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泥濘のレクイエム ―英雄の残火と、継ぎ接ぎの神魔―  作者: 堀吉 蔵人
第3章 黒土の祈りと、泥濘の帝都

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33/60

第33話:泥に溶ける王冠(最終回) 【ヴェル】

お読みいただきありがとうございます。毎日20時に更新しています。

数日後。

帝都を飲み込んでいた泥は引き、魔王軍は跡形もなく姿を消しました。

帝国は「英雄アレンが自らの命と引き換えに魔王を相打ちで滅ぼした」という、救いようのない、けれど都合の良い『綺麗な嘘』を再び歴史に刻むことでしょう。


一方、私たちは大陸の最果て、地図にも載らない腐朽した地下宮殿へと辿り着いていました。

帝国の追手も、光の神の視線も届かない、泥と静寂だけが支配する場所。


「ヴェル。そこにいるのでしょう」


奥の玉座から、シオン様の……いえ、我が主の声が響きました。

その隣には、かつての白銀の鎧を脱ぎ捨て、黒い粗末な衣を纏った男が座っています。

アレン。

彼はもはや剣を握ることはありません。


その手は、常に魔王の冷たい指先を握り締め、彼女の暴走するマナをなだめるためだけに存在していました。


「ハッ。御前を失礼いたします。今後の軍備の再編について」


「そんなものは、もういらないわ」


魔王シオンが、アレンの肩に頭を預け、退屈そうに告げました。


「私は、この人がいればそれでいい。

……この人が、私を泥の中から引きずり出した。……だから、この人が死ぬまで、私はここでこの人の『罪』を愛で続けるわ」


アレンは何も答えませんでした。

その瞳には、救済も、平穏もありません。


ただ、自分のしでかした取り返しのつかない結果を、生涯をかけて見届けようとする、静かな狂気があるだけです。


「承知いたしました」


私は深く頭を下げ、その場を下がりました。

もはや、大陸全土を支配する力など、今の我が主には必要ないのでしょう。

彼女は、世界よりも重い『一人の男の人生』を、完全に手中に収めたのですから。


宮殿の外に出ると、湿った風が吹き抜けていきました。

私は、手入れの行き届いた杖を突きながら、灰色の空を見上げました。


歴史に名を残すのは、いつだって美しい嘘ばかり。

この地下の奥深くで、かつての英雄と魔王が、互いの傷を舐め合いながら、泥にまみれた平穏を享受しているなど、誰が信じるでしょうか。


エリスという娘は、リノたちと共に南の地へ逃げ延びたとの報告が入っています。

彼女は一生、アレンという男が自分を救うために何を捨て、誰の隣で眠っているのかを知らずに生きていく。


……いや、あるいは、知ってなお、その残酷な幸福を噛み締めて生きていくのかもしれません。


「光と闇。英雄と魔王……。結局、最後はただの『寂しがり屋の二人』に落ち着いたか」


私は、足元の泥の中に、一輪だけ咲いた小さな白い花を見つけました。

それは、シオン様がかつて愛した土から、魔王の闇に耐えて芽吹いた、奇跡のような命の破片。


「お幸せに、とは言えんな。アレン」


私はその花を一度だけ一瞥し、闇の奥へと歩き出しました。

彼らが選んだのは、天国でも地獄でもない。

ただ、どこまでも深く、どこまでも重い、二人だけの泥濘。


帝国暦846年。冬。

英雄譚は、最も醜く、最も美しい「沈黙」をもって、幕を閉じました。


後に残されたのは、凍てつく大地と、静かに降り積もる、灰色の雪だけでした。

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