第22話:残火の執念、魂を繋ぐ器 【ヴェル】
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「カハッ、ゴホッ……! まだだ、まだ潰えるわけにはいかん」
帝国の辺境、陽の光も届かぬ腐朽した地下遺跡の奥底。
私は滴り落ちる汚水にまみれながら、胸元に抱えた「漆黒の結晶」を震える手で強く握りしめた。
帝国暦842年12月。
あの日、英雄アレンの手によって我が主――魔王様が討たれてから数年。
魔族の栄華は塵と消え、生き残った我ら残党は、帝国の執拗な掃討戦に怯えながら泥を啜る日々を過ごし
だが、希望は死んでいない。
私の手の中にあるこの結晶――『魔王の核』には、消滅の寸前に私が命懸けで回収した、魔王様の魂の欠片が封じ込められている。
「魔王様……。
今しばらく、今しばらくお待ちを。
このヴェルが、必ずや貴方様を現世へと連れ戻してご覧に入れます」
しかし、現実は非情だ。
魔王様の魂は、聖剣の一撃によってあまりにも深く傷ついていた。
ただ肉体を用意しただけでは、魂は器に定着することなく、霧散して大気へと溶けてしまう。
大戦役でアレンが背負っていたあの『氷の棺』の娘と同様、我が主もまた、この世に繋ぎ止めるための「鎖」を失っているのだ。
「あ奴なら、あるいは」
私はカビ臭い羊皮紙の束を掻き分け、帝国の裏社会から密かに入手した情報を指でなぞった。
帝国が「邪教」として徹底的に弾圧し、歴史から抹消しようとしている土着の信仰――黒土教。
その聖地とされる地下の隠れ里に、死にゆく魂を肉体に縫い付ける秘術を持つ『聖女』がいるという。
「魂を縫い付ける、か。
神の光を崇める帝国の連中には、死を弄ぶ禁忌の術に見えるだろうが……我らにとっては、これこそが再起の福音よ」
「ヴェル様、伝令です」
闇の中から、影のように細い魔族の密偵が姿を現した。
「北の霊峰『竜の顎』に異変あり。古代竜が手負いとなり、何者かが山頂の『原初の残り火』を持ち出したとの情報が入りました」
「なに……!?」
私は驚愕に目を見開いた。
古代竜を退け、神話の熱源を奪うだと?
帝国の精鋭部隊か? いや、あいつらにそんな芸当ができるはずがない。
「まさか、あのアレンか」
脳裏に、数年前のあの日、魔王城の玉座に聖剣を投げ捨て、一人の女を抱えて吹雪の中へ消えていったあの男の背中が蘇る。
もしあいつが生き延び、さらにその執念を加速させているのだとしたら、狙いは一つしかない。
「あ奴も求めているのだ。氷に閉じ込めた女の魂を、現世へ呼び戻すための『熱』を。
……だが、足りぬ。
熱だけでは氷は溶けても、魂は逃げる。
あ奴も気づくはずだ。この世で唯一、魂を繋ぎ止める力を持つあの娘の存在に」
私は不敵に口角を上げた。
英雄アレンと、魔王軍の参謀ヴェル。
かつて戦場で相まみえた不倶戴天の敵同士が、皮肉にも「最愛の者の復活」という同じ目的のために、同じ場所を目指すことになる。
「皮肉な運命よな、アレン。貴様が光の英雄としてではなく、我らと同じ『泥を這う亡者』として、あの聖女を求めることになるとは」
「ゆくぞ。帝国の審問官どもに先を越されるわけにはいかん」
私は漆黒の結晶を懐深く隠し、古びた杖を突いて立ち上がった。
足元には、隠れ里への入り口を示すとされる古い地図が広がっている。
帝国中央、かつては豊穣の地と呼ばれた『肥沃な泥濘』の地下深く。
そこに、光を拒み、泥を愛する異端の民たちが潜んでいる。
「魔王様。まもなくです。貴方様を現世へと縫い止めるための『針』を、このヴェルが必ずや手に入れてご覧に入れます」
その時、地下遺跡の奥から、微かに大地の鼓動が伝わってきた。
それは、遥か北から下山を開始したアレンたちの、重く、切実な足音。
そして、それを受け入れようとする聖女シオンの、静かな祈りの共鳴。
大戦役という「光と闇」の戦いは終わった。
だが、ここから始まるのは、自らの執念を果たすために神の理さえ踏み躙る「泥にまみれた者たち」の、生存と再起を懸けた
「英雄か、魔王か……。最後にあの娘を掌中に収めるのは、どちらの『執念』か、見届けさせてもらおう」
帝国暦846年。
かつての敵対者は、同じ絶望を抱え、共通の目的地――『黒土の隠れ里』へと向けて、闇の中を歩み始めた。
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