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泥濘のレクイエム ―英雄の残火と、継ぎ接ぎの神魔―  作者: 堀吉 蔵人
第2部

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第47話:悪魔の胃痛、卵とボケ長老 【ヴェル】

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「ねえねえ、ヴェルりん! まだ着かないの!? アタシもう足パンパンなんだけど! つーかこの卵、時々勝手に跳ねるから超持ちにくいんだけど!!」


「そのふざけた呼称をやめろと言っているでしょう、人間の小娘。私はこれでも魔王軍の最高幹部」


「はいはい最高幹部さん、道案内よろしくー!

あ、そこ水たまりあるから泥跳ねさせないでよ! アタシの可愛いブーツが汚れるでしょ!」


「ッ(青筋)」


私は、帝都の地下水脈からさらに外れた『忘れられた魔族の隠れ里』へと続く暗い洞窟を歩きながら、今日だけで百回目になる深いため息を吐きました。

私の背後では、あのアレンが残していった騒音発生器――踊り子のリノが、マーブル模様の巨大な卵を抱えながらギャーギャーと喚き散らしています。


冷徹なる参謀として数万の魔族を指揮してきた私が、なぜ人間の、それも教養の欠片もない小娘の道案内などさせられているのか。

すべては、あの原初の炎に消えた主君の魂――『根源』への道を探るためです。


「着きましたよ。ここが、魔族の最古参にして、世界の裏側の知識を最も有する『大長老』の隠遁地です」


私が洞窟の最奥にある巨大なキノコのような家屋を指差すと、リノは卵を片手で抱えたまま、遠慮という概念を母親の胎内に忘れてきたような勢いで扉を蹴り開けました。


「たのもーっ! 世界の裏側に詳しいお爺ちゃん、いるー!?」


「おい貴様、大長老殿に向かって何という無礼な……!」


私が慌てて止めに入ろうとした、その瞬間。


「おおおお!? 誰かと思えば、ヴェル坊ではないか!!」


部屋の奥から、干し首のようにシワシワの小柄な魔族が、凄まじいスピードで飛び出してきました。

大長老ババク。年齢は優に千年を超える、魔族の生き字引です。


「お久しぶりです、大長老殿。本日は折り入って」

「お前、ついに人間の嫁を貰ったのか!? しかも既に卵まで産ませておるとは! さすが魔王軍の参謀、手出しも計算も早いのう! ギャハハハハ!」


「ちっっっがうわよこのシワシワジジイ! 誰がこんな腹黒悪魔とくっつくもんですか!! タンバリンでその残り少ない歯ァ全部折るわよ!!」


「ギャーッ!? 嫁が凶暴じゃ! ヴェル坊、お前尻に敷かれとるのう!」


「(胃薬が欲しい)」


私はこめかみを押さえ、自分の魔力が怒りで暴走しないよう必死に深呼吸を繰り返しました。


「ゼェ、ハァ……。で? 結局その卵は、ただの落とし物じゃと?」


数分後。

リノにタンバリンでボコボコに叩かれた大長老が、頭に大きなたんこぶを作りながら、安酒の入った瓢箪を傾けていました。


「ええ。ですから、この卵は原初の炎の中心で三人の魂とマナが結合した『特異点』なのです。我々は、彼らの魂が行き着いたとされる『根源』について、貴方の知恵を借りに来ました」


私は乱れた法衣の襟を正し、極めて冷静に(声は少し震えていたかもしれませんが)用件を切り出しました。


「ふむ。『根源』のう。……おい嬢ちゃん、ちょっとその卵、ワシに触らせてみい」


長老がリノの腕の中にある卵に、シワシワの指を這わせます。

ドクン、ドクン……と、卵は長老の魔力に反応して、黄金と漆黒のマーブル模様を強く明滅させました。


「ひゃははっ! こりゃあ傑作じゃ!」


長老は突然、腹を抱えて笑い出しました。


「何がおかしいのよ、お爺ちゃん。こっちは真剣にアレンの馬鹿野郎を探してんのよ!」


リノが食ってかかります。


「いやいや、怒るな嬢ちゃん。……ヴェル坊、お前、この卵が『何』か分かっておらんじゃろ?」


「特異点……魂の器ではないのですか?」


私が眉をひそめると、長老は瓢箪の酒をグビッと煽り、ニヤリと笑いました。


「半分正解で、半分ハズレじゃ。いいか? 『根源』というのはな、死んだ魂が行き着くあの世なんかじゃない。


原初の炎に焼かれたモノが還る、この世界の【ゴミ処理場】兼【リサイクルセンター】みたいな場所じゃ」


「ゴミ処理場……?」


リノが目をパチクリとさせます。


「そうじゃ。

そこで魂はバラバラに解体されて、新しい命として世界にバラ撒かれる。

……だがな、あの三人の阿呆どもは、炎に焼かれる瞬間に、自分たちの魂の『一番濃い部分』をこの卵に避難させおったんじゃよ」


「な……っ!?」


私は絶句しました。


「つまりこの卵はな、あいつらが根源の底からこちらの世界へ戻ってくるための【命綱アンカー】じゃ。……もっと分かりやすく言うならな」


長老は、リノの顔を指差して、意地悪く笑いました。


「『あとでこの卵を目印にして帰るから、絶対に落として割るなよ!』という、あのアレンからの超絶厄介な預かり物っちゅーことじゃ!」


「は? え? じゃあ、アレンたちは生きてるの!?」


リノが、目をまん丸にして卵を見つめました。


「だから根源で解体作業待ちの列に並んどる状態じゃって。

……だが、こっちから引っ張り上げてやらんと、そのうち完全に世界の養分になって消滅するじゃろうな。タイムリミットは、その卵が完全に孵るまでじゃ」


「引っ張り上げるって……どうやって!?」


私が尋ねると、長老は立ち上がり、洞窟の奥にある古い地図を引っ張り出してきました。


「このアンカーをな、世界の魔力が一番薄い場所……つまり、神の光も魔王の泥も干渉できない【無の大穴】に持っていくんじゃ。そこで卵を孵せば、根源と現世が繋がる『扉』が開く」


「無の大穴……そんな場所が、今の帝国にあるのですか?」


「あるわい。……帝国の西の果て。『忘却の荒野』じゃ」


長老が地図の一点を指差しました。


「よっしゃあああッ! 行くわよヴェルりん! 西の果てでも宇宙の果てでも、この卵叩き割ってでもあいつらを引きずり戻してやるわ!!」


リノがタンバリンを頭上に掲げ、雄叫びを上げました。


「ちょっと待てお爺ちゃん! 卵を『叩き割ったら』扉は開かないわよね!?」


「アホか!

普通に温めて孵すんじゃ! 物理で割ったらアンカーが壊れて連中も完全消滅じゃわい!」


「ええっ!? アタシ、鳥みたいにこれ温めなきゃいけないの!? ヴェルりん、あんた男でしょ、温めなさいよ!」

「ふざけるな!

なぜ魔王軍参謀の私が、小脇に卵を抱えて旅をせねばならんのだ!!」


「ギャハハハ! 仲のええ夫婦じゃのう! 道中気をつけてなー!」


ドタバタ、ギャーギャー。

静寂だったはずの大長老の隠れ里は、嵐のような騒音に包まれていました。


私は再びこめかみを押さえ、ひどく痛む胃のあたりをさすりました。

アレン。


貴様という男は、死に底に落ちてなお、私にこれほどのストレスを与え続けるのか。


「ええい、さっさと歩け小娘! 西の果てまで、その騒がしい口を縫い合わせてやろうか!」

「アハハハ! ヴェルりん、顔真っ赤だよ! さあ出発進行ー!!」


帝国暦849年。

主君の帰還という壮大な目的は、なぜか『絶対に割ってはいけない卵のお使いツアー』へと変貌を遂げ、西の荒野へと向かってやかましくスタートしたのでした。

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