第49話:灰被りの遊技盤、放たれた葬儀屋 【ゼクス】
ダークファンタジー群像劇『泥濘のレクイエム』、毎日20時更新中です。
「ほう。地下水路に放った暗殺部隊が、たった一振りの『灰色の光』で全滅したと」
俺は、帝都の崩落を免れた帝国軍事塔の最上階で、葉巻の煙をゆっくりと天井へ吹き広げた。
目の前の巨大な黒板には、帝国全土の地図と、いくつかの駒がピンで留められている。
「は、はい! 申し訳ありません、室長!」
胃痛持ちの部下・ヴェインが、青ざめた顔で報告書を震わせている。
「対象の右手に同化した聖剣は、すでに我々の知る神の武具ではありません。光の浄化と、泥の腐敗を同時に巻き起こす、完全に理を外れた呪物です。……並の猟犬では、近づくことすら」
「謝るなよ、ヴェイン。むしろ傑作じゃないか」
俺は黒板に歩み寄り、カイルたちの位置を示すピンを西へ――『忘却の荒野』の方角へと動かした。
「スラムのドブネズミが、神様と魔王の力が混ざった『核弾頭』を右手にくっつけて逃げ回っているんだ。綺麗に調教されただけの暗殺者じゃ、相手にならないのは当然だ」
アレンの野郎、最後に途方もない不良債権を世に放ってくれたものだ。
俺はあの「灰色の聖剣」が欲しくてたまらない。
あれは、新時代を支配するための最高のプロパガンダ兵器になる。
「ヴェイン。並の猟犬が駄目なら、首輪の壊れた『狂犬』を放て。地下牢の最下層から、あの【葬儀屋】を呼んでこい」
「ふぁ、ファウスト……!? 室長、本気ですか! あいつは任務の度に味方ごと標的をミンチにする、本物のサイコパスですよ!」
「だからいいんだ。神様も泥も関係ねえ、純粋な『殺し』を楽しむだけのイカれた死神が必要なんだよ」
数十分後。
重々しい鉄の扉が開き、鎖の引きずる音と共に「それ」は執務室に姿を現した。
「お呼びですかァ、ゼクス室長ォ」
身の丈2メートル近い痩せぎすの男。
顔の半分を包帯で隠し、燕尾服のような黒い喪服を着崩している。そして何より異様なのは、その背中に、自分の背丈よりも巨大な『鉄の棺桶』を背負っていることだ。
情報部特務室・特別執行官【葬儀屋のファウスト】。
かつては異端審問局の優秀な司祭だったが、人を解体することに快感を覚えすぎた結果、特務室の地下に幽閉されていた男だ。
「久々のシャバだ。機嫌はどうだ、ファウスト」
「最高ォ、ですよォ……。
泥の臭いと、絶望の臭い。世界中が、巨大な墓場みたいで……アァ、ゾクゾクする」
ファウストが、包帯の隙間から三日月のように目を歪めて笑った。
「仕事だ。
西へ向かって逃げている、三人のネズミを狩れ。一人は隻眼の大剣使い(レオン)、一人は口の悪い魔法使い(セト)。そしてもう一人が、右手に『灰色の光る剣』を同化させたガキだ」
俺がそう言うと、ファウストは背中の鉄の棺桶を床にドンッ!と下ろした。
「灰色の、剣。まさか、あの『聖剣』ですかァ?」
「そうだ。
神聖な光が、泥に犯されて薄汚く濁っている。……元・司祭のお前なら、我慢できない冒涜だろう?」
「アハハハハッ!! 最高ォ、最高ですゥ!!」
ファウストは狂ったように頭を掻きむしり、よだれを垂らして歓喜した。
「神の光を汚したガキィ!
裁きを!
究極の苦痛と解体をォ!
この棺桶に、あいつらの手足をバラバラにして詰めて持ち帰りますゥ!」
「剣のついた右腕だけは綺麗に残しておけよ。……行け。狩りの時間だ」
ファウストが嵐のように執務室を飛び出していくのを見送り、俺は再び黒板の前に立った。
ヴェインが、疲労困憊といった様子で壁にもたれかかっている。
「室長。これで、あの聖剣持ちのガキは確実に死にますね」
「さてな。歴戦の英雄と、最悪の剣が、どう狂犬をあしらうか見物だ」
俺はスキットルの酒をあおり、もう一つのピンを手に取った。
「それより、ヴェイン。もう一つの奇妙な報告があったな」
「あ、はい。……あの帝都の大穴の底から、魔王軍の参謀と、黒土教の踊り子が、何か『巨大なマーブル模様の卵』を抱えて、西へ向けて出発したという目撃情報が」
俺は、そのピンを、カイルたちのピンと同じ『忘却の荒野(西)』へと突き刺した。
「くっふふ。卵、か」
俺は黒板のピンを指で弾いた。
原初の炎から生まれた、この世ならざるマナの塊。それが何を意味するのか、俺にはなんとなく予想がついていた。
アレンの野郎。死んでなお、この盤面に復帰するための『楔』を残していきやがったな。
「面白い。最高に面白いぜ、アレン」
俺は窓の外の灰色の空を睨みつけた。
「聖剣を握ったガキ」と、「英雄の魂を宿した卵」。
どちらも、向かっているのは西の果て。帝国の目が最も届かない、魔力の枯渇した荒野だ。
「ヴェイン。
ファウストの追跡ルートを、巧みに西へ誘導しろ。
……聖剣のガキと、卵を抱えた踊り子。この二組を、西の果てで【衝突】させる」
俺の言葉に、ヴェインが息を呑んだ。
「そ、そんなことをしたら、あのデタラメな聖剣の力で、卵が破壊されてしまうのでは……!」
「構わん。
卵が孵るのが先か、それとも聖剣が卵を叩き割るのが先か。……どちらにせよ、そこから生まれる圧倒的な混沌を、帝国(俺)が丸ごと喰い殺してやる」
帝国暦849年。
絶対の黒幕は、世界の裏側で静かに糸を引き始めた。
すべての駒は、西の果て『忘却の荒野』という名の巨大な処刑場へと引き寄せられていく。
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