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泥濘のレクイエム ―英雄の残火と、継ぎ接ぎの神魔―  作者: 堀吉 蔵人
第2部

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第50話:塞がれた帰路、狂信の羅針盤 【ガルド】

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「おい、人間の小娘。

俺の背中を親の仇みたいに睨むのは勝手だが、足元はおろそかにするな。転んで舌を噛んでも治してやらんぞ」


「ふ、ふんッ! 誰が貴様などに助けを……きゃあッ!?」


俺が警告した数秒後、背後で派手な水飛沫の音がした。

振り返ると、狂信の少女騎士・セリアが、ぬかるんだ泥の水たまりに顔から突っ込み、真っ白だったはずの残骸のような鎧をさらに泥まみれにしていた。


「言わんこっちゃない」


俺はため息をつき、骨槍を杖代わりにしながら彼女の襟首を掴んで引っ張り上げた。


「さ、触るな悪魔!

貴様の不浄な手が触れたせいで、私の聖なる力が……ぺっ、ぺっ! 泥が口に……!」


セリアは涙目で泥を吐き出しながら、威嚇する小動物のように俺を睨みつけた。


帝都から南へ向かって数日。

俺たちは、あの特大の崩落と『原初の炎』の影響で完全に地形が変わってしまった荒野を歩いていた。

俺の干し肉を食って体力を持ち直したセリアは、「悪魔を監視する」という名目で、常に俺の背後3メートルの距離を保ってついてきている。

正直、さっさと気絶させて置いていきたいくらい面倒くさいが、見捨てるにはあまりにも危なっかしい。


「それにしても、酷い有様だな」


俺は南の地平線を見渡し、舌打ちをした。

俺の故郷である湿地帯へ続く南の街道は、帝都の地下崩壊の余波で、大地が文字通り『真っ二つ』に裂けていた。

見渡す限りの巨大な亀裂。


その底からは、原初の炎の燃えカスである高熱の蒸気と、残留した魔王の泥の瘴気が吹き上がっており、鳥すらも越えられない死の谷と化していたのだ。


「道が完全に断たれているな。これでは、南へは帰れん」


俺が呟くと、泥を拭っていたセリアがハッと顔を上げた。


「南へ行けない……?

では、どうする気だ。

……ま、まさか、この私を辺境の魔族の巣窟へ売り飛ばす気か!?」

「自意識過剰も大概にしろ。肉もついてない小娘なんぞ、市場に出してもタダ同然だ」


俺は周囲の地形を頭の中でマッピングし直した。

南の亀裂を迂回するには、東の山岳地帯を越えるか、それとも西の『忘却の荒野』を大回りするしかない。だが、どちらも食料と水が尽きる死のルートだ。


「仕方ない。

東の山越えは今の俺たちの体力じゃ無理だ。少し遠回りになるが、西の荒野を抜けて」


俺がそう言いかけた、その時だった。


『――不浄ナル者ヨ……』


「ッ!?」


俺の全身の鱗が、総毛立った。

鼓膜を揺らす音ではない。大気中のマナを通じて、途方もなく強大で、かつ『おぞましい気配』が西の方角から一瞬だけ放たれたのだ。


それは、神聖な光の波動でありながら、泥のように腐りきった呪いの臭いが混じり合う、最高に気持ちの悪い魔力マナの奔流。

数日前に帝都の地下で暴走していた、あの「聖剣」と「魔王」が混ざり合ったような感覚だ。


「おい、小娘。今のは」


俺が顔をしかめて振り返ると、セリアの様子が明らかにおかしかった。


「あ、ああ……!」


彼女は、泥まみれのまま、西の空を見つめてボロボロと涙を流していた。

その瞳には、かつて帝都で神を讃えていた時の、あの狂気的なまでの『信仰の光』が完全に戻っていた。


「ひかり……!

神の、光の波動が……! 神は、まだ私たちを見捨てていなかったッ!」


「おい、待て! お前、あの気配の『裏側』にある泥の臭いが分からないのか!? あれは純粋な光じゃない、もっとヤバい代物だぞ!」


俺が止めるのも聞かず、セリアは泥だらけの膝で立ち上がった。


「黙れ悪魔!

貴様らのような不浄には、あの尊い光が恐怖にしか感じられないのだろう! 私には分かる……あれは、伝説に聞く『聖剣』の波動だ! 聖剣が、西の地で私を呼んでいる!」


セリアの狂信回路フィルターを通すと、あの禍々しい灰色のマナも、ただの「希望の光」に変換されてしまうらしい。

彼女は、折れた左腕をかばいながら、ふらふらとした足取りで、一直線に西へと歩き出し始めた。


「おい、西は『忘却の荒野』だぞ! 水場もない死の土地だ、お前の体力じゃ半日も持たない!」

「神が導いてくださる!

私は、あの聖剣を手にして光の教会を再興し、貴様ら泥の魔族をすべて浄化してやるのだ!」


振り返りもせず、狂ったように西へ向かって進み続ける少女の背中。

俺は、自分の緑色の額をガシガシと掻き毟り、天を仰いだ。


……あのアレンという男は、本当に最後まで迷惑な置き土産を残していった。

あの気配の正体が何にせよ、あんなヤバい代物のところに、この無力な小娘を一人で突撃させるわけにはいかない。


「ああもう、クソッ! 待て、馬鹿娘! 転ぶなと言った側から躓くんじゃない!」


俺は大きなため息を一つ吐き出すと、骨槍を肩に担ぎ直し、セリアの背中を追って西の方角――死の荒野へと重い足を踏み出した。

南へ帰るはずの俺の道は、この狂信の羅針盤のせいで、最悪の渦の中へと強引に引きずり込まれてしまったのだ。


帝国暦849年。

逃亡者、暗殺者、卵を抱えた者たち。

そして、光を追う少女とため息をつく魔族。

世界を巻き込むすべての駒が、誰の意思か、西の果て『忘却の荒野』へと吸い寄せられていく。

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