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泥濘のレクイエム ―英雄の残火と、継ぎ接ぎの神魔―  作者: 堀吉 蔵人
第3章 黒土の祈りと、泥濘の帝都

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第24話:狂信の猟犬、三つ巴の胎動 【ゼクス】

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帝都の空気は、今日も反吐が出るほど清浄だ。

白銀の英雄像を囲むように、真っ白な法衣を纏った司祭どもが、民衆に「光の慈悲」を説いている。

だが、その足元の影――陽の光も届かぬ地下の回廊では、慈悲とは真逆の『毒』が精製されていた。


「室長。聖教会の『異端審問局』が、ついに重い腰を上げましたよ」


執務室の影から、部下のヴェインが怯えたような声で報告を上げる。

胃薬の小瓶を握り締めたまま、その手だけが微かに震えている。

俺は安酒の入ったスキットルを煽り、窓の外を睨んだ。


広場では祝祭の残滓がまだ漂っている。魔王討伐の英雄を讃える旗がはためき、子供たちが光の祈りを唱和している。あの英雄が今、巨大な棺を背負って泥沼の中を這い回っていると知ったら、この綺麗な広場はどんな色に染まるだろうか。


「あの教会の狂信者どもか。英雄を神格化した手前、不都合な『泥』は早めに掃除しておきたいってわけだ」


机の上に広げられた極秘の移動指令書。

そこには、帝国軍の正規部隊とは一線を画す、教皇直属の武力組織『白陽騎士団』の動員が記されていた。

表向きの目的は、帝都近郊の湿地帯『肥沃な泥濘』に潜伏する異端・黒土教の殲滅。

だが、その指揮を執るのは、あの「無慈悲な聖者」の異名を持つ異端審問官――カシウスだ。


「連中の狙いは、聖女シオンの首だけじゃない。北から下山してきたアレン……あの『死んだはずの英雄』の存在そのものを、物理的に消去するつもりだ」


「し、しかし室長。アレン様は帝国を救った恩人です。教会がそこまでするでしょうか?」


ヴェインの声が上擦る。こいつは情報部にいるくせに、まだ善良さの残り香を捨てきれない。便利な時もあるが、今は邪魔だ。


「ヴェイン、お前は甘い。教会にとって最も恐ろしいのは、敗北した魔王ではない。自分たちが作り上げた『完璧な英雄』が、泥だらけで生き恥を晒し、挙句に邪教の聖女にすがるという醜悪な真実だ」


俺は安酒を机に置き、代わりに埃を被った大陸地図を広げた。

三つの駒を取り出す。白い駒、黒い駒、そして灰色の駒。


白い駒を、帝都の南に位置する湿地帯の上に置く。


「第一の勢力、白陽騎士団。指揮官カシウス率いる精鋭二十名。光の鎧に身を包み、異端の匂いを嗅ぎつけたら村ごと焼く狂犬ども。目標は黒土教の殲滅と、アレンの身柄確保。動員時期は、この書類によると……三日以内」


次に、黒い駒を湿地帯の東端に置く。


「第二の勢力、魔王軍の残党。前魔王の参謀ヴェル。あの陰気な魔族は今、肥沃な泥濘の近くで何かを企んでいる。我が特務室の斥候が三人、一週間で消された。跡形もなくだ。あいつは『核』をまだ持っている」


俺はヴェインの顔を見た。案の定、血の気が引いている。


「か、核って……魔王の?」


「そうだ。倒したはずの魔王の残骸を、あの参謀が回収していた。何に使うつもりかは知らん。だが、黒土教の聖女の近くに魔族の残党が潜んでいるのは偶然じゃない」


最後に、灰色の駒を、北の山岳地帯から湿地帯へ伸びる細い街道の上に置く。


「そして第三の勢力。最も厄介で、最も汚い駒。元英雄アレンとその仲間ども。棺を背負った元勇者、踊り子の小娘、口の悪い魔術師見習い、リザードマンの脱走兵、理想に酔った元騎士。寄せ集めも甚だしいが……竜の顎から生きて帰ってきた実績は無視できん」


俺は三つの駒を見下ろし、口元を歪めた。


「三つの勢力が、同じ泥沼に向かっている。白陽騎士団は上から焼く。魔族は下から喰い破る。アレンは……泥の中を真っ直ぐ、愚直に歩いていく」


「室長は……どうなさるおつもりで?」


ヴェインがおそるおそる尋ねる。


俺は笑った。笑わずにはいられなかった。


「何もしない。いや、正確には――何もしないように見せる。三匹の犬を同じ庭に放り込めば、勝手に噛み合う。俺たちはその塀の外から、勝ち残った犬の首輪を掴めばいい」


窓の外で、祝祭の鐘が鳴った。光の神への感謝の鐘だ。

その澄んだ音色が、地下の執務室にはひどく遠い。まるで別の世界の出来事のようだった。


「三日だ、ヴェイン。三日後にはあの泥沼で、光と闇と泥が殴り合いを始める。特務室の仕事はな――その喧嘩が終わった後、一番美味い肉を持って帰ることだ」


俺は灰色の駒を指先で弾き、くるくると回した。

一つだけ確信していることがある。あの男――アレンは、仮に三つの勢力の真ん中に放り込まれたとしても、死なない。死ねないのだ。


背中に棺を背負っている限り、あの男は何があっても前に歩き続ける。

それが美しいのか醜いのか、俺には判断がつかない。だが――面白いことだけは確かだ。


「胃薬の補充を手配しておけ、ヴェイン。しばらく忙しくなる」


「……今月もう三瓶目ですよ、室長」


帝国暦846年。

三つ巴の盤面は、誰にも知られぬまま、静かに回り始めていた。

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