第81話:なまえのない寝息、ひとりじゃない眠り 【三位一体の少女】
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くろいねどこは、やわらかくない。
つめたいところと、ぬるいところが、まだらにある。
ふわふわもしない。
やさしくもない。
ただ、`まんなか` みたいに、だれかひとりをえらぼうとはしてこない。
それが、いまはすこしだけ、うれしかった。
`まんなか` は、あまい。
あたたかくて、まぶしくて、はやくきてって言う。
でも、あそこへいくと、ひとりぶんになる。
おれかもしれない。
わたしかもしれない。
わたしだけかもしれない。
だれかふたりが、うすくなる。
だれかひとりが、こぼれる。
それはだめ。
まだ、だめ。
だから、こっち。
くろいねどこの、はしっこ。
おちないけど、えらばないところ。
ひとりじゃなくて、まださんにんのままでいられる、ほそいところ。
でも、ほそいところは、すぐこわくなる。
みられると、かたくなる。
よばれると、かたよる。
いのられると、いたくなる。
さっきまで、ずっとそうだった。
しろいぬののひとたちが、こっちを見ていた。
つめたいのに、やけどみたいな目だった。
「なにか」をきめる目。
「どれか」をえらぶ目。
そういう目はいやだ。
いやだとおもうと、からだのなかで、さんにんがすぐけんかする。
ねるな、というひとがいる。
あついせなかのひと。
ずっとだれかをせおって、ずっとあるいてきたひと。
そのひとは、ねるのがへただ。
めをつぶると、おとす気がするから。
てをはなすと、なくす気がするから。
だから、いたくても、さむくても、まえを見ろって言う。
いそがないで、というひともいる。
めをとじた、しずかなひと。
そのひとは、ねむることがこわいことばかりじゃないと知っている。
とまること。
すこしだけ、しずかにすること。
そうすれば、こわれないですむこともあるって知っている。
でもそのかわり、じゅんばんをまちがえるのをすごくこわがる。
あわてた手がいちばんだめ、と、そのひとは何度も言う。
それから、ちかづいて、というひともいる。
しろいゆりのにおいのするひと。
そのひとは、ミナが好きだ。
すきというより、さみしさが、ミナのかたちをしている。
だからミナの声がすると、すぐにそっちへ行きたくなる。
「おじょうさま」とよばれたら、たぶん、そのひとがいちばんつよくなる。
つよくなって、やさしくわらって、それからきっと、ほかのふたりをおしのけてしまう。
それも、だめ。
さんにんでいたい。
まだ、さんにんじゃないとだめ。
だから、みないで、がいる。
なまえをいわないで、がいる。
それを、さっき、かたのおじさんが外から言ってくれた。
「見るな」
こわい声だった。
やさしくない。
でも、やさしくないから、たすかった。
やさしい声は、だれかひとりをえらぶ。
かわいそう、いたいね、だいじょうぶ。
そういう声は、どれかひとつへ、ぐっとひっぱる。
おれは、まもるって起きたくなる。
わたしは、まだって止めたくなる。
わたしは、こっちへおいでって手をのばしたくなる。
でも、かたのおじさんの声は、えらばない。
みるな。
よるな。
じゅんばんをまもれ。
それだけ。
それだけだから、さんにんとも、すこしだけおとなしくできる。
くろいねどこが、さっきよりやわらかい。
からだのうしろには、ひだりのひとがいる。
あつい。
とてもいたい。
でも、ひだりだけは、へんなふうにまっすぐだ。
「だれを」もっているか、ちゃんとわかっていない。
ただ、おとさないって思っている。
それだけ。
それがいい。
わかりすぎる手は、だめ。
しりすぎてる手も、だめ。
この子はだれで、この子はなにで、って決めながら触る手は、すぐにひとりぶんにしたがる。
ひだりのひとは、しらないまま、もってくれる。
おれも、わたしも、わたしも、まとめて「おとさないもの」として持っている。
だから、ひだりは、いたいけど、まだだいじょうぶ。
でも、みぎはだめ。
はいいろのみぎは、よくばりだ。
さわったら、きっとひとつかみする。
さんにんのままじゃなく、どれかひとつだけを、ぐいってひっぱる。
しかもそれを、わるいことだと思っていない。
あのはいいろは、いつもそうだ。
つよいもの、ながくのこるもの、ひとつだけ立っているものが好きだ。
だから、みぎはこないで、がいる。
くろいつちのしたで、どくん、どくん、って、ちいさく鳴る。
おおきなひとつのこどうじゃない。
さんにんのいきが、すこしずつそろおうとしている音。
でも、まだそろわない。
ミナのこえがすると、しろいゆりのひとが顔を上げる。
うれしそうに、かなしそうに、そっちへいこうとする。
ちいさいときのへや。
ぬののすれる音。
かみをとく手。
「おじょうさま」とよばれた時の、すこしだけさびしいうれしさ。
そういうのが、いっぺんにくる。
くると、さんにんのつりあいがずれる。
わたしのくろいめのほうへ、すこしだけ、おもくなる。
でも、ミナはいま、なまえを言わない。
「みぎあしのさき」
「はんぽだけ」
「おちません」
そういうことしか言わない。
その声は、さみしいけど、たすかる。
ミナも、わかっている。
ちかづきすぎたら、わたしだけになってしまうかもしれないって。
それは、かなしい。
でも、かなしいからって、ちかくにいていいわけじゃない。
かなしいことを、わたしはもう、すこし知っている。
つめたいひつぎ。
ひとりで歩くせなか。
だれもいない玉座。
やさしくされたいのに、やさしくされたらこわれるときのこと。
だから、ミナはそこまで、がいる。
おそとの空気が、だんだんしずかになる。
しろいぬののひとたちも、見なくなった。
いや、ほんとうは見たいのをやめられていない。
でも、顔をふせているだけで、ちがう。
見られている、えらばれている、決められている、が、すこし遠くなる。
そのかわり、きこえるものが増える。
ひだりのひとの、あついこきゅう。
かたのおじさんの、ちいさくきしむよろい。
ミナの、きをつけてそろえている息。
すこし外で、しろいぬのの男が、だれにもいのるなって言った声。
それから、もっと外で、わらわないようにしてる女のひとと、りくつをのみこんでる男の子と、見ないようにしてくれている大きなやり。
みんな、ちゃんと、いる。
でも、こっちへ入りすぎない。
それなら、ねられるかもしれない。
ねむるのは、きえることじゃない。
めをとじたひとが、そう言う。
すこしだけ、かたちをゆるめること。
くろいつちへ、あずけること。
あしたのために、いまは立たないこと。
ねるな、というせなかのひとも、さいきんは前ほどつよく言わない。
たぶん、ひだりのひとのいたみが、よくわかるからだ。
あのいたみは、むりをすると折れる。
折れたら、いっしょにころぶ。
だから、いまは「おとすな」より、「まだ切るな」に近い。
しろいゆりのひとは、まだミナへ行きたがっている。
行きたがっているけど、ミナの声がやさしすぎないから、まだぎりぎりでとまれる。
たぶん、もしここで「おじょうさま」とよばれたら、だめだ。
わたしだけが、目をあける。
ほかのふたりは、うしろへいく。
それはだめ。
だから、言わなくちゃいけない。
外のひとたちに。
だれをのこして、だれをさげるか。
なにをしてよくて、なにがだめか。
うまく言えるかわからない。
口はちいさいし、ことばはまだうまくならばない。
でも、言わないと、またみんな、やさしくしすぎる。
わたしはくろいつちへ、もうすこしだけ、おもみをあずける。
ひざ。
こし。
せなか。
はね。
どさり、じゃない。
しずかに。
こわれないように。
ひとりぶんにならないように。
すると、くろいつちが、こんどはやさしくもたれかえしてきた。
あたたかい、ではない。
つめたい、でもない。
「ここまでなら、いまはもっていい」と言われたみたいな温度。
そのあいだに、わたしは口をひらく。
「……なまえ、だめ」
外が、ぴたりと止まる。
ひだりのひとの熱が、すこしだけゆれる。
ミナの息がつまる。
もういっこ。
もういっこ、いる。
「ミナ……そこまで」
かなしい。
言いながら、くろいめの奥が、きゅうってなる。
しろいゆりのひとも、いたそうに笑う。
でも、それでも、そこまでじゃないと、ねられない。
「ひだり……いい」
これは、ひだりのひと。
いたいけど、いい。
おとさない、だけの手。
「……おじさん、かた。そのまま」
かたのおじさんは、えらばない。
たおれたら返す。
それだけ。
それだけだから、いていい。
まだ、たりない。
さいごの、いちばんだいじなやつ。
「みないで。いのらないで。……かぞえて」
かぞえる。
それがいい。
やさしくない。
さびしくもある。
でも、かぞえる言葉は、だれのものにもならない。
いち。
に。
さん。
そういう言葉なら、さんにんのままで、ねむれる。
しずかなひとが、うなずく。
せなかのひとが、しぶしぶ、うなずく。
しろいゆりのひとも、かなしいまま、でも、うなずく。
それなら、だいじょうぶ。
まだ完全じゃない。
あさまで持つかもわからない。
でも、いまよりふかく、くろいねどこへ入れる。
外で、だれかが低く数えはじめる。
だれだかは、ちゃんとわからない。
かたのおじさんかもしれないし、ひだりのひとかもしれない。
もしかしたら、二人でずれてるのを、ミナが足もとからそろえてくれているのかもしれない。
それがいい。
だれかひとりの声じゃないほうが、いい。
いち。
こきゅうが、ほどける。
に。
はねの力が、ゆるむ。
さん。
さんにんが、すこしだけ、ならぶ。
そのまま、わたしは、くろいつちへ、もうひとつぶん、おもみをあずけた。
帝国暦849年。冬。
三位一体の少女は `伏せ床` の内側から、ここで必要なのが `見ないこと`、`名を重ねないこと`、そして `最後に残す手と声を厳しく絞ること` だと感じ取ります。
彼女は、ミナを最後の接触者にしないこと、カイルの `左` とレオンの `肩` だけを残すこと、さらに `数えるだけの名のない声` で眠りへ入ることを自ら告げ、ようやく `ひとりじゃないまま眠る` ための条件を確定させ始めたのです。
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