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泥濘のレクイエム ―英雄の残火と、継ぎ接ぎの神魔―  作者: 堀吉 蔵人
第2部

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54/60

第54話:狂犬の解体新書、空から降る悪魔 【ファウスト】

ダークファンタジー群像劇『泥濘のレクイエム』、毎日20時更新中です。

「アァァ……素晴らしいッ! 素晴らしいですよォ、神様ァッ!!」


私は両手の巨大な医療用メスを交差させ、歓喜の絶叫を上げながら泥沼の底を滑るように駆け抜けました。

顔の包帯の隙間から、極上の『おターゲット』たちがひしめき合っているのが見えます。


右を見れば、百戦錬磨の筋肉の繊維が詰まった、隻眼の英雄レオン

左を見れば、年老いてなお極上のマナを内包した、魔法使いの少年セト

正面には、刃こぼれ一つしない硬すぎる緑の鱗を持った、爬虫類の魔族ガルド

その背中には、純粋な信仰心で満たされた、若く柔らかい教会の騎士様セリア

そして何より――あの泥と光が混ざり合った、神への最高の冒涜たる『灰色の聖剣』を右腕に同化させた、怯えるドブネズミのガキ(カイル)!


「こんなにも!

多種多様な!

新鮮な臓器と骨格がァ! 私のメスを待っているゥゥゥッ!!」


「狂ってやがるッ! ガルド、右から来るぞ!!」

「言われなくても分かってる! チッ、なんて気味の悪い動きだ!」


私に向かって、巨大な鉄剣と骨槍が同時に振り下ろされます。

力任せの、しかし完璧に息の合った連携。


かつてアレンという男と共に死線を潜り抜けた者同士の、洗練された暴力です。


ガギィィィィィンッ!!!


私は双剣のメスでそれを受け流し、空中で体をコマのように回転させて、トカゲの魔族の首元へ刃を滑らせました。


「ギャハハハッ!

硬いィ!

トカゲの鱗はメスを弾くゥ! ならば、鱗の隙間……眼球から脳髄へ直接メスをッ!!」

「させるかよッ! 『泥縛マッド・バインド』ッ!」


後方から魔法使いの少年が杖を振るい、私の足元から泥の手が何本も生えて足首に絡みつきます。


「おっとォ!」


私は自分の足首の肉ごと泥の手をメスで削ぎ落とし、痛みへの快感に身をよじらせながら後方へ跳躍しました。


「痛いィ……痛いですよォ、お爺ちゃん! そのお詫びに、貴方のはらわたを引きずり出して、トカゲの首にマフラーみたいに巻いてあげますねェ!!」


「ヒィィッ……! な、なんだよこいつ、人間じゃねえ!!」


聖剣を持ったドブネズミのガキが、完全に腰を抜かして泥の上を後ずさりしています。


「アハハハッ!

逃がしませんよォ、メインディッシュ!

その右腕を肩甲骨から綺麗に外して、私の棺桶のコレクションに……ッ!」


私がガキの首を刎ね飛ばすために、地面を蹴り、最も美しい軌道で跳躍した、その時でした。


『――五月蠅いですね。泥に塗れた野良犬が、無様に喚き散らすのは』


不意に。

私の頭上――灰色の雲に覆われた忘却の荒野の空から、氷のように冷たく、そして圧倒的な質量の『闇』を伴った声が降ってきました。


「ハァ?」


私が上空を見上げた瞬間。

太陽の光を完全に遮断するような、真っ黒な巨大な魔法陣が空中に展開されていました。

それは、教会の光でも、あのドブネズミが持つ灰色の剣の力でもない。

世界が生まれる前から存在していたような、純度100%の、最上位の魔属性。


「『重力崩壊グラビティ・フォール』」


冷酷な囁きと共に。

私の全身の骨格に、見えない巨大な城がまるごと落ちてきたような、規格外の重圧が叩きつけられました。


「グガァァァァァァッ!?」


バキバキバキッ! と、私の背骨と肋骨が数本同時にへし折れる心地よい音が響きます。

私は空中で完全に押し潰され、そのまま凄まじい速度で泥沼の底へと叩き落とされました。

ドッゴォォォォォォォンッ!!!


深さ十メートルの巨大なクレーターが、泥沼のど真ん中にさらに穿たれます。


「ゴホッ、ガハッ……! アァァ……内臓が、いくつか破裂しましたァ」


私は自分が穿った泥の底で、大量の血を吐きながら、歓喜でブルブルと震えました。


なんてことだ。

こんな、一撃で私をミンチにしかけるほどの暴力が、まだこの世界に残っていたなんて!


「ふぅ。着地成功、と。相変わらず加減を知らないのね、ヴェルりん」

「貴女が『早く下ろせ!

』と耳元で喚くからでしょう。ただでさえその卵の魔力波長がうるさいというのに」


泥のクレーターの縁に、音もなく二つの影が舞い降りました。

漆黒の法衣を纏った、透けるように青白い肌の魔族の男。

そして、その男の小脇に抱えられた……巨大なマーブル模様の『卵』を大事そうに抱きしめた、派手な装飾の踊り子の小娘。


「なんだァ……? 魔族ゥ? この私を、ただの魔法一発で……?」


私が血まみれで顔を上げると、周囲で固まっていたレオンやガルドたちが、全員揃って目を剥いて絶叫しました。


「リ、リノ!? それに、魔王軍の参謀……ヴェル!?」


レオンが鉄剣を下ろして大声を上げます。


「なんであんたたちが空から降ってくんだよ!! つーか、お前ら殺し合ってた間柄だろ!!」


セト君が杖を落としそうになっています。


そんな彼らを完全に無視して、踊り子の小娘リノが、泥まみれで腰を抜かしているドブネズミのガキ(カイル)の元へズンズンと歩み寄りました。


「ちょっとアンタ!! その右手にくっついてるヤツ、アレンのバカ剣でしょ!!」

「えっ!? あ、いや、これは勝手に俺の腕に……!」

「泥棒の剣を泥棒するなんて、いい度胸してるじゃないの! さっさと返しなさいよ!!」


リノが、カイルの胸ぐらを掴んで前後にガクガクと揺さぶり始めます。

それを、魔族のヴェルが冷ややかな目で見下ろし、トカゲの魔族ガルドが「おいコラ、まずは状況を整理させろ!」と頭を抱えて怒鳴り込んでいく。


「アハッ」


私は、折れた骨の痛みすら忘れ、泥の底で喉を鳴らして笑い始めました。


「アハハハハハハッ!!! アァァァァァッ!! なんですか、コレェ!!」


伝説の英雄たち。


魔王の側近。


狂った光の騎士。不思議な卵を抱えた踊り子。灰色の聖剣を持つガキ。

それが全部、この泥沼の底で、まるで酒場の喧嘩のようにギャーギャーと騒ぎ立てている。


「最高ォ……! 最高ですよォ! もう、誰の肉から切り刻めばいいのか、迷ってしまいますゥゥゥッ!!」


帝国暦849年。忘却の荒野。

空から降ってきた「卵」と「悪魔」の乱入により、世界で最も混沌とした解体ショーの舞台は、いよいよ役者をすべて揃えて狂乱の幕を開けたのです。

感想・ブクマ・評価、どれも本当に励みになっています。ありがとうございます!

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