第44話:灰燼のゆりかご、悪魔と踊り子の密約 【リノ】
ダークファンタジー群像劇『泥濘のレクイエム』、毎日20時更新中です。
黄金の炎が消えた後の巨大なすり鉢状の縦穴には、温かくて美しい「灰」が、雪のように降り積もっていました。
「アレン。エリスさん」
私は、膝まで灰に埋まりながら、三人が抱き合って消えた中心地へと歩いていました。
涙で視界がぼやけますが、立ち止まる気にはなれません。
上空では、生き残ったセト君やレオンのおじさんが、あの馬鹿げた『灰色の聖剣』を握らされて気絶したカイルという男の子を抱え、崩落する帝都の地下から必死に脱出しようとしています。
「早く逃げろ」とセト君は叫びました。帝国の追手がすぐそこまで来ていると。
でも、私はどうしても確かめたかったのです。
あの身勝手で不器用な私の相棒が、エリスさんや魔王と一緒に、ただの消し炭になって終わるなんて、絶対に信じられなかったから。
「あった」
灰の中心。
そこに突き刺さっていたのは、ボロボロに刃こぼれし、刀身の半分が溶け落ちた『鉄剣』でした。
アレンが最後まで握りしめていた、ただの鉄の剣。
私はそれにすがりつくように膝をつき、灰を素手で掘り返しました。
遺骨でも、服の切れ端でもいい。彼らがここにいたという証明が欲しかった。
「え?」
指先が、何か硬くて、ひどく温かいものに触れました。
灰の中から掘り出したのは、両手で抱えるほどの大きさの『卵』でした。
石のように硬い殻。
けれど、その表面には、エリスさんのような純白、魔王の泥のような漆黒、そして原初の炎の黄金色が、美しいマーブル模様を描いて渦巻いています。
ドクン、と。
卵越しに、微かな脈動が私の掌に伝わってきました。
「なんだ、これ……生きてる……?」
「それは『特異点』ですよ、踊り子殿」
背後から、ひどく冷たく、滑らかな声が響きました。
私が弾かれたように振り向くと、灰の影から一人の男が音もなく姿を現しました。
漆黒の法衣に身を包んだ、魔王軍の参謀・ヴェル。
彼もまた、主を失い、この灰の底に取り残された亡霊の一人です。
「あんた……! 魔王の腰巾着が、アタシを殺しに来たの!?」
私はタンバリンを構え、卵を背中に庇いました。
「ご冗談を。私は今、ひどく感傷的な気分なのです」
ヴェルは肩をすくめ、落ちていたアレンの折れた鉄剣を一瞥しました。
「あの原初の炎は、すべてを焼き尽くす破壊の熱ではない。……すべてを一度燃やし、真っ白な灰に還すための、世界の初期化装置だったというわけだ。
……そして、その中心にいた三人の魂は、炎に焼かれて消滅したのではない」
「じゃあ……アレンたちは、どこに行ったの!?」
「『根源(あちら側)』でしょうな」
ヴェルは、帝都の遥か上空、灰色の雲の向こうを指差しました。
「魂が行き着く先。
神の理も、泥の呪いも届かない、世界の裏側。
……彼らは炎を鍵にして、そこへ至る扉を開き、世界から姿を消したのです」
「根源」
私は、自分の腕の中に抱えた卵の鼓動を確かめました。
「そして、その卵。
……三人の強烈なマナと魂の残滓が、原初の炎の中で結合し、受肉しようとしている『器』です」
ヴェルが、私の手元を鋭い瞳で見つめます。
「それが孵る時、中から何が出てくるのか……私にも想像がつかない。
世界を滅ぼす新たな魔王か、それとも神をも凌駕する力か。……あるいは、彼らがこちらの世界へ帰還するための『道標』となるのか」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で、止まっていた心臓が再び大きく跳ねるのを感じました。
「帰ってくる。アレンが、この卵を通って?」
「可能性の話です。……ですが、試してみる価値はある」
ヴェルはゆっくりと私に近づき、片膝をついて、まるで淑女に接するように手を差し出しました。
「踊り子殿。貴女は、あの身勝手な男を引っ叩いてやりたいのでしょう?」
「当たり前じゃない。
アタシを置いてけぼりにしたんだから、百発は殴らないと気が済まないわ」
「奇遇ですね。
私も、我が主である魔王シオン様を連れ去ったあの男を、八つ裂きにしてやりたいのですよ」
ヴェルは、微かに口角を上げ、極めて悪魔的な笑みを浮かべました。
「利害は一致しています。
……その卵を狙って、帝国の残党や、新たな野心家たちが血眼になって襲ってくるでしょう。貴女一人では、それが孵るまで守りきれない」
「あんたが、アタシを守るって言うの? 魔王の参謀が?」
「ええ。
主君の魂の行方を追うためなら、私は人間の小娘の盾にでもなりましょう」
私は、差し出されたヴェルの青白い手と、自分の泥だらけの手を交互に見ました。
アレンはもういない。エリスさんも。
私が今まで寄りかかっていた居場所は、全部燃えてなくなってしまった。
なら、私が新しく作るしかない。
この卵を孵して、あの馬鹿野郎を引きずり戻すための、新しい旅を。
「足手まといになったら、置いていくからね。悪魔のお兄さん」
私は、ヴェルの手を力強く握り返しました。
「よろしく頼むわ。アタシたちで、世界の裏側の扉をこじ開けてやろうじゃない!」
「ええ。せいぜい、私を退屈させないでくださいよ。リノ殿」
上空から、帝国の追手たちが放つ探縛の光が、何筋も降り注いできました。
私たちは顔を見合わせ、卵を大事に抱えたまま、瓦礫の影へと身を翻しました。
帝国暦849年。
帝都の最下層から、未練に縛られた踊り子と、冷徹な悪魔の参謀という、世界で一番奇妙なバディの追跡行が、静かに幕を開けました。
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