第31話:泥濘に咲く、最後の抱擁 【リノ】
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「勝手なこと言わないでよ、アレン!」
私は我慢できずに、二人の間に割って入りました。
頬を煤で汚したまま、私はアレンの胸ぐらを掴もうとして――そのあまりの細さに、また涙が出そうになりました。
「あんた、自分のことしか考えてない!
自分の罪を片付けたいだけでしょ!? 残される側の気持ち、少しは考えなさいよ!
エリスさんを一人にして、自分だけカッコつけて死ぬつもり!?」
私の叫びに、アレンは悲しそうに目を細めました。
「リノ。
……今まで、ありがとうな。お前の明るさに、俺は何度も救われたよ」
「お礼なんていらない! 欲しくない!」
私はアレンを突き飛ばしました。
彼が私に向けるのは、いつだって「感謝」だけ。
その奥にある特別な場所には、最初から最後まで、一ミリだって私は入れなかった。
「リノさん。……ありがとう。この人を支えてくれて」
エリスさんが、私を静かに見つめました。
その瞳には、私への嫉妬なんて欠片もありませんでした。ただ、同じ人を愛してしまった者同士の、ひどく悲しい連帯感。
彼女はアレンに向き直り、今度は泣かずに、凛とした声で告げました。
「アレン。
……私、許さないわよ。
あなたが帰ってこなかったら、一生、あなたのことを呪ってやるんだから。
……私を一人にして、自分だけ聖女様のところへ行くなんて、絶対に許さない」
アレンは、一瞬だけ目を見開きました。
そして、彼はゆっくりとエリスさんを抱き寄せました。
泥だらけの腕で、数年間、ただ触れることさえ叶わなかった、その温もりを確かめるように。
「ああ。……必ず、戻る」
それは、嘘つきな元英雄の、人生で最後になるかもしれない誓いでした。
アレンはエリスさんを放すと、一度も振り返らずに、燃える帝都の街並みへと歩き出しました。
その隣には、短剣を弄ぶゼクスさんと、骨槍を担いだガルドさん、そして「付き合ってやるよ、大馬鹿野郎」と悪態をつくセト君。
泥だらけの戦士たちの背中。
それを見送る私の隣で、エリスさんは崩れ落ちるように膝をつきました。
「リノさん。私、怖いの」
彼女が、私の手を握りました。その手は、驚くほど冷たかった。
「アレンは、自分を許してほしいなんて思ってない。
あの子……魔王シオンに、自分を殺させて、罪を終わらせようとしている気がするの」
「させないよ」
私は、エリスさんの手を強く握り返しました。
「あの馬鹿は、アタシが何度も死の淵から連れ戻したんだもん。
……エリスさんの呪いを解くために、何万回も泥水を啜ってきたんだもん。……あんなところで、簡単に終わらせてたまるもんですか」
私は、背嚢からタンバリンを取り出しました。
叩く気力なんてなかった。けれど、これを持っていないと、私はただの「置いていかれた女の子」に戻ってしまう気がしたから。
帝国暦846年。12月。
帝都の中央、アレンの銅像が建つ広場では、魔王となった聖女が、愛する男の到着を待っている。
「行こう、エリスさん。……アレンが帰ってくる場所、私たちが作っておかなきゃ」
私は空から降る黒い雪を見上げました。
恋は終わった。
けれど、私の「相棒」を救うための旅は、まだ終わっちゃいない。
私はエリスさんを支えて立ち上がりました。
泥だらけの愛の、本当の結末を見届けるために。
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