第41話:神の暴走特急、光と泥の激突 【カイル】
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「おい、頼むから離れてくれよ。なあ!」
俺は、自分の右手に吸い付いて離れない『聖剣』を、壁の岩肌にガンガンと叩きつけていた。
だが、剣は傷一つどころか欠けすらしない。それどころか、俺が乱暴に扱えば扱うほど、「愚かな子羊よ」とでも言いたげな、腹の立つほど神々しい白銀の光を強めるだけだった。
「無駄だぜ、カイル。
神様ってのは一度ロックオンした相手を、自分が満足するまで絶対に離さねえ。
……昔、俺の知り合いの大馬鹿野郎も、そいつのせいで人生を滅茶苦茶にされたからな」
セトが、俺の無様な抵抗を見ながら、呆れたように杖の先で肩を叩いた。
「大馬鹿野郎……って、あんたらがさっきから言ってる、一番下にいる奴のことか?」
「ああ。そいつが数年前に捨てた『厄介な責任』が、今お前の右手でピカピカ光ってるってわけだ」
レオンが、油引きの松明を掲げ直しながら、深くため息をついた。
俺は頭を抱えたくなった。
ただの運び屋の仕事だったはずなのに、なんで帝国の教皇すら拝むような伝説の剣に懐かれなきゃならないんだ。
こんな光る棒を持ったまま泥街に帰ったら、一秒で異端審問局に火あぶりにされる。
「とにかく、一番下まで行くしかねえ。元の持ち主に、この剣を無理やりでも押し付けてやる」
俺が覚悟を決めて、再び暗く湿った螺旋階段を下りようとした、その時だった。
ズズンッ……!!
足元の石段が、いや、巨大な縦穴の空間全体が、ひどく嫌な音を立てて揺れた。
「地震か!?」
俺は慌てて壁に張り付いた。
「違う……! 下からだッ!! 坊主、伏せろ!!」
レオンが血相を変え、俺の襟首を掴んで強引に地面に引き倒した。
直後。
ドォォォォォォォォォンッ!!!
鼓膜が破れるかと思うほどの轟音と共に、真っ暗な縦穴の底から、とてつもない爆風が吹き上がってきた。
それは、ただの風じゃない。
腐った土の臭いと、肌が焼け焦げるような黄金の熱波、そして何万匹もの虫が這い回るような、おぞましい『黒いマナ』の奔流。
「チィッ!! 『土の防壁』!!」
セトが杖を突き立て、俺たちの前に分厚い岩の壁を出現させた。
だが、その防壁すら、下から突き上げる異常な密度のマナに触れた瞬間、ボロボロと泥に変わって崩れ落ちていく。
「な、なんだよこれ……! 下で何が起きてんだ!?」
俺は吹き飛ばされそうになる体を、必死に石段にしがみついて堪えた。
「最悪だ。最悪の事態だぞ、レオン」
セトが、崩れゆく壁を魔力で必死に支えながら、ギリッと歯を食いしばった。
「あの馬鹿が命がけで繋ぎ止めてた『鳥籠の鍵』が壊れやがった。……魔王が、完全に暴走してやがる!!」
「魔王だって……!? 嘘だろ、数年前に英雄アレンが相打ちで殺したんじゃ」
帝都の人間なら誰でも知っている歴史を口にした俺に、レオンが残された左目を鋭く光らせた。
「あの男が、惚れた女を殺せるわけがないだろう。
……英雄は魔王を殺さず、共に泥の底へ堕ちたんだ。……だが、その均衡が今、何者かの手によって崩された!」
ゴゴゴゴゴ……!
下から湧き上がる黒い泥の海が、螺旋階段を猛スピードで飲み込み、俺たちのいる場所まで迫ってきていた。
もはや、足場は数メートルしか残っていない。
その時。
俺の右手に握られた『聖剣』が、突如として太陽のような極光を放ち始めた。
『――不浄なる闇。滅ぼすべし。滅ぼすべし』
俺の脳内に、再びあの絶対的な声が響く。
剣は、下から迫り来る「魔王の泥」を、己の存在意義を懸けた『最大の敵』として認識したのだ。
「うおッ!? ま、待て、引っ張るな!!」
俺の右腕が、剣の恐ろしい力によって、ひとりでに下へ――黒い泥の海が渦巻く縦穴の中心へと向けられた。
剣自体が、敵を求めて飛び込もうとしているのだ。
「馬鹿野郎! 剣に振り回されるな、ガキ!」
セトが俺の腕を掴もうとしたが、聖剣の光がそれを弾き飛ばした。
「セト、俺たちも行くぞ!」
レオンが、大剣を構えたまま、崩れ落ちる足場を蹴った。
「あいつ(アレン)が魔王の暴走を止められずにいるなら、今の狂った泥を斬り裂けるのは、坊主の手にあるその『神の光』だけだ!」
「冗談じゃねえ! 俺はただの運び屋だぞォォォッ!!」
俺の絶叫を置き去りにして、聖剣はまるで暴走特急のように俺の体を引っ張り、真っ逆さまに縦穴の底へと急降下していった。
下から迫り来るのは、巨大な口を開けたドロドロの魔王の闇。
俺の右手で、すべてを焼き払おうと狂ったように輝く神の光。
俺は半泣きになりながら、泥と光が激突する地獄のど真ん中へと突っ込んでいった。
帝国暦849年。
帝都の最下層。
かつて英雄が捨てた剣が、スラムの少年を引きずりながら、再び泥まみれの主のもとへ帰還しようとしていた。
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