表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泥濘のレクイエム ―英雄の残火と、継ぎ接ぎの神魔―  作者: 堀吉 蔵人
第2部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/58

第44話:灰燼のゆりかご、悪魔と踊り子の密約 【リノ】

ダークファンタジー群像劇『泥濘のレクイエム』、毎日20時更新中です。

黄金の炎が消えた後の巨大なすり鉢状の縦穴には、温かくて美しい「灰」が、雪のように降り積もっていました。


「アレン。エリスさん」


私は、膝まで灰に埋まりながら、三人が抱き合って消えた中心地へと歩いていました。

涙で視界がぼやけますが、立ち止まる気にはなれません。

上空では、生き残ったセト君やレオンのおじさんが、あの馬鹿げた『灰色の聖剣』を握らされて気絶したカイルという男の子を抱え、崩落する帝都の地下から必死に脱出しようとしています。


「早く逃げろ」とセト君は叫びました。帝国の追手がすぐそこまで来ていると。


でも、私はどうしても確かめたかったのです。

あの身勝手で不器用な私の相棒が、エリスさんや魔王と一緒に、ただの消し炭になって終わるなんて、絶対に信じられなかったから。


「あった」


灰の中心。

そこに突き刺さっていたのは、ボロボロに刃こぼれし、刀身の半分が溶け落ちた『鉄剣』でした。

アレンが最後まで握りしめていた、ただの鉄の剣。

私はそれにすがりつくように膝をつき、灰を素手で掘り返しました。


遺骨でも、服の切れ端でもいい。彼らがここにいたという証明が欲しかった。


「え?」


指先が、何か硬くて、ひどく温かいものに触れました。


灰の中から掘り出したのは、両手で抱えるほどの大きさの『卵』でした。

石のように硬い殻。


けれど、その表面には、エリスさんのような純白、魔王の泥のような漆黒、そして原初の炎の黄金色が、美しいマーブル模様を描いて渦巻いています。


ドクン、と。

卵越しに、微かな脈動が私の掌に伝わってきました。


「なんだ、これ……生きてる……?」


「それは『特異点』ですよ、踊り子殿」


背後から、ひどく冷たく、滑らかな声が響きました。

私が弾かれたように振り向くと、灰の影から一人の男が音もなく姿を現しました。

漆黒の法衣に身を包んだ、魔王軍の参謀・ヴェル。


彼もまた、主を失い、この灰の底に取り残された亡霊の一人です。


「あんた……! 魔王の腰巾着が、アタシを殺しに来たの!?」


私はタンバリンを構え、卵を背中に庇いました。


「ご冗談を。私は今、ひどく感傷的な気分なのです」


ヴェルは肩をすくめ、落ちていたアレンの折れた鉄剣を一瞥しました。


「あの原初の炎は、すべてを焼き尽くす破壊の熱ではない。……すべてを一度燃やし、真っ白なリセットに還すための、世界の初期化装置だったというわけだ。

……そして、その中心にいた三人の魂は、炎に焼かれて消滅したのではない」


「じゃあ……アレンたちは、どこに行ったの!?」


「『根源(あちら側)』でしょうな」


ヴェルは、帝都の遥か上空、灰色の雲の向こうを指差しました。


「魂が行き着く先。

神の理も、泥の呪いも届かない、世界の裏側。

……彼らは炎を鍵にして、そこへ至る扉を開き、世界から姿を消したのです」


「根源」


私は、自分の腕の中に抱えた卵の鼓動を確かめました。


「そして、その卵。

……三人の強烈なマナと魂の残滓が、原初の炎の中で結合し、受肉しようとしている『器』です」


ヴェルが、私の手元を鋭い瞳で見つめます。


「それが孵る時、中から何が出てくるのか……私にも想像がつかない。

世界を滅ぼす新たな魔王か、それとも神をも凌駕する力か。……あるいは、彼らがこちらの世界へ帰還するための『道標』となるのか」


その言葉を聞いた瞬間、私の中で、止まっていた心臓が再び大きく跳ねるのを感じました。


「帰ってくる。アレンが、この卵を通って?」


「可能性の話です。……ですが、試してみる価値はある」


ヴェルはゆっくりと私に近づき、片膝をついて、まるで淑女に接するように手を差し出しました。


「踊り子殿。貴女は、あの身勝手な男を引っ叩いてやりたいのでしょう?」

「当たり前じゃない。

アタシを置いてけぼりにしたんだから、百発は殴らないと気が済まないわ」


「奇遇ですね。

私も、我が主である魔王シオン様を連れ去ったあの男を、八つ裂きにしてやりたいのですよ」


ヴェルは、微かに口角を上げ、極めて悪魔的な笑みを浮かべました。


「利害は一致しています。

……その卵を狙って、帝国の残党や、新たな野心家たちが血眼になって襲ってくるでしょう。貴女一人では、それが孵るまで守りきれない」


「あんたが、アタシを守るって言うの? 魔王の参謀が?」


「ええ。

主君の魂の行方を追うためなら、私は人間の小娘の盾にでもなりましょう」


私は、差し出されたヴェルの青白い手と、自分の泥だらけの手を交互に見ました。

アレンはもういない。エリスさんも。

私が今まで寄りかかっていた居場所は、全部燃えてなくなってしまった。


なら、私が新しく作るしかない。

この卵を孵して、あの馬鹿野郎を引きずり戻すための、新しい旅を。


「足手まといになったら、置いていくからね。悪魔のお兄さん」


私は、ヴェルの手を力強く握り返しました。


「よろしく頼むわ。アタシたちで、世界の裏側の扉をこじ開けてやろうじゃない!」


「ええ。せいぜい、私を退屈させないでくださいよ。リノ殿」


上空から、帝国の追手たちが放つ探縛の光が、何筋も降り注いできました。

私たちは顔を見合わせ、卵を大事に抱えたまま、瓦礫の影へと身を翻しました。


帝国暦849年。

帝都の最下層から、未練に縛られた踊り子と、冷徹な悪魔の参謀という、世界で一番奇妙なバディの追跡行が、静かに幕を開けました。

感想・ブクマ・評価、どれも本当に励みになっています。ありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ