第34話:泥街の野犬と、細長い箱 【カイル】
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「チッ、また教会の『お掃除』かよ。いい加減にしろっての」
俺――カイルは、酸っぱい臭いのする路地裏のゴミ山に身を潜めながら、舌打ちをした。
帝都の最下層、通称『泥街』。
数年前、北からやってきた魔王の軍勢によって帝都の半分が泥に沈んで以来――帝都決戦からもう三年になるというのに――上の連中(貴族や教会の司祭ども)はヒステリックに「不浄なもの」を狩りまくっている。少しでも泥に汚れた服を着ていれば「邪教徒」として火あぶりにされる、イカれた時代だ。
泥街には、かつての帝都の面影はもうほとんど残っていない。
石畳は陥没し、腐った水路から立ち昇る蒸気がいつも霞のように街を覆っている。崩壊した大通りの突き当たりには、傾いた英雄像が半分泥に沈んで立っていた。光輝く聖剣を掲げたその銅像は、もう誰にも拝まれていない。鳥の糞よけの台にされて、浮浪児たちが下でカードゲームをしている。俺もよくそこで遊んだ。
俺は泥街で生まれた。親の顔は知らない。覚えているのは、泥の匂いと、空腹と、走ることだけだ。五つの頃から盗みで食い繋ぎ、十になる頃には「足の速いガキ」として運び屋の下っ端に使われるようになった。今は十五。この街で十五まで生き延びたことだけが俺の実績だ。
「おい、そこの路地も探せ! 異端のネズミが一匹逃げ込んだはずだ!」
白陽騎士団の連中が、ピカピカの鎧を鳴らして怒鳴り散らしている。
あいつらが泥街に来ると、必ず何人か消える。「浄化」ってやつだ。浄化された奴がどこに行くのかは、誰も知らない。
俺は息を殺し、背中に背負った『荷物』の紐をきつく締め直した。
俺の仕事は、この泥街でヤバい代物を運ぶ「運び屋」だ。盗品、違法なポーション、たまに死体。
だが、今日背負っているこの荷物は、今まで扱ってきたどんなブツよりも薄気味悪かった。
全体を分厚い防水布と鎖で何重にもグルグル巻きにされた、細長い箱。
依頼主は、真昼間から酒臭い息を吐いていた、痩せぎすの不気味な男だった。
軍の高官が着るような黒い外套を羽織っていたが、その目は完全にイカれていた。
『――これを、帝都の真下。
誰も近づかない旧地下聖堂の、そのまた奥にある【底なしの泥穴】へ落としてこい。
中身は絶対に開けるなよ。
開けたら最後、お前は一生、神様に付きまとわれることになるからな』
男はそう言って、前金として俺が一生遊んで暮らせるほどの金貨を寄越したのだ。
正直、途中で捨てて逃げようかと何度も思った。この箱、時々内側から微かに「脈打つ」ような振動が伝わってくるのだ。
おまけに、背負っていると異常なほど体が軽く感じられ、傷の治りも早い。まるで箱自体が、強烈な『光の魔法』を帯びているみたいに。
「見つけたぞ! そこにいるな、ネズミめ!」
「げっ」
ゴミ山から足が滑り、空き缶を蹴っ飛ばしてしまった。
三人の白陽騎士が、殺気をギラつかせて光の剣を抜く。
「ま、待てよお兄さんたち! 俺はただの貧民で」
「泥街のゴミはすべて不浄だ! 神の慈悲をもって浄化してやる!」
問答無用で振り下ろされる光の刃。
俺は目を瞑り、死を覚悟した。
ガキィィィンッ!!!
だが、俺の体が真っ二つになることはなかった。
耳をつんざくような金属音と共に、俺の目の前に「ボロボロの黒い大剣」が突き刺さっていたのだ。
「おいおい、血の気の多い連中だな。
神様ってのは、ガキを刻んで喜ぶような悪趣味なヤツだったか?」
振り返ると、廃屋の屋根の上に、一人の男が座っていた。
無精髭を生やし、右目に黒い眼帯をした、薄汚れた傭兵風の男。
だが、その残された左目には、俺を圧倒するような強烈な鋭さが宿っていた。
「き、貴様は何者だ! 教会の正義を邪魔立てする気か!」
「ただの通りすがりの『元・騎士』さ」
眼帯の男は屋根から飛び降りると、地面に突き刺さった大剣を軽々と片手で引き抜いた。
「立てよ、坊主。その背中の厄介な荷物、お前一人じゃ到底『一番下』までは運べねえぞ」
帝国暦849年。帝都決戦から、三年が過ぎた。
帝都の泥の底で、俺と、この胡散臭い眼帯のおっさん(レオン)との、最悪に泥臭い旅が始まった。
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