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泥濘のレクイエム ―英雄の残火と、継ぎ接ぎの神魔―  作者: 堀吉 蔵人
第2部

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第39話:灰色の特等席、盤上の泥遊び 【ゼクス】

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「はっ。

最高だな、こいつは。神様ってのは、本当に悪趣味で節操がない」


俺は執務室の机に足を放り投げ、安酒のスキットルを傾けながら、喉の奥で笑いを噛み殺した。

帝都の最上層。


かつては教皇がふんぞり返っていた豪奢な部屋を、今は俺が特務室の仮本営として占拠している。


窓の下には、数年前の決戦で半ば泥に沈み、スラムと化した帝都の『泥街』が広がっていた。


「室長。笑い事ではありませんよ」


部下のヴェインが、胃を痛めたような顔で報告書を震える手で持っている。


「泥街で雇ったあの貧民のガキ(カイル)ですが……地下中層で異端審問局の『狂信兵』と遭遇。その際、荷物として持たせていた『箱』が内側から弾け……ガキが、あろうことか【聖剣】に選ばれました」


「だから笑ってるんだよ、ヴェイン」


俺は報告書をひったくり、乱暴に机に放り投げた。


「世界を救うはずの神の光が、その日暮らしの泥棒のガキの右手に吸い付いたんだぜ?

綺麗事で塗り固められた教会の司祭どもが聞いたら、泡を吹いて卒倒する極上の喜劇じゃないか」


聖剣。

数年前、アレンが広場に捨て置き、俺が教会の宝物庫から「ちょいと拝借」してきた世界最悪の厄介モノ。

俺はあれを、ただの荷物としてアレンの元へ送り届けるつもりだった。


だが、剣自体が己の新たな鞘としてスラムのガキを選んだのなら、話はさらに面白くなる。


「護衛につけた隻眼の騎士レオンと魔法使い(セト)も、さぞかし頭を抱えているだろうな。自分たちが守ろうとしているガキが、かつてのアレンを追い詰めた『呪いの光』を握りしめちまったんだからな」


「それから、もう一つ。南の辺境からの報告です」


ヴェインが、さらに青ざめた顔で別の羊皮紙を差し出した。


「異端審問局の精鋭部隊が、黒土教の巡礼団と接触。

……しかし、交戦の痕跡は一切なく、彼らの放った光の魔法はすべて『泥に喰われ』、部隊は完全に無力化されて敗走したとのことです」


「ほう」


俺は目を細め、スキットルの酒を飲み干した。


「巡礼団を率いているのは、盲目の女だそうです。

……十中八九、数年前にアレン様が命を懸けて救った、あのエリスという娘でしょう。彼女が、かつての聖女シオンの力を……いえ、それ以上の『何か』を操っているとしか思えません」


「くっ、ふふっ。あははははッ!!」


俺はついに堪えきれず、腹を抱えて爆笑した。


「傑作だ!

アレンの奴、自分が安全な場所へ逃がしたはずのお姫様が、自分の落とした泥をすすって『最恐の魔女』に育っちまうとは夢にも思ってないだろうな!」


盤上の駒が、俺の想定をはるかに超えて狂い始めている。

アレンは、エリスを綺麗なまま生かしておくために、自分が泥(魔王シオン)を被って地下の底へ引きこもった。

だが、その愛しい女は今、自ら進んで泥にまみれ、アレンの罪ごと彼を抱きしめるために、帝都の地下へ向かって猛烈な勢いで北上してきているのだ。


俺は立ち上がり、壁に掛けられた巨大な帝都の地下構造図の前に立った。

そこに、三つの赤いピンを突き立てる。


一つ。地下中層を降下中の、聖剣を握ったガキと、アレンの旧友たち。

二つ。


地上から帝都を目指し、光を泥に変えながら進むエリスの巡礼団。

そして三つ。


最深部の地下宮殿で、狂った魔王に寄り添い、死んだように生きているアレン。


「アレン。

お前は、自分がすべてを終わらせたつもりでいるようだがな。残念だったな、世界はお前を許しちゃくれない」


俺は、一番下のピン――アレンのいる場所を、指先でトントンと叩いた。


お前の罪の象徴であるエリスが、泥を纏って迎えに来る。

お前が捨てた神の光(聖剣)が、新しい持ち主を連れて押し寄せる。

そして、お前が愛撫している魔王の背後には……親友を殺された憎悪を研ぎ澄ます侍女ミナの刃が、今か今かとその首筋を狙っている。


「さあ、どうする大泥棒。……お前が必死に築き上げた『偽りの鳥籠』が、もうすぐ木っ端微塵に吹き飛ぶぞ」


俺は窓辺に戻り、灰色の雲に覆われた帝都の空を仰いだ。

教会の光でも、魔王の闇でもない。

人間の執着と愛憎が入り混じった、この上なく醜く、美しい泥の饗宴。


「神様を屈服させるか、女の愛に潰されるか。……お前の本当の結末フィナーレ、この特等席で最後まで見届けさせてもらうぜ」


帝国暦849年。

帝国の影の支配者は、地下深くで交差しようとする三つの運命を前に、極上の愉悦に顔を歪めていた。

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