第9話 ほんの少しの勇気
―――数分前 イエローとレッドの脳内通信
(レッド、レッド!応答しろ、レッド!)
(どうした、まさか兄貴が?)
(いや、目は覚めたんだが……いいからすぐに来てくれ!)
―――
「兄貴……っ、よかった、無事で……本当に!」
レッドは、顔面を包帯でぐるぐる巻きにされた男の手を、両手で強く握った。
「待っててくれ。すぐだ。すぐに仇を討つ!だから――」
血泡に濡れた唇が、かすかに震えた。
「…兄貴?」
レッドはその口へ、耳を寄せた。
……っ
……ちが、う……
「……違う?」
レッドが眉をひそめた、その直後だった。
「ぶほっ!!」
どす黒い血が、包帯の口から噴き出した。
「兄貴!!」
レッドは包帯の腕を、肩に回した。
「もう喋るな!イエロー、手ぇ貸せ!今すぐ運ぶぞ!」
「お、おう!」
二人が包帯を運ぼうとした、その時
包帯が、レッドの腕を振り払った。
「……兄貴?」
包帯の隙間から血走った目を、レッドに向けていた。
み、ろ……
あい、つ、だ……
震える指を、一点に向けた。
「……あいつが、どうしたってんだ?」
包帯の奥で、唇がもう一度だけ動く。
……つ、かま……え……
「……は?」
レッドはその口に、再び耳を宛て
喉が、ひくりと鳴った。
「じょ、冗談だよな……兄貴……」
第9話 ほんの少しの想い
奴等は目の色を変え
私を見た。
「ギャッハー!あいつぁ俺の“獲物”だぁぁ!!」
(…逃げるぞ、ルナ)
う、うん!
メガホンを捨て、地を蹴る。
「追え、絶対逃がすな!」
「たりめぇだ、振り落とされんなよ!」
茶虎を拾い上げ、胸元に押し込み
その先に転がっていた鉄パイプを引っ掴み、駆け抜ける。
背中から、迫る爆音
「このまま轢き殺せ!殺すんじゃねえぞ!!」
「任せろ!」
一瞬でも遅れれば、終わる
「喰らえっ」
「ギャッハー!!」
今
真横へ地を蹴り――
すぐ左脇を熱い排気と風圧が通り過ぎた。
「はぁ!?」
「背中に目でもあんのか!?」
勢い殺さず立ち上がろうとして――
まともに走って逃げ切れる訳もない。
ならば
「つっ!」
ゴロゴロと転がり、足を引き摺った。
「見ろ、チャンスだ!」
「そのまま行け!今度こそ捕まえる!」
「ギャハ、しくじんなよ!」
狙い通り、油断し迫る爆音
車体から身を横に倒したモヒカンが
片腕を伸ばしてくる。
あの手を躱して
剥き出しの後輪に叩き込む。
鉄パイプを、握りしめた。
「貰ったぁ!!」
今
全身のバネで、地を蹴り――
凍り付いた。
足元に、転がる
ヘルメット。
気付いた。
気付いた、けど
もう
足は止まらなかった。
硬い丸みに
足裏が乗った瞬間
上下が反転し――
世界が、引き延ばされた。
迫る、派手な紫の車体。
避けられない。
二人のにやついた口元。
勝ち誇った目。
その毒々しい紫の目。
そこに映る
血に塗れた私
その
口が
動いた。
――男は全て、隷属化させないとね
――じゃないと……
全身に、”衝動”が突き抜けた。
「そう、だね」
空中で無理やり膝を抱え込み
ゴミの手が、宙を掴む。
更に、身を捻り
「死ね、悪魔」
遠ざかる、後輪に
ガギャッ!!
耳を裂くような金属音
車体後方が、あり得ない角度で跳ね上がる。
『は?』
逆さとなったゴミ二人が
宙へ放り出され――
骨の砕ける
軽い音
遅れて
跳ね上がったバイクが
地面に落ち
重い金属音
暗い路上に
火花が散った。
「おいおい、自爆かぁ?」
「ダッセェww」
「抜け駆けすっからだww」
気付けば
四方を囲むように
下卑た顔
空気を震わす、エンジン音
胸の中の茶虎が、怯えたように丸くなる。
……大丈夫、だよ。
大丈夫。
今なら、汚い私を
見なくて済む、からね……。
「ギャハハハ! 終わりだなぁ、歌姫さんよぉ!」
終わり?
そう、だね。
――終わらせてあげる
落ちていたバールを、手に取った。
「上等だ、轢き殺してやるぜ!」
「ギャッハー!」
一斉に弾ける爆音
私は
最初の獲物を、決め――
『待て!!』
ゴミ共の脳内に、声が響いた。
「その手には乗らねえ、誰が待つか!」
「恨むなよ、速いもん勝ちだかんなw」
けれど
爆音が、止んだ。
「は…?」
「これ、本当にあんなガキがやったってのか?」
「いやまさか……」
ゴミ共の視界には”さっきの私”が映されていた。
「見ろ、現に後輪にぶっ刺さってる。あれが偶然な訳がねえ」
「っ…!マジかよ」
ゴミ共の目付きが、変わっていく。
「まさか兄貴をやったのは、本当にあのガキ……?」
嘲笑が、凍りついたような戦慄に変わり
油断が、消え失せていく。
「全員で囲むぞ!いいな!!」
『ギャッハー!!』
一体となった殺気が
じりじりと狭まってくる。
油断は、もうない。
最初の一人を殺れたとしても
いずれ
私は、終わる。
……それは、いい。
私が死ぬのは
別に、いい。
月影は、まず大丈夫。
問題は
胸の中の、小さな命
この子には、何の罪もない。
この子だけは
何が、あっても――
(…あそこへ向かえ)
肩の月影が、前足で示した先
”人”は到底入れない、廃墟と廃墟の隙間
足はもう、動いていた。
「自分から来やがった!」
「イイ度胸だ!」
立ち塞がる
視界を埋め尽くすヘッドライト
飛び越えるのは、厳しい。
なら――
迫る爆音が、脳髄を突き刺す。
前輪が、膝に触れる。
その寸前
膝を深く曲げ、渾身のバネで、宙へ舞った。
「飛び越える気だぞ!」
「任せろ!」
跳躍の頂点
「叩き落とす!!」
私へ向け、鉄パイプを横薙ぎに振り抜くゴミ。
甘い
手にしたバールを振り上げ――
鉄と鉄がぶつかる甲高い金属音
飛び散る火花
クルクルと吹き飛んでいく、鉄の棒
「んなっ!?」
無防備に晒されたゴミの顔を、容赦なく踏み付け
曲がった膝を
思いきり、伸ばした。
ボキッ、と。
骨の折れる心地の良い感触が、素足に伝わる。
視界の下に
見上げるもう一つの間抜けヅラ
その背後へ
勢いそのままに着地し
転がるように
地を蹴った。
肺から、息が抜ける。
けれど
路地の入口は
もう、目の前。
「なんだありゃ!?」
「油断すんな、やっぱただもんじゃねえぞ!」
「路地に入る気だ!」
「絶対逃がすな!塞げ塞げ塞げぇ!!」
左右から眩しいヘッドライト
「茶虎っ!」
狭い路地の前、膝を付き、胸元を広げ――
私は、固まった。
「茶虎、出て!」
茶虎は
動かなかった。
「バカが!!」
「そんなとこ、通れるかよ!」
「轢き殺せ!!」
「茶虎っお願い!!」
開けた胸元を狭い路地に突き入れるも、中の重みは微動だにしない。
もう
掴んで、投げ入れるしか……
嫌われたとしても……
その時は、きっと、私は、もう……
「ごめん!」
胸に手を入れた、その時
(良いんだな!?)
(構わん、そのまま突っ込め!)
(始末書じゃ済まねえなあ!!)
――賭けよう!
咄嗟に、茶虎を抱え、亀のように丸まった。
「終わりだ、唄女!」
「ギャッハー!!」
…殺到するモヒカンの一人が、ルナに釘バットを振り上げた。
直後
…俺の視界を、並んだ白と黒の塊が、猛スピードで突き抜けていく。
それは、我が子を護る猪のようだった。
激しい金属の衝撃を物ともせず
怒りの火花を散らし
木っ端微塵にされた木の柵のように、弾け飛んでいくバイク達。
((警察舐めんな!!))
…その想いは
魂の
怒りの叫びだった。
それは
世界を変えるには
あまりに小さな咆哮だった。
だが
確かに
…そのほんの少しの想いが、ルナを救った。
お読みいただきありがとうございます。
今後もルナ達を見守っていただければ幸いです。
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はやく世界征服、させてあげたいにゃぁ。




