第53話:泥沼の同窓会、狂信とトカゲの乱入 【ガルド】
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「ぜぇ……はぁ……ッ!
待て、この馬鹿娘! なんで足を引きずってるくせにそんなに速いんだ!!」
俺は、干上がった忘却の荒野を、文字通り舌を出して這うように走っていた。
数十メートル先を、ボロボロの純白の鎧を着た少女騎士・セリアが、まるで目の前に最高級の肉でもぶら下げられた猟犬のような猛スピードで駆け抜けていく。
「見えた! 光だ、神の光が私を呼んでいるッ!!」
「だからあれは純粋な光じゃねえ!
その裏側にある泥の腐臭に気づけ、お前のその狂信の鼻は飾……ああっ、馬鹿ッ、止まれ!!」
俺が絶叫したのも束の間。
セリアの足元から、突然「地面」が消え失せた。
「きゃあぁぁぁッ!?」
彼女の体が宙に浮き、そのまま前方の巨大なすり鉢状の『大穴』へと真っ逆さまに落ちていく。
俺は慌てて地面を蹴り、ギリギリで穴の縁に食らいついた。
そこには、さっきまでただの荒野だったはずの場所に、直径数百メートルに及ぶ『巨大な泥沼のクレーター』が形成されていた。
「イテテテ……神の試練か」
見下ろすと、セリアは斜面を数十メートル転がり落ち、泥沼の端っこで目を回していた。
ひとまず首の骨は折れていないようだ。俺はホッと息を吐き、改めてそのクレーターの『底』を見た。
「は?」
俺は、自分のトカゲの目を疑った。
泥沼の中心で、ドス黒い泥を全身から滴らせながら、包帯まみれの不気味な男が巨大なメスを振り回して狂い笑っている。
そして、その狂人を相手に、巨大な鉄剣を構えて防戦している隻眼の剣士。
その後ろで、杖を振り回して爆炎を放っている、口の悪い小柄な魔法使い。
「あいつら、レオンとセトじゃねえか!!」
数日前、帝都の地下で別れたはずの『アレンの悪友ども』が、なぜかこんな西の果てで泥まみれになって死闘を繰り広げていたのだ。
「お、おおおお……!!」
俺が呆然としていると、眼下で泥まみれになっていたセリアが、ふらふらと立ち上がった。
彼女の視線の先には、レオンたちの背後で腰を抜かしている、人間のガキ(カイル)の姿があった。
そのガキの右腕には、禍々しい灰色の光を放つ『聖剣』が同化している。
「あ、あんな薄汚い泥ネズミのガキが、神の光を……ッ! 許さん、許さんぞォォォ!」
セリアが、折れた左腕を庇いながら、刃こぼれした短剣を構えて泥沼を突進し始めた。
相手の戦力差も、状況も一切無視した、純度100%の狂信の突撃だ。
「おいコラ! 状況を見ろ馬鹿娘!!」
俺は慌てて斜面を滑り降りた。
その時、泥沼の中心で笑っていた包帯の男が、突撃してくるセリアの存在に気づいた。
「アァァ……?
なんですかァ、あの泥だらけの純白は。……元・教会の騎士様ですかァ? アハハッ! 新鮮な解体部位(お肉)の追加だァ!!」
ファウストが、レオンへの攻撃を中断し、信じられない跳躍力でセリアの頭上へと飛び上がった。
巨大な医療用メスが、少女の細い首を狩るために振り下ろされる。
「ひっ……!?」
セリアが、死の恐怖にようやく我に返り、悲鳴を上げて目を瞑った。
ガギィィィィィンッ!!!!
「本当に、どいつもこいつも手がかかるッ!!」
俺は、セリアの頭上に覆い被さるように飛び込み、自慢の骨槍を両手で構えて、ファウストの凶刃を正面から受け止めた。
凄まじい衝撃に、俺の足元の泥が爆発するように吹き飛ぶ。
「チッ、硬い鱗ですねェ、爬虫類ィ!」
ファウストが舌打ちをして、後方へ宙返りして着地した。
「が、悪魔……! なぜ私を……ッ!」
股下で震えるセリアの首根っこを掴み、俺は泥まみれになりながら立ち上がった。
「おいおい、冗談だろ」
背後から、ひどく聞き覚えのある、呆れ果てたような声がした。
振り返ると、大剣を肩に担いだレオンと、杖を持ったセトが、目を点にしてこちらを見ていた。
「ガルドのおっさん!? なんであんたがこんな西の果てにいるんだよ!!」
セトが、思わずといった顔で叫んだ。
「こっちの台詞だ、クソガキ!
南へ帰る道を塞がれたと思ったら、こんな所で何やってやがる!!」
俺が怒鳴り返す。
「お前こそ、なんだその小脇に抱えてる『白陽騎士団』の生き残りは!? 教会の狂信兵なんぞ拾って歩いてるのか!?」
レオンが、俺に掴まれてジタバタしているセリアを指差して目を見開いた。
「離せ悪魔!
私はそこのガキから神の光を取り戻すのだ! お前たち不浄なる者どもを全員浄化して……ぐふッ!」
「うるせえ、少し黙ってろ!」
俺はセリアの後頭部に軽い手刀を入れて、強制的に気絶させた。これ以上ギャーギャー喚かれたら俺の寿命が縮む。
「あー、知り合いかよ、トカゲのおっさん……。もう何がなんだか分かんねえ」
灰色の聖剣を抱えた人間のガキ(カイル)が、完全にキャパオーバーを起こして白目を剥いている。
「アハッ! アハハハハハッ!!」
不意に、泥沼の中心から、ファウストの耳障りな爆笑が響き渡った。
「素晴らしいィ!
泥棒のガキに、隻眼の英雄、魔法使いの少年に、爬虫類の魔族ゥ! おまけに気絶した教会の騎士様ァ! これだけ多種多様な『肉体』を一度に解体できるなんて、今日はなんて最高の手術日和なんだァァァ!!」
ファウストが、両手のメスを打ち鳴らし、狂喜乱舞して泥の上を跳ね回る。
「おい、レオン。あの包帯野郎、最高に頭がイカれてるな」
俺は気絶したセリアを背中に担ぎ直し、骨槍を構えた。
「ああ。ゼクスの放った特務室の狂犬だ。……ガルド、悪いが『お節介』のついでだ。手伝ってくれ」
レオンが左目を鋭く光らせ、セトが杖の先に炎を収束させる。
「チッ……アレンの野郎のツケを、なんで俺たちが払わなきゃならねえんだ」
俺は分厚い舌打ちをしながらも、口角が吊り上がるのを止められなかった。
久々の、レオンとセトとの共闘だ。相手が最高にイカれた狂人なら、鬱憤を晴らすには丁度いい。
帝国暦849年。忘却の荒野。
神聖な光と泥が入り混じる最悪のクレーターの底で、かつての戦友たちと新たな厄介者たちによる、血湧き肉躍る「同窓会」が今、開幕した。
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