第46話:灰被りの鱗、光を呪う白百合 【ガルド】
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「まったく。
人間の英雄というのは、最期の最期まで派手で大迷惑な種族よな」
俺は、頭上にのしかかっていた数トンの巨大な瓦礫を両腕で跳ね除け、灰色の雪が降る地上へと這い出した。
強靭な水鱗族の肉体をもってしても、あの地下宮殿の崩壊と原初の炎の爆風は骨に響いた。あちこちの鱗が剥がれ、自慢の骨槍もひび割れてしまっている。
「レオンの片目や、口の悪い魔法使いの小僧は、無事にあの光る剣(厄介事)を持って逃げおおせたか」
俺は分厚い舌を出して、大気中のマナの匂いを嗅ぎ取った。
俺の主君であった魔王シオンの気配も、共に泥を這ったアレンの気配も、完全に消え失せている。あの炎の中で、彼らがどこへ行き着いたのかは分からない。
だが、俺の果たすべき義理は終わった。
帝都は崩壊し、光の教会も権威を失った。俺は故郷である南の湿地帯――『肥沃な泥濘』へ帰り、生き残った同胞たちと共に、再び静かな泥の生活に戻るだけだ。
「さて、帝国の追手が湧く前に、さっさとこの灰の街から立ち去る……ん?」
瓦礫の山を越えようとした時、俺の耳殻が、微かな金属音と、虫の息のような「声」を拾った。
『ひかり、よ。……我ら、白陽の……浄化を……』
俺は立ち止まり、音のする方向へ瓦礫を退けた。
そこには、全身を灰と泥にまみれさせ、下半身を崩れた柱に挟まれた小柄な人間が倒れていた。
纏っているのは、原型を留めないほどひしゃげた純白の鎧。
胸元には、異端審問局・白陽騎士団の十字の紋章が刻まれている。
魔王シオンの圧倒的な泥の暴力によって全滅したはずの、狂信者どもの生き残り。それも、まだ十代半ばにしか見えない、短い金髪の少女だった。
「おい、人間の小娘。息はあるか」
俺が覗き込むと、少女は虚ろな青い目をうっすらと開けた。
そして、目の前にいる俺――爬虫類の顔と緑の鱗を持つ魔族を見るなり、その瞳に狂気的なまでの『憎悪と信仰の光』を宿したのだ。
「あ、あ、悪魔……! 泥の、化け物……ッ!」
少女は折れた腕を無理やり動かし、傍らに落ちていた刃こぼれだらけの短剣を握りしめると、俺の喉元へ突き立てようとしてきた。
当然、そんな力のない攻撃など、俺の硬い鱗を傷つけることすらできない。カキン、と軽い音を立てて短剣が弾かれる。
「無駄な足掻きだ。
お前たちの信じた神も、光の魔法も、あの大穴の底で全部燃えて無くなった。……おとなしく目を閉じて、土へ還る準備でもするんだな」
俺はため息をつき、背を向けようとした。
こんなところで帝国の騎士にかまっている暇はない。
それに、この出血量と怪我だ。放っておいても数時間で命を落とすだろう。
「待て、待ちなさい……! 私を、穢れた泥の中で死なせる気か……!」
少女が、血を吐きながら俺の尻尾にすがりついてきた。
「私を殺せ!
貴様ら不浄なる者の手で、殉教者として殺すがいい!
私は……白陽騎士団、第七位階騎士・セリア……! 神の光を信じ、最後まで……ッ!」
そこまで叫んで、少女――セリアは完全に意識を失い、泥の中に突っ伏した。
俺は無言のまま、分厚い舌を口の中で転がした。
俺は、ピクリとも動かなくなった少女と、自分の尻尾を掴んだまま離さないその細い指を見比べた。
「チッ。どいつもこいつも、意地っ張りで面倒な連中ばかりだ」
俺は頭を掻きむしり、忌々しげに舌打ちをした。
水鱗族の戦士は、戦場で背を向けた敵は容赦無く殺す。だが、戦う力も持たぬ幼い子供を、ただ泥の中で死なせるのは『戦士の誇り』が許さなかった。
……それに、あのアレンという男と一緒に旅をしたせいで、どうやら俺の中にも「身勝手なお節介」の毒が回ってしまったらしい。
俺は少女の下半身を挟んでいた柱を骨槍の柄でかち上げると、その軽い体をひょいと持ち上げ、肩に担いだ。
「ひかり……かみ、さま」
意識を失ったまま、セリアが譫言のように祈りを紡いでいる。
「神様はお留守だ、小娘。……お前が憎んでやまない、泥の化け物の背中で我慢しろ」
俺は、少女の折れた腕を布で固定してやりながら、崩壊した帝都の南門へと歩き出した。
神の光を絶対と信じ、不浄を殺すことだけを教え込まれてきた狂信の少女騎士。
彼女が目を覚ました時、自分を助けたのが『一番殺すべき泥の魔族』だと知ったら、どんな顔をして喚き散らすだろうか。
「あの口の悪い魔法使い(セト)がいたら、腹を抱えて笑い転げるだろうな」
俺は灰色の雪が降りしきる中、故郷の湿地帯を目指して歩幅を広げた。
帝国暦849年。
光を失った少女と、泥を生きるトカゲの戦士。
決して交わるはずのなかった二人の、最悪で奇妙な帰郷の旅が、瓦礫の街からひっそりと始まった。
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