治療。億単位の金が必要だったはず。


「テメェが滅茶苦茶にしてくれた、この顔はなぁ」


あら、と

頬に手を添え、小さく首を傾ける。


「その方が、ずっといい男よ?」


汚らわしい顔を、目に映さなくて済むのだから。


モヒカン達の下卑た声が、消えていく。


「……おもしれぇ」


じり、と

一歩近付いてくる包帯。


「テメェも同じにしてやる。その目も鼻も喉も…二度と唄えると思うなよ」


少しだけ噴き出した。


「そんな顔で、凄まれてもね……」


包帯の頭が

ぴくりと震える。


「怖く、ないの」


周囲が

心地の良い静けさで満ちていく。


「……いいぜ……泣いて縋りゃ、慰め物で勘弁してやろうかと思ったが――」



バギッ



私の膝はその口に、めり込んでいた。


「黙って死ね、悪魔」


宙に舞う

汚い血と

金歯


新品なのか、真新しく光っている。


「……あ、ぐ、ふ……っ!?」


包帯の身体はそのまま後ろに倒れ、口を押さえ痙攣する。



「あ、兄貴ィ!?」

「て、てめぇぇぇ!!」


汚らわしいツバを私に飛ばし

顔を真っ赤にしたゴミ共が、狂ったように、向かって来る。


鉄パイプ

釘バッド

錆びた鎖


――許さねぇ

――袋叩きだ

――囲め

――生け捕りだ


うるさい


振り下ろされた釘バットが

私の鼻先数ミリを掠める。


コンクリートが砕かれた。


「おし、かったね」


その無防備なアゴに


拳を突き上げ


顎の砕ける


心地のいい音と共に膝を付くゴミ。


「てめっ!!」


横から湧くゴミ


あれ、ゴミに、失礼かな?


なんて、呼んだらいいんだろ……


思い浮かばないまま


目の前で、白目を剥いたゴミを踏み台に

高く舞う。


「あ?」

「なっ――」


足を振り上げ

そのまま体を捻る。


トサカとトサカがぶつかり

心地の良い音が響く。


手から離れる“獲物”


「死ねッ!!」


舞い降りた棒を掴み


一閃


鉄パイプが落ち、乾いた音が響く。


(背中がガラ空きだ!)


回し蹴り


飛び散る血


まぁ

ゴミでいっか……


考えるのを止め


流れ込んでくる思考に

ただ身体を、反射させ続けた。


怒号が悲鳴に変わり

悲鳴が呻きに変わっていく。


それでも

何も


思わなかった。


ただ

静かに


倒れたゴミに鉄の棒を振り上げ


「て、てめ……なに、笑って――」


振り下ろす。


笑ってなんて、いないよ?


だって、別に、楽しくないもん。



「てめーら、下がれぇぇ!!」



私を挟む、金と銀のモヒカン


火花を散らす、二つのチェーンソー。


「てめぇ……昨夜はよくもやってくれたな……」

「お陰で、こっちはいい笑いもんだ!」



流れ込んでくるネットの声が

勝手に答えを運んできた。


『何だ、あいつらは?』

『コレだろ』


警官隊に縋り付く、金と銀


――ねこだ、ねこが居たんだ、信じてくれよ!

――違う、女だ!女がねこだったんだ!ねこむすめが、何もかも…うぁぁぁ!


『うっはw笑えるww』

『だろw』



昨日の、キジトラ


――いけ。吾輩が食い止める


そっか、貴方達が……


「ありがと」


緩む、口元。


「……は?」

「嫌味か!?」


金と銀のこめかみが引き吊っていた。


二つの刃から

勢いよく噴き出す白煙


『ぶった斬る!!』


(気を付けろ、何をするか解らんぞ)

(ああ、このまま挟み討ちだ)

(いいぜ、俺は正面からだ)

(油断すんなよ!)


金と銀と、そして私が同時に地を蹴る。


「それ、痛そう、だね」


「てめっ」


銀が、反射的にチェーンソーを振り上げる。



落ちていた鎖を、銀に向かい蹴り上げる。


ギャギャギャッ――


鎖が刃に巻き付く。

それを思いきり引っ張る。


「このっ!」


けれど、しっかりとチェーンソーを握られてしまう。


残念、失敗


(今だ、ヤレ!)

(任せろ!!)


金が後ろから、チェーンソーを振り下ろす。


――今


身体を捻り、半回転。


握っていた鎖に、回転刃が食い込み、目の前で綺麗な火花が散っては消える。


瞬時に切断される鎖


それが、鞭のように暴れ――


後ろから、骨の砕ける、軽快な音。


「うぎゃあああ!!」


頭を押さえ、のたうち回る銀。


転がったチェーンソーが、元気よく暴れ回る。


「す、すまねえ!」


「おい、誰か、あれ拾え!速く!!」


別のゴミの声に


一瞬、金の注意が逸れる。


「これ、貰うね」


「あ?」


金がこちらを見たと同時に


私は


釘バッドを振り下ろし――


骨の砕ける感触が、バット越しに伝わってきた。


「ぐぎゃっ!!」


それを放し


金の手から落ちたのを、空中で掴む。


「ちょっと、痛い、かも?」


そのまま上へと持ち上げ――


今度は、刃が骨を削る振動が伝わってくる。



「うがあああああ!!」



腕から噴き出す赤が


私の頬や身体を染めていく。


熱くて

鉄臭い。


「く、くそ!金!! ちっくしょう!!」


転がる銀が、元気一杯に暴れ回る回転刃に手を伸ばし――


手首から真っ赤な血が、吹き出し甲高い悲鳴を上げた。


「ごめん、ね」


私は、そのチェーンソーを素足で踏み付け


転げ回る銀を見た。


「痛そう、だね。楽に、してあげようか?」


銀に元気一杯に火花を散らす回転刃を近付けていると


「う、動くんじゃねえ!!」


目だけを動かすと

ゴミがおばあちゃんの喉元に


ナイフの切っ先を突き付けている。


けれど

おばあちゃんは眉ひとつ動かさず


「やれやれ」


しわがれた声を、静かに吐き出した。


「とんでもない小娘だね。……とはいえこんな老いぼれを盾にしないととは 恥ずかしくないのかい?」


ふと、疑問に思った。


この人の心の声って……聞こえない、よね

どう、して……?


「ほざけ!言っとくがな、てめぇら脳無しは市民じゃねぇ、対象外なんだよ!」


喉元の刃が

食い込んでいく。


「俺は本気だ。イカレ女、じっとしてねぇと…このババァが赤く染まるぞ」


「うん。じっとしてるから、もう、やめよ? ね?」


静かになる、チェーンソー。

おやすみ、ありがとね。


「へ、へっ! いいぞ、そのまま大人しくしてろ。誰か、あいつを縛れ!

腕の一本や二本はかまいやしねぇ!」


血塗れの銀が

私の踏んでいるチェーンソーを掴む。


「くっそが……てめぇも、俺と、ゴールドと同じ目に遭わせてやるよ!」

「オラ!さっさとそいつを捨てろ!!」


――信じるよ、おばあちゃん。


チェーンソーに、お別れをする。


ガランと

重たい音が鳴る。


「覚悟しろ……」


チェーンソーを手に、起き上がる銀


火花を散らす


回転刃が


ゆっくりと


近付いて来る。


「楽に死ねると……思うなよ!!」


刃が、私の右目数ミリ先で唸る。


眩しいなぁ。


(目を閉じな)


頭に直接、声


え?


気付けば、大きく後ろに飛んでいた。


胸元に押し込んでいる月影を見る。


「てめっ!?何勝手に動いてやがる!!」


「つき、かげ……?」


取り出し、かざしてみる。


その瞳は


閉ざされた、ままだった。


「は、はぁ……?」

「ナニやってんだ、こんな時に……?」

「ちっ、やっぱイカレてんな!」


「ねぇ、返事、してよ……」


月影は、答えてくれない。


強く、抱き締めた。


瞳を閉じた。


「そのまま、動くんじゃねえぞ!!」


瞬間


眩しく、光った。


しばらくして


響く、金属の落ちる音


人が

崩れ落ちるような気配。


瞼を開くと――


白い残光が、世界を隠していた。


月影、これ何……?


無意識に

問いかけていた。


けれど返ってきたのは

別の声だった。


(やれやれ、お前さん、一体どんな星の元に生まれたんだかね)


(おばあちゃん!?)


抑えきれなかった。


(貴方は、一体!?)


羽織った赤いストールが

白く焼けた世界の中で

やけに鮮やかにはためく。


(いいかい、そのストールはあたしのお気に入りなんだ)


皺だらけの横顔が

少しだけ笑った気がした。


(必ず、返しにおいで)


「待って!」


ぼやけた輪郭が

白く染まった世界が


ゆっくりと

元に戻っていく。



そこには



ゴミ共が、一人残らず白目を剥き


泡を吹いて、倒れていた。


けれど


厳しくも優しいあの眼差しは



どこにも、なかった。

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