第45話:泥街の逃亡者、神の不良債権 【カイル】
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「おい、頼むから光るな! 今光ったら見つかるだろ、このポンコツ剣ッ!」
俺は、自分の右手に吸い付いて離れない『灰色の聖剣』を、ボロボロの防水布で必死にぐるぐる巻きにしながら小声で怒鳴った。
帝都の地下水路。
上空で起こった大爆発と崩落から辛くも逃げ延びた俺たちは、悪臭の漂う汚水の川を泥まみれになりながら進んでいた。
俺の右手にあるのは、数時間前まで純白の光を放っていた「神の武器」だ。
だが、一番下で大馬鹿野郎が無理やり自分のマナをねじ込んだせいで、今は白銀の光と、ドス黒い泥の波動がマーブル状に混ざり合った、最悪に禍々しい『灰色』に染まり切っている。
おまけに、俺の意思とは無関係に、敵意を感知すると勝手に脈打って光り出すという最悪のオプション付きだ。
「無駄だぜ、カイル。
そいつは神の傲慢さと、アレンの執念深さを煮詰めたような最悪のキメラだ。布切れ一枚で隠し通せるもんじゃねえよ」
前を歩くセトが、泥水に足を取られながら鼻で笑った。
「笑い事じゃねえよ! ゼクスって奴の部下が、もうそこまで来てるんだろ!?」
俺は泣きそうになりながら、剣を抱え込んだ。
「静かにしろ。追いつかれたぞ」
最後尾で大剣を構えながら後ずさっていたレオンのおっさんが、低い声で警告した。
ピチャ……ピチャ……。
暗い水路の奥から、足音ともつかない、水面を滑るような不気味な音が複数近づいてくる。
「情報部特務室の『猟犬』どもだ。
教会の狂信兵よりずっと厄介だぞ。
あいつらは神なんか信じちゃいない。ただ任務で人を殺すだけの、純粋な人殺しの機械だ」
レオンの残された左目が、暗闇の中で獣のように鋭く光った。
ヒュッ!
風切り音すらないまま、暗闇から無数の毒針が飛んできた。
「『泥壁』ッ!」
セトが杖を振りかざすと、足元の泥水が瞬時に硬化して壁を作り、毒針を弾き返した。
「チッ、魔法の詠唱より速いか……! 坊主、俺の背中から離れるなよ!」
レオンが水しぶきを上げて前に飛び出し、暗闇に潜んでいた黒装束の暗殺者二人の胴体を、巨大な鉄剣で容赦なく薙ぎ払った。
だが、猟犬どもは声一つ上げずに水路へ沈み、すぐに別の三人が影から湧き出してくる。
「キリがねえ! カイル、お前もぼーっと突っ立ってねえで、その右手の『不良債権』を少しは働かせろ!」
セトが、俺の頭越しに爆発薬の小瓶を投げながら叫んだ。
「無茶言うな! これ、どうやって使うんだよ!?」
俺がパニックになりながら灰色の剣を振り回した、その瞬間。
『――不浄なる敵意。排除スル。排除……』
俺の脳内に、神聖さと泥の濁りが混ざったような、不気味な合成音声が響いた。
直後、灰色の聖剣がドクン! と大きく脈打ち、俺の右腕の筋力を強制的に支配した。
「う、うおおッ!? 勝手に、腕がァァァッ!」
俺の体は、剣に引っ張られるようにして、暗殺者たちのど真ん中へとすっ飛んでいった。
「馬鹿ッ、突っ込むな!」とレオンが叫ぶが止まらない。
俺は目を固く瞑り、ただ右腕が振り抜かれるのを感じた。
ズバァァァァァンッ!!!
水路の中で、灰色の閃光が炸裂した。
それは光の浄化と、泥の腐敗が同時に襲いかかるような、理不尽極まりない一撃だった。
剣が通った軌跡の汚水は『聖なる光』によって透き通った真水に変わるが、その直後、周囲の石組みの壁は『泥の呪い』によってドロドロに腐り落ちる。
「な、なんだ、このデタラメな威力」
暗殺者たちが、灰色のマナの余波に巻き込まれ、声もなく泥の底へ沈んでいった。
「はぁ、はぁ」
俺は、自分の右腕の感覚が完全に麻痺しているのに気づき、その場にへたり込んだ。
一振りしただけで、体中のマナを根こそぎ持っていかれたような疲労感だ。
「おいおい……教会の聖剣と、魔王の泥が、完全に一つの剣の中でケンカしながら同居してやがる。
……あのアレンの野郎、とんでもねえ置き土産を残して消えやがったな」
セトが、崩れ落ちた壁と浄化された水路を見比べながら、呆れ果てた顔で息を吐いた。
「だが、これで水路の出口は開いた。急ぐぞ」
レオンが俺の首根っこを掴んで、強引に立たせた。
「ゼクスは、この程度で諦める男じゃない。
すぐに第二陣、第三陣の追手を放ってくるだろう。俺たちは、今日から帝国の最重要指名手配犯だ」
「冗談じゃねえ……! なんで俺が、こんな……!」
俺は灰色の剣を睨みつけた。
剣は、先ほどの暴走が嘘のように、今は静かに、ただ薄気味悪く脈打っているだけだった。
「諦めな、カイル。
その剣を腕から切り落としたくなかったら、俺たちと一緒に逃げるしかねえ」
セトが、俺の背中を杖で小突いた。
「南へ向かうぞ。
あのアレンたちが目指していたような、帝国の目も、神様の光も届かない『泥の底』を探すんだ。……お前のその、呪われた右手の使い方を覚えるためにな」
水路の出口から、灰色の雪が降る外の景色が見えてきた。
かつては帝都の最下層でゴミを漁るだけのガキだった俺が、今や世界で一番厄介な『神様と魔王のハーフ』を握らされて、帝国全土から追われる身になっちまった。
「クソッタレ。
あの眼帯のおっさんと、口の悪い魔法使いに会ったのが、俺の運の尽きだ」
俺は悪態をつきながら、灰色の空の下、泥濘む帝国の外へと足を踏み出した。
帝国暦849年。
英雄なき世界で、最も泥臭くて、最も不格好な「次世代の勇者」の逃避行が、こうして始まったのだ。
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