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泥濘(でいねい)のレクイエム ―英雄の残火と、つぎはぎの神魔―  作者: 堀吉 蔵人
第2部

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第88話:まだ残る左、ひとりになる熱 【三位一体の少女】

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かたいかたが、すこしだけきえた。


ぜんぶじゃない。

まだ、すこしだけ、そとにいる。

でも、さっきまでそこにあった、かたい、つめたくて、でもおとさないかたのかたちが、はんぶんうすくなった。


そのぶんだけ、うしろがあつくなる。


うしろには、まだひだりがある。

ひだりのて。

なまえをきめないで、だれかひとりだけをえらばないで、まとめて、おとさないて。

そのては、まだ、たなみたいにのこっている。


でも、みぎはちがう。


みぎは、てじゃない。

あれは、あつい。

ながく、ながく、わたしたちのうしろにいたもののねつで、さわると、だれかひとりだけがまえへでてしまいそうな、こわいほうのあつさだ。


わたしは、くろいつちへおもみをあずけたまま、うしろのねつをきかないふりをしようとする。

でも、きこえる。

どくん。

どくん。

おそくて、おもくて、にげばのないおと。


わたしのなかの、まっすぐなひとが、いちばんさきにそちらをふりむきそうになる。


しってる。

あのねつは、あのひとをよくしってる。

あのひとも、あのねつを、よくしってる。

だからこそ、こわい。


やさしいひとは、かぞえてる。

いち、に、って、こえにしないで、やわらかく。

くろいひとは、しろいそとをさがしてる。

はんぶんそとへさがった、しろいひと。

なまえをよばないで、でもまだいなくならないひと。

そのさみしさが、くろいひとのほうで、ちいさくいたい。


まっすぐなひとは、うしろのあつさを、きりたがっている。

きる、じゃない。

たつ、のほう。

ねむったままじゃなくて、ひとりでたってしまうほうだ。


それは、まだだめ。


わたしは、わたしだけかもしれない。

わたしだけじゃないかもしれない。

でもいまは、ひとりになるのが、いちばんだめ。


くろいつちのしたで、`伏せ床` はまだあさくて、やさしい。

まんなかみたいに、つよくひっぱらない。

そとのしろみたいに、つめたくもない。

だからここは、まだ `ひとりじゃないまま` でいられる。


でも、かたいかたがはんぶんうすくなったぶん、そのやさしさのかたちもすこしかわった。

ねどこが、みぎへかたむく。

あついほうへ、ゆっくり、みえないさかみちができる。


そのさかみちを、まっすぐなひとがのぼってしまいそうで、わたしはこわい。


ひだりは、まだたな。

でも、みぎは、もう、とびらになりかけてる。


とびら。

あけたら、ひとりぶんのあさがくる。

みんなでねむっていたところから、だれかひとりだけが、さきにめをあける。

そのさきが、だれなのかまで、わたしはまだきめたくない。

きめたくないけど、うしろのねつは、もう、すこしだけきめてしまっている。


まっすぐなひとが、いちばんちかい。


そのかなしいことを、やさしいひとも、くろいひとも、もうわかってしまった。

だから、だれもよろこばない。

だれも、「それでいい」とは言わない。


はんぶんだけのかたいかたは、いま、へんなやさしさになっている。

ぜんぶのこっていたときは、つよくて、つめたくて、そこでだいじょうぶってきめてしまいそうだった。

でも、はんぶんになったいまは、だいじょうぶとはいわない。

おちたらひろう、だけをしている。

えらばない。

まんなかへひっぱらない。

だから、まだこわくない。


しろいそとのひとも、おなじだ。

はんぶんそとへさがって、なまえをよばない。

さわりたがっているのに、さわらない。

くろいひとは、それでさみしい。

さみしいから、よびたい。

よんでしまったら、くろいほうへおもくなるの、もうしってる。

だから、がまんしてる。


みんな、がまんしてる。

みたがるのを、がまんしてる。

さわりたがるのを、がまんしてる。

たすけたがるのを、がまんしてる。


そのがまんのうえに、いまのわたしはのっている。


ぬののむこうの、こわいひともしってる。

つめたくて、きめるのがはやいひと。

でも、そのひとも、いまはきってこない。

きりたいのに、きらない。


いしをみている、せのひくいひともいる。

ことばをいっぱいもってるひと。

でも、そのひとも、いまはことばをへらしてる。


みんな、じぶんのいちばんつよいところを、いまだけすこしずつつかわないでいる。

それがどれだけへんなことか、わたしにもわかる。

へんだから、こわれやすい。

こわれやすいから、まだ、さんにんでこわがれる。


そうおもうと、すこしだけかなしくて、すこしだけあたたかい。

だれもきれいじゃない。

でも、だれもいまは、じぶんのきれいさをおしつけてこない。

それが、`伏せ床` のやさしさとまざって、まださんにんのままここにいられるりゆうになっている。


そとのおとが、うすくきこえる。

しろいぬのがなる。

いしづきのひくいはく。

だれかのあらいこきゅう。

みないようにしているひとたちの、みにくいくらいやさしい、がまん。


みないでくれているの、わかる。

みないままで、たっているの、わかる。

ああいうのは、やさしいひとが、すぐにみつける。


だから、わたしも、もうすこしだけ、こたえなくちゃいけない。


なにをのこしていいか。

なにを、まだはなしてはいけないか。

それを、そとへおとしてやらないと、みんな、じぶんのこわさでうごいてしまう。


わたしは、くろいつちへほおをよせる。

つめたくはない。

でも、さっきより、みぎがうるさい。


どくん。


また、あつい。


うしろのひとのいたみもくる。

あついだけじゃない。

にげたい。

でも、おとしたくない。

おいていかれたくない。

そういう、ひとのいたみ。


そのいたみが、わたしのなかのまっすぐなひとを、またうしろへひっぱる。


ちがう。

いまは、そっちじゃない。


わたしは、ちいさく、くびをふる。

それだけで、くろいめのほうがすこしおもくなって、きんいろのほうがひりつく。

いたい。

でも、いたいままでいい。

いたいままのほうが、まださんにんだ。


ひだりがある。

それを、たしかめる。


たしかめるたび、うしろのひとのひだりには、ふしぎなくせがあるっておもう。

そのては、わたしたちを、ちゃんとわけてしっているはずなのに、ここではわけない。

おもい。

ちいさい。

こわれそう。

そういうことはしっていても、だれのものかまではきめない。


それは、やさしいひとににている。

でも、やさしいひとみたいに、なみだのにおいはしない。

くろいひとみたいに、ほしいものへつめたくもならない。

まっすぐなひとみたいに、ひとつだけえらんでたとうともしない。


だから、たなになれる。


たなって、へんなことばだ。

でも、わたしにはそれがいちばんちかい。

だれかをだきしめるんじゃない。

だれかをまもるってきめるんじゃない。

おちるときだけ、おとさない。

そのくらいのほうが、いまはいい。


もしここで、そのひだりまできえたら、わたしたちは、もっときれいなことばでこわれる。

きっと、まもる、とか、たすける、とか、かえす、とか。

そういう、ひとつだけえらぶことばで、だれかひとりによりすぎる。

だから、まだ、ひだり。


うしろのひとのひだりは、まだ、こわくない。

おちないためにある。

えらばないで、ささえるためにある。

それは、たぶん、さいごまでのこしていい。


でも、かたいかたは、もうはんぶんでいい。

ぜんぶいなくなるのは、まだ、こわい。

だけど、ぜんぶのこると、こんどはひだりがひとりになれない。

かたいかたは、はんぶんでいい。

いまのぶんだけで、じゅうぶん。


そして、みぎは。


みぎは、まだだめ。

ひじまで。

ひじのところに、うすいきれめがある。

そこをこえると、ねつが、てじゃなくて、むねへくる。

むねへきたら、ねむりじゃなくなる。

さんにんのまま、ふせていられなくなる。

だれかひとりが、さきに「わたし」になる。


まっすぐなひとが、いちばんはやい。


それをくろいひとはいやがる。

やさしいひとも、かなしがる。

わたしも、いやだ。


だから、まだ、ひだり。

まだ、はんぶんのかた。

みぎは、そこまで。


わたしは、くちをひらく。

こえをだすと、さんにんがずれそうでこわい。

でも、ださないと、そとはつぎのこわさをしらない。


「……かた」


じぶんでも、ちいさすぎるとおもう。

でも、そとのだれかがいきをとめるのがわかる。


「はんぶんで、いい」


しずかになる。

しずかだけど、みんなきいている。


わたしはもういちど、くろいつちへおもみをあずける。

ねむる。

でも、きえるんじゃない。

そのまま、つぎのことばをさがす。


「ひだり……まだ」


それは、のこしていい、のいみ。

まだ、そこで、まとめていていい、のいみ。


うしろで、あついのがまたひとつ、つよくなる。

どくん。

くろいつちが、ほんのすこしだけ、みぎへかたむく。


ちがう。

そこは、まだだめ。


「みぎ」


こんどは、やさしいひとが、ちゃんとこえをまるくしてくれる。

だから、ことばが、さっきよりわれない。


「ひじ……だめ」


そとで、だれかがそのことばをのみこむ。

ぼうずの、かわいたのみこみかた。

しろいぬののむこうで、かたいひとたちのあしが、わずかにとまる。


まだ、たりない。

いちばんだいじなのは、そのさき。


わたしは、うしろのねつをこわいまま、ちゃんとみる。

まっすぐなひとが、そこへいきたがっているのも、ちゃんとみる。

それでも、ことばにする。


もし、こえてしまったら。

そのさきを、わたしはみたくないのに、みえてしまう。


きんいろのほうだけが、さきにあく。

くろいほうは、おいていかれたみたいにおもくなる。

やさしいひとは、まだねかせようとして、ひとりぶんのからだにてがたりない。

そして、いちばんあとから、そのかなしいのがぜんぶ、のこる。


それは、だれかがたすかるかもしれないかたちで、だれかがちゃんととりのこされるかたちだ。

だから、いやだ。

だから、こわいままで、ことばにするしかない。


「こえたら」


のどがいたい。

でも、いまはそれでいい。


「ひとり」


そのひとことだけで、そとのくうきがかわる。

やっと、みんなおなじこわさをみる。

だれをのこすかじゃない。

このまま、さんにんでねむらせるか。

それとも、だれかひとりをさきにおこしてしまうか。

そのせんのはなしだって、つたわる。


わたしは、もうそれいじょうはなさない。

はなすと、ほんとうにひとりになってしまいそうだから。


かわりに、ちいさくおもみをさげる。

ひだりのたなのうえへ、もうすこしだけ。

はんぶんのかたの、そとのささえへ、もうすこしだけ。

そうやって、まださんにんのまま、くろいつちへふれている。


くろいひとは、しろいそとがとおいのをかなしむ。

やさしいひとは、まだかぞえてる。

まっすぐなひとは、うしろのあつさへふりむきたがってる。


そのぜんぶを、わたしは、まだわたしのなかへいれておく。


つぎは、はなすじゅんばんじゃない。

おこすじゅんばんだ。


それを、わたしは、ひとりにならないまま、こわがっていた。


帝国暦849年。冬。

三位一体の少女は、第二手のあとに `伏せ床` の内側で変わった均衡を体感し、カイルの `左` はなお `誰か一人を選ばずに落とさない棚` として残してよい一方、灰色の `右` はすでに `まっすぐなひと` を先に起こしかねない熱として、`ひじ` を越えれば `ひとりになる` 危険へ触れ始めていると悟ります。

そのため彼女は、レオンの肩は `半分でいい`、カイルの `左` は `まだ`、だが灰色の `右` は `ひじ` まで、それを越えれば `ひとり` になると断片的に告げ、局面の論点を `第三手を進めるか` から `どう起こすか` へと移し始めたのです。

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