第52話:荒野の道標、卵の見る夢 【リノ】
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「あー、もう!
暑い!
砂埃ひどい!
おまけにこの卵、さっきからカイロみたいに熱くなったり冷たくなったり、どうなってんのよ!」
見渡す限りの灰色の砂と岩。
魔力がすっからかんの『忘却の荒野』を歩き始めて数日、アタシの文句はピークに達していた。
可愛いブーツは砂まみれだし、水筒の水は底をつきかけている。なのに、隣を歩く魔王軍の参謀様ときたら、涼しい顔で黒い法衣の裾すら汚さずに、まるで散歩でもしているように優雅に歩いているのだ。
「口を動かす暇があるなら足を動かしなさい、踊り子殿。
貴女のそのやかましい声帯を切り取って、卵のクッション代わりにしてやってもいいのですよ?」
「上等よ!
アタシの美声がなくなったら、あんたのその陰気な道中、お通夜みたいになるわよ!」
アタシがタンバリンを振り上げようとした、その時だった。
『――ドクンッ!!』
「!」
アタシの腕の中で、両手で抱えるほどあるマーブル模様の卵が、心臓のように大きく脈打った。
それだけじゃない。
表面に渦巻いていた黄金の炎と、漆黒の泥の模様が、まるで内側から叩かれているように激しく暴れ出したのだ。
「あちちちっ!
? ちょっと、ヴェルりん! 卵が急に沸騰しそうなんだけど!」
アタシは慌てて卵を地面の布の上に下ろした。
「何事です? まだ孵る時期ではないはず」
ヴェルが怪訝な顔で卵を覗き込んだ瞬間。
ズガァァァァァァァンッ!!!
地響き。
いや、大気が震えるようなとてつもない衝撃波が、西の彼方から荒野を一直線に駆け抜けてきた。
砂埃が舞い上がり、アタシは思わずヴェルの法衣の陰に隠れた。
「な、なによ今の爆発!? 地震!?」
アタシが砂を払いながら西の空を見上げた時、そこには信じられないものがそびえ立っていた。
「嘘でしょ。あれ」
地平線の向こう側。
遥か遠くの荒野の中心から、天を突くような巨大な『灰色の光の柱』が立ち上っていたのだ。
純白の神聖さと、ドス黒い泥の腐敗が混ざり合った、この世のものとは思えない禍々しい極光。
「馬鹿な。あのマナの波長は……間違いなく、魔王の泥と、教会の聖剣。そして……あの男の執念だ」
ヴェルが、いつもの冷笑を完全に消し去り、目を見開いてその光柱を睨みつけていた。
「アレンの……? でも、アレンはエリスさんたちと一緒に、あの卵の中で」
アタシが足元の卵に視線を落とすと、卵はまるで遠くの『灰色の光』に呼応するかのように、激しく明滅を繰り返していた。
「なるほど。そういうことですか」
ヴェルが、スッと目を細めた。
「あの男が帝都に捨てていった『灰色の聖剣』。それが今、この荒野のどこかで暴走している。……そしてこの卵は、魂の持ち主の『強烈なマナの残滓』に反応して、共鳴を起こしているのですよ」
「共鳴って……じゃあ、この卵の中のアレンたちも、あの光に気づいてるってこと!?」
「ええ。あるいは、あの光の先で誰かが『アレンの尻拭い』をさせられていて、魂だけのあいつらがそれを心配してバタバタと暴れているのかもしれませんね」
ヴェルが、呆れたようにため息をついた。
「アレンの馬鹿野郎」
アタシは、熱を持った卵を再びしっかりと抱きかかえた。
「死んでまで自分の武器を迷子にして、他人に迷惑かけてんじゃないわよ。エリスさんが卵の中で呆れてるじゃない!」
卵の表面の黄金色が、ぽわんと温かく光った。
まるで「ごめんなさい、リノさん」とエリスさんが苦笑いしているみたいで、アタシの鼻の奥がツンと痛くなった。
「ヴェルりん。行くわよ」
アタシは西の空――灰色の光柱が立ち上った方角を真っ直ぐに指差した。
「おいおい。
あんなデタラメな魔力爆発が起きている場所に、わざわざ突っ込む気ですか? 人間の貴女など、余波で消し飛びますよ」
「アンタが守るんでしょ、最高幹部サマ!
あの光の元に行けば、アレンのバカ剣がある。……それってつまり、この卵を孵すのに一番いい『無の大穴』ってヤツがそこにあるってことでしょ!」
アタシが言い切ると、ヴェルは一瞬だけ目を丸くし、それから腹の底から可笑しそうに「クックックッ」と笑い出した。
「ええ。
貴女の言う通りだ、踊り子殿。あんな狂った光を放てるのは、魔力が完全に枯渇した『忘却の荒野の最深部』以外にあり得ない」
ヴェルが黒い法衣を翻し、アタシの隣に並び立つ。
「あの灰色の光の元へ行けば、この世界の裏側への扉が開く。
……誰が剣を振るっているのかは知りませんが、邪魔立てするなら叩き潰すまでです」
「よっしゃ!
じゃあダッシュで行くわよ!
アレンの忘れ物を取り上げて、あいつらをこの世界に引きずり戻してやるんだから!!」
アタシはタンバリンを腰に括り付け、熱く脈打つ卵を抱きかかえたまま、ひび割れた大地を西へ向かって全力で駆け出した。
帝国暦849年。忘却の荒野。
空前絶後の極光を道標に、踊り子と悪魔のコンビが、ついにすべての因縁が交差する「爆心地」へと猛スピードで突入していく。
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