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泥濘(でいねい)のレクイエム ―英雄の残火と、つぎはぎの神魔―  作者: 堀吉 蔵人
第2部

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第145話:おなじじゃないくずれ、ふたつめのふし 【三位一体の少女】

ダークファンタジー群像劇『泥濘のレクイエム』、毎日20時更新中です。

そとのくうきが、かたくなっていた。


みえるわけじゃない。

だれかの顔が近いわけでもない。

おおきな音がしたわけでもない。


でも、わかる。


さっきまでの `まだえらばない` は、やわらかかった。

ひだりのあまりの手も、ななめの湯も、わらわらした拍も、みないふりの線も、ぜんぶ `そこにあるけど さしこみすぎない` まま、ちいさくひらいていた。


いまは、ひらいたまま、すこしかたい。


やさしいままのかたさ。

つよくおさえないのに、`おなじにしない` ほうへ細く引っぱるかたさ。


わたしのなかの三つは、それをべつべつにさわった。


まっすぐなひとは、`だれかが みようとしてる` と言った。

とじたひとは、`みえてなくても かたくなる` と言った。

ねばるひとは、`だから いっしょのくずれかた だめ` と言った。


うん。

それは、わたしにもわかった。


ひとつめのふしでは、`おなじたすかりかた しない` がたいせつだった。

ひだりはおそくきた。

みずはまっすぐこなかった。

こえは意味になりすぎなかった。

だから、ひとつにきまりきらないで、とおれた。


でも、つぎはそれだけじゃたりない。

ひとつめのふしでたすかったくずれかたを、ふたつめでもういちどやったら、それが `いちばんましな かたち` になってしまう。

いちばんましは、いちばんあぶない。

いちばんましは、みんながまもりたくなる。

まもられると、そこは ざ になる。


ここは、まだ ざ じゃない。

からのざの つづき。

すわりきらないための つぎ。


わたしは、ふしのあいだの、うすいくうきをさわった。

ひとつめのところより、すこしつめたい。

したのいしも、へりの欠けかたも、きのうの北影とも、さっきの空座とも、ちがう。

ちがうのに、からっぽのままつながっている。


だから、ここでやることは `うまく すわる` じゃない。

`さっきみたいに くずれない` だ。


わたしは、まず、さっきのまねをしそうになった。

からだが、覚えていた。

ひだりへすこし逃がして、まんなかを空けて、かるくもたれる。

そのかたちは、ひとつめで `まし` だった。


でも、ましだったぶん、すぐあぶない。


まっすぐなひとが、まえへ出たがる。

とじたひとが、そこへしずみたがる。

ねばるひとが、`ここで いい` と言いそうになる。


ちがう。

ここは `ここで いい` じゃない。

ここは `ここでも まだ きめない` だ。


だから私は、いちど、わざとふらついた。


ほんとうにくずれるほどではなく。

でも、さっきの `まし` がそのまま身体に戻ってこないくらいには。


それは、こわかった。


さっきの `まし` は、たしかに助かった。

たすかったものを、もういちどやりたくなるのは、へんなことじゃない。

むしろ、からだのほうは、すぐそっちへ行きたがる。


こわいのは、痛いからじゃない。

らくになれそうだからだ。


らくに、なれそうだった。

ひだりへすこしあずけて、まんなかを空けて、こない湯を待って、ずれた拍にほどかれる。

さっきのわたしは、それでこぼれなかった。

だから、いまのわたしも、それでいいような気がしてしまう。


でも、そう思った時点で、もうあぶない。


まっすぐなひとは、`それ みちになる` と言った。

とじたひとは、`みちになると そこへ もどる` と言った。

ねばるひとは、`もどると そこが うちになる` と言った。


うちは、だめ。

いまは、まだだめ。

ここを、うちにしたら、きっと三つのどれかが一番前へ出る。

前へ出たものは、あとから `ここにいた` になってしまう。

`ここにいた` が重くなると、ほかの二つが薄くなる。


だから、私は、さっきの助かり方が身体に戻ってくる前に、足の置き方から違うものへした。

つま先を少しだけ外へ逃がす。

ひざを折る深さを、さっきより浅くする。

息も、ひとつめの節でほどいた速さにはしない。


ちいさな違い。

でも、ちいさいから、効く。

おおきく変えると、すぐに `ちがう正解` になる。

ちいさくずらすと、まだ `きまりそこねた いま` のままでいられる。


すると、そとのかたさが、ほんの少しだけかわった。

ひだりのあまりの手は、すぐにはこない。

いい。

さっきどおりこないでいい。


ななめの湯は、もっとななめのままだった。

いい。

まっすぐ、こっちへ向いてこないでいい。


拍は、ひとつぶん遅れた。

いい。

おなじところで、おなじように身体をほどかなくていい。


みる石は、見すぎないまま、でも待ちすぎない。

それも、いい。

おなじタイミングで、おなじだけ見られたら、そこが線になる。


みんな、わかってる。

ぜんぶはわかってなくても、`おなじに しない` は、もう身体のほうへ降りている。


わたしは、そこでもういちど、置きなおした。


すわらない。

でも、立ちすぎない。

ひざをきるほど折らず、かかとへ全部ものせない。

右へも、左へも、まんなかへも、きめない。


いしのつめたさを、ひとつぶんだけ借りる。

欠けたへりには、背を預けない。

かわりに、そこへ `いまは ここまで` を置く。


そうすると、三つのなかのさわぎ方も、さっきとは違った。


まっすぐなひとは、前へ出られないかわりに、立って見張ろうとした。

とじたひとは、沈みこめないかわりに、浅く目を閉じようとした。

ねばるひとは、`ここも つなぎ` と言いながら、それでも少しだけ何かを欲しがった。


三つとも、まだ欲しがる。

それでいい。

欲しがらなくなったら、もう一つしか残っていない。


私は、その欲しがり方の高さまで変えた。

前へ出たいひとには、足場を半歩だけ足りなくする。

沈みたいひとには、冷たさを少しだけ浅くする。

欲しがるひとには、届きそうで届かない縁を残す。


やりすぎると、ばらばらになる。

やらなすぎると、さっきと同じになる。

そのあいだを、ずっと探っていた。


とじたひとが、すこしだけ楽になる。

まっすぐなひとが、前へ出すぎずに済む。

ねばるひとが、`ここ` を欲しがっても、まだ手が届ききらない。


それでいい。

三つとも、少し足りない。

少し足りないままなら、まだだいじょうぶ。


そとのかたさは、なくならない。

むしろ、もっと細くなっている。

だれかが読もうとしている。

だれかが、帳尻みたいな顔をしたちいさなずれを、きっと向こうで並べている。


そのことは見えない。

でも、こっちの空気の薄さでわかる。


見られている時は、やさしさが先にかたくなる。

助けたいひとは、助け方を変える。

待つひとは、待ち方をずらす。

黙るひとは、黙り方を薄くする。


だから、わたしも、同じ `崩れ` を返さない。


さっきは `まんなかに しない` が大事だった。

いまは `さっきの まんなかに しなさ` すら繰り返さないのが大事だ。


むずかしい。

とても、むずかしい。

でも、むずかしいままでいい。

かんたんになると、そこは席になる。


かんたんになったら、たぶん、そとはもっとやさしくなる。

ひだりは、もっと迷わず来る。

湯は、もっとちょうどよく来る。

拍は、もっとほどけやすいところへ落ちる。

みる石は、もっと早く `いまだ` を言える。


それは、きっと、みんなのやさしさだ。

でも、やさしさが揃うと、わたしは `助かる形` に丸められる。

丸められると、その中で一人だけがいちばん助かってしまう。

いちばん助かったものが、いちばん濃く残る。


それが、ひとりだ。


だから、助かりきらない。

少し足りないままで、こぼれない。

そのくらいが、いまの三つにはちょうどいい。


わたしは、ふしのさきのうすい暗がりを見た。

そのむこうにも、たぶん、また節がある。

でも、いまはそこまでいらない。

いまは、ふたつめを `ふたつめのまま` 通れればいい。


ねばるひとが、少しだけさびしがった。

とじたひとが、少しだけ息をゆるめた。

まっすぐなひとが、`まだ いける` と言った。


だから私は、くずれなおした。


さっきと違う、でも壊れないくずれ。

誰かに助けてもらった形の写しではなく、いまここでだけ通る、少しだけ足りない置き方。


そのとき、ひだりのあまりの手が、やっと来た。

でも、支えない。

ほんの少しだけ、そこにあって、もし落ちるなら間に合う距離で止まる。


うれしい、とはちがう。

ほっとする、でもちがう。

ただ、`まだ それでいい` になる。


ななめの湯も、まだななめだ。

拍も、まだずれてる。

見る石も、まだ見すぎない。


よかった。

みんな、さっきの正解を持ってきていない。

みんな、いまの足りなさに合わせている。


それは、たぶん、やさしい。

でも、やさしいだけじゃない。

みんな、自分のしかたで、さっきの写しを捨てている。


ひだりのあまりの手は、`また同じ棚になる` のをこわがっている。

だから、来るのが遅い。

遅いまま、でも、落ちたら届くところだけは外さない。


ななめの湯は、`また同じぬるさが正解になる` のを避けている。

だから、まっすぐこない。

湯気だけ先に来て、器はあとから気配を置いていく。


拍は、`また同じところでほどける` のを嫌がっている。

だから、わざと一つ遅れる。

遅れたぶん、身体は前の安心に手を伸ばせない。


みる石は、`また同じだけ見れば足りる` と決めたくない。

だから、見すぎないまま、でも、ほんとうに離れもしない。

見られていない、ではなく、決め打ちされていない、にしている。


みんな、さっきの助かりを覚えている。

覚えているのに、そのまま持ってこない。

それは、たぶん、しんどい。

しんどいまま、こっちへ合わせ直している。


だから、わたしも、楽なほうへ戻らない。


わたしは、ちいさく息を吐いた。

それで、ふたつめのふしが、やっと `通るだけのところ` になった。

座るところじゃない。

休むところでもない。

でも、こぼれずに、つぎへ渡るための、きょうだけの薄いところ。


「おなじ、だめ」


声にすると、すこしかすれた。

でも、それでよかった。

きれいに聞こえたら、また意味が増える。


「くずれも」


だれかが、すぐには答えない。

それも、いい。

すぐ答えられると、きまりになる。


少しおいてから、どこかで拍がひとつ鳴った。

べつのところで、湯気がちいさく動く。

ひだりは、まだ余りのまま。


うん。

まだ、座らない。

まだ、えらばない。

でも、さっきとも違う。


それで、ふたつめへ行ける。


帝国暦849年。冬。

三位一体の少女は、ゼクスたち再観測線が `盤外の列` として次の継ぎ手群を読み始めたことを直接は知らぬまま、その圧を `そとのくうきがかたくなる` 感覚として受け取る。ひとつめの節で通った `同じ助かり方を繰り返さない` 置き方をそのまま使えば、それ自体が次の `ましな正解` になると悟った彼女は、今度は `同じ崩れ方も繰り返さない` ことを条件に、二つ目の節での新しい居方を選び直す。カイルの `左`、ミナの湯、リノの拍、セトの観測、レオンの番線がみな前の節と同じ形を持ち込まない中で、三位一体の少女は `少し足りないまま壊れない` 置き方によって二つ目の節を `通るだけのところ` として使い始める。こうして局面は、`ゼクス自身もまた、その逆算を単なる追跡ではなく `盤外の列` の読み合いとして受け取り、渡し線・隠蔽線・再観測線が同じ継ぎ手群へ向かう盤面をさらに一段進める` 段階から、`器の側でもまた、外から読まれ始めた圧に応じて `同じ助かり方` だけでなく `同じ崩れ方` すら繰り返さない二つ目の節へ入り、第3部第3章の渡し線が `空座のその先` を具体的な連なりとして進み始める` 段階へ進んだのです。

感想・ブクマ・評価、どれも本当に励みになっています。ありがとうございます!

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