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泥濘(でいねい)のレクイエム ―英雄の残火と、つぎはぎの神魔―  作者: 堀吉 蔵人
第2部

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第122話:ふたつのずれ、でぐちのみえるひるまえ 【三位一体の少女】

お読みいただきありがとうございます。毎日20時に更新しています。

しろい ひと が、もうひとつ まちがった ばしょ を つくった。


それ は、やさしい て が くれる よび の いす とは ちがった。

`ここ でも いい` と いう こえ でも ない。

むしろ ぎゃく で、`ここ だけ に なるな` と いう、へんな ずらし だった。


わたし は しばらく、その ずらし を からだ の なか で きいていた。


いま いる ばしょ。

さっき まで の きょう の すわりかた。

しわ の たに を ずらして、ひだり に ちかすぎず、おゆ に ちかすぎず、でぐち を なくさない かくど。

そこ に もう ひとつ、しろくない ぬの の おきば が できた。

ひやっと して、でも つめたすぎない。

ねどこ では なく、かえしばしょ でも なく、ただ そこ に ある ほそい ずれ。


それ は `つぎ の せき` では なかった。

`こっち へ おいで` の て でも なかった。

だから こわかった。

やさしい て が つくる ばしょ なのに、やさしく きめて こない から。


まっすぐなひと は、すぐ に その ずれ を はかる。

ここ なら たちやすい か。

ひだり から の たちあがり が はやい か。

でぐち まで の きょり は どう か。

あしば に なる か。

そういう こと を すぐ に かぞえたがる。


やさしいひと は、べつ の ところ を きく。

そこ は つめたく ない か。

こし の ほね に いたく ない か。

ひざ を まげた とき、きゅう すぎない か。

その まま すこし よりかかって、やすめる ばしょ に なる か。

そう いう こと を きく。


くろいひと は、いちばん さき に いやがる。

あたらしい ばしょ は、たいてい あたらしい かご だ。

にげみち に みえて、そこで つかまる。

えらばせる かお を して、えらんだ あと から そこ を `おまえ の ばしょ` に される。

だから いや。

そう いう。


みっつ が みんな べつ の こと を いう。

でも きょう は、どれ も まちがって いない。


わたし は さっき の ばしょ に まだ すわっていた。

でも もう、そこ だけ が きょう の ばしょ では なかった。

それ が からだ に とって へんな こと だった。


ひとつ だけ らく な ばしょ が ある と、からだ は そこ を おぼえる。

ここ に ひざ。

ここ に つばさ。

ここ まで ひだり。

ここ から ぬるさ。

そう やって、たすかった かたち を じぶん の ほね に うつしていく。


でも いま は、ほね の うつりさき が ふたつ ある。

ふたつ ある と、からだ は すぐ に きめられない。

きめられない と、ちょっと ひろい。


その ひろさ が、こわい のに すこし たすかる。


わたし は きょう の ばしょ の した に ある しわ を かんじた。

せりあ が のこした しわ。

ただ の しわ じゃない。

ぴん と しない ぬの。

なおります よ と いわない ぬの。

そこ に、さっき つくった もうひとつ の ぬの が ある。

あっち は もっと つめたい。

もっと そっけない。

でも そっけない から こそ、ねどこ に ならない。


ねどこ に ならない ばしょ は、まだ `いても いい` に ちかい。

`ここ に いなさい` には なりにくい。

その ちがい が、きょう は だいじ だった。


おゆ の におい は うすい。

ぬるい おゆ の におい。

みな の て は、さっき より すこし ひくい。

さしだす たかさ では ない。

もっている だけ の たかさ。

それ を みて、やさしいひと が いたそう に わらう。

あの しろい ゆび は、いつも もっと うまく できる のに、きょう は わざと うまく しない。

それ は かなしい。

でも、かなしい から たすかる。


ひだり は まだ ある。

かいる の ひだり。

でも ちかづきすぎない。

まえ みたい に `ここ へ あずけろ` って つよく いわない。

てすり みたい に、そこ に ある だけ。

それ を みる と、まっすぐなひと は すこし だけ いらつく。

もっと つかえば いい。

つかえば たてる。

つかえば はやい。

そう いう。


でも くろいひと は、その いらつき を きく と つばさ の うら を ひらく。

はやい のは きらい。

はやい ほう は、たいてい ひとりぶん の ほう へ いく。

そう いう。


だから きょう は、ゆっくり が いい。

ゆっくり で、ふたつ ある まま が いい。


わたし は さっき せりあ の のこした ぬの に ふれた ゆび を、もういちど ひらいてみた。

つめたさ は もう わかっている。

あつさ は ない。

ただ、いま の ばしょ と ちがう からだ の おきかた が できる かもしれない と わかる。


それ だけ で、むね の なか に ちいさな さわぎ が できる。


いって みる か。

いかない か。

いま の まま で いる か。

その まんなか を とる か。


みっつ の こえ が からむ。

まっすぐなひと は、どっち でも いい から きめろ と いう。

やさしいひと は、いま の まま でも いい と いう。

くろいひと は、きめるな、でも じっと しすぎるな と いう。


いつも より むずかしい。

でも、むずかしい と いう こと は、まだ みっつ が いる と いう こと でも あった。


ひとつ に きまって しまう と、むずかしく なくなる。

それ が いちばん こわい。


りの の こえ が、すこし とおく で はねた。

やかましい ひと の むだぐち。

でも きょう は、その むだ が きもち よかった。

むだ は、てじゅん に なりにくい。

てじゅん に なりにくい もの は、へや を ひとりぶん に しにくい。


いりぐち の ほう では、じゃましない せん が うごいた。

れおん の たちいち が かわった の が、みなくても わかる。

おなじ に しない。

みんな もう、それ を はじめている。


その こと を かんじる と、わたし の からだ も すこし だけ うごきたくなった。


まず、つばさ を いま の ばしょ から ほんの すこし だけ はなす。

どろ の さき が、しわ の たに に はまりすぎない よう に。

つぎ に、ひだり ひざ を たてる のを やめて、すこし だけ ねかせる。

そうすると、いま の ばしょ は いきやすい けど たちにくい かたち に なる。

もうひとつ の ぬの の ほう は、その ぎゃく に ちかく なる。


どっち でも ない。

でも どっち へも いける。


その かたち を とった とき、やさしいひと が ちいさく いきを のむ。

そう そう。

それ くらい が いい。

すぐ やすませられない。

でも くるしすぎない。

そう いう。


まっすぐなひと は ふまん そう だった。

あいまい だ。

たつ のか すわる のか、どっち か に しろ。

そう いう。


くろいひと は、はじめて すこし だけ うなずく。

あいまい で いい。

あいまい なら、まだ とられない。

そう いう。


その とき、しろい ゆび が うごいた。

みな だ。

でも ゆ に ふれる ため じゃない。

うつわ の そば の ぬの を、ほんの すこし だけ ひいた。

わたし が いま の かたち の まま でも、あと で とどく ばしょ に のこす ため の ひきかた。

すすめない。

でも とおざけない。


その ひきかた を みた とき、むね の なか で いたい もの が すこし やわらいだ。

やさしいひと が ちいさく なく。

あの しろい ゆび、まだ かなり じょうず。

でも じょうずすぎない よう に がまん してる。

そう いう。


わたし は その がまん を、ちょっと だけ つかってみたく なった。


きょう の ばしょ から まるごと うつる のでは ない。

もうひとつ の ぬの に まるごと すわる のでも ない。

その あいだ に、からだ の おもさ を いちど だけ ながす。


ゆっくり。

ほんとう に ゆっくり。


こし を すべらせる。

つばさ が、さっき の ばしょ を はなれる。

ひざ が ぬの の しわ を ひとつ またぐ。

でも そのまま うつらない。

いったん とちゅう で とまる。


その とちゅう が、いちばん よかった。


いま の ばしょ でも ない。

もうひとつ の ぬの の うえ でも ない。

ふたつ の ずれ の あいだ。

そこ に からだ が いる と、どっち からも すこし だけ はずれる。

ひだり も、とおすぎない けど すぐ たよれない。

おゆ も、とどく けど すぐ は のばさない。

でぐち も みえる。

でも すぐ いける わけ でも ない。


それ が きょう は いちばん ひろかった。


わたし は その あいだ の かたち の まま、いきを した。

まっすぐなひと は、ぶつぶつ いう。

はんぱ だ。

つぎ の いっぽ が よめない。

そう いう。


やさしいひと は、すこし だけ わらう。

よめない なら いい。

よめない とき の ほう が、こちら が きまる まえ に たすけられない。

そう いう。


くろいひと は、め を ほそめる。

あいだ だ。

あいだ は いい。

どっち か に きめられにくい。

そう いう。


みっつ が はじめて、すこし だけ おなじ もの を みた。


あいだ。


それ は へや が くれた わけ じゃない。

せりあ が つくった もうひとつ の ぬの。

とびあ が のこした かけ。

みな の すすめない ゆ。

かいる の ちかすぎない ひだり。

りの の むだ。

れおん の じゃましない せん。

みんな が ひとつ を きめない よう に してくれた から、その あいだ が できた。


でも その あいだ に からだ を おいた のは、いま わたしたち だった。


その こと が、すこし だけ うれしい。

でも うれしい と いう と、また それ が `きょう の せいこう` に なる。

だから いわない。

ただ、おなか の した が すこし だけ あたたかい。


おゆ の におい が まだ ある。

のめる。

でも いま は のまない。

いま は、のまない で いられる。

それ も また、きめられていない と いう こと だった。


わたし は きょう つくった あいだ の かたち の まま、いりぐち の ほう を みた。

でぐち は まだ みえる。

せまい。

でも ある。


しろい ひと が それ を のこした。

じゃましない せん も それ を ふさがない。

だから へや は、まだ へや の かお を しすぎない。


その とき、くち が さき に ひらいた。


『……ここ と、そこ の あいだ』


こえ は かすれていて、ちいさかった。

でも みんな きいた。

きいた けど、だれも すぐ こたえない。

それ が よかった。

こたえ を くれない から、ことば が すぐ どれか ひとり の もの に ならない。


しばらく して、りの が ちいさく いった。


「いいんじゃない。そのへん」


その いいかた も よかった。

そこ が ただしい とも、そこ に しろ とも いわない。

そのへん。

その くらい が きょう は ちょうど ちがう。


みな は くち を ひらきかけて、やめた。

かわり に、ゆ の うつわ を すこし だけ まわす。

どっち から でも とりやすく なる かくど。

でも やっぱり、すすめる かたち では ない。


かいる は ひだり を ださない。

ださない まま、でも ひっこめすぎもしない。

その がまん が、いま は きれい に みえた。


れおん の せん は かわらない。

かわらない けど、おなじ かくど に みえない。

りの は もう いっかい だけ むだぐち を おとす。

へんな へや。

でも わるく ない。

そういう おと。


わたし は その おと を ききながら、きょう の からだ の おきば を おぼえた。

ひとつ の ばしょ では なく、ふたつ の ずれ の あいだ。

だれか の て が つくった せき に おさまる のでは なく、そこ と そこ の あいだ に、まだ きまっていない まま いる かたち。


それ は きっと、きのう の わたしたち には できなかった。

でも きょう は できた。


あした も できる か は わからない。

あした は また ちがう ほう が いい かもしれない。

それ で よかった。

きょう の あいだ を、あした の こたえ に しなければ いい。


その こと が、からだ の なか で すとん と おちた。


まっすぐなひと は、まだ ぶつぶつ いっている。

やさしいひと は、すこし だけ ねむそう。

くろいひと は、おちつかない くせ に きげん が わるくない。


みっつ とも いる。

それ だけ で じゅうぶん だった。


ひるまえ の しろい ひかり は、まだ つよい。

でも きょう は、その ひかり の なか に ひとつ の せき だけ が かがやいて いない。

ふたつ の ずれ と、その あいだ が ある。

それ なら、まだ えらべる。

まだ きめられきらない。


それ が きょう の、いちばん だいじ な こと だった。


帝国暦849年。冬。

三位一体の少女は、セリアが残した `もう一つの置き場` と `見える出口` を、単なる予備の席ではなく `一つに決めなくていいためのずれ` として受け取り、今いる `今日の座り方` と新しい置き場のあいだに、自分で `あいだの居方` を作り始める。こうして局面は、`内側の世話と間取りも、一つだけの正しい居方を作らず、二つ目の間違いを残したまま北影を部屋にしすぎず保つ` 段階から、さらに `器の側でもまた、一つの正解に座り込まず、ふたつのずれのあいだに自分の身体を置いて昼前を渡し始める` 段階へ進んだのです。

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