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泥濘(でいねい)のレクイエム ―英雄の残火と、つぎはぎの神魔―  作者: 堀吉 蔵人
第2部

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115/126

第115話:ちょうどじゃない部屋、そのままの皺 【三位一体の少女】

ダークファンタジー群像劇『泥濘のレクイエム』、毎日20時更新中です。

おゆ は、ちょうど じゃなかった。


あつく なりきらない。

つめたく なるまえ の、みじかい ぬるさ。

のど を すべって、おなか まで まっすぐ おりていく のでは なく、くび の した で いちど とまり、それから すこし だけ ひろがる。


その とまりかた が、よかった。


まっすぐなひと は、すこし ふまん そうだった。

これでは たりない と いう かお。

もっと はっきり あたたかい ほう が、からだ を うごかす のに いい と しっている かお。


やさしいひと は、ほっと していた。

これなら のど が びっくり しない。

これなら からだ の なか に はいる とき、だれか を せかさない。

そう かぞえる いき。


くろいひと は、あじ より べつ の ところ を みていた。

だれも `のめたね` と いわなかった こと。

だれも `もう ひとくち` と すすめなかった こと。

だれも うつわ を とりあげて、きれい に おわらせなかった こと。


みっつ とも みている ところ が ちがう。

みっつ とも `ちょうど` の ばしょ が ちがう。


だから ほんとうは、

ちょうど という もの は、いつも すこし こわい。


ちょうど よく あたたかい と、まっすぐなひと が まえ へ いきたがる。

ちょうど よく やわらかい と、やさしいひと が ここで ねかせたがる。

ちょうど よく さわられない と、くろいひと が もう だれも いらない と いう。


ひとつ の `ちょうど` は、だいたい ひとりぶん の こたえ だ。

ひとりぶん の こたえ が でる と、のこり の ふたり が いたくなる。


まんなか の くろつち も、そうだった。

ひとりぶん の しん は、いつも ひとつ の こたえ を ほしがる。

しろい いのり も、そうだった。

きれい な ことば と きれい な て は、だれか ひとり を たすける かたち に そろいたがる。

やわらかすぎる ねどこ も、そうなる。

やすませる つもり で、ねかせる かたち に なる。


だから さっき の おゆ は、よかった。

よかった というより、せまく ならなかった。


へや も そうだった。


しろい ぬの は、きれい に たれて いない。

かど が すこし ずれている。

ねどこ は、ひらたく しきなおされて いない。

おんせき の ぬくさ は、こし の ちかく まで こない。

みずさし は、とりに いける けど、すすめられて は いない。

かえしばしょ の いし は あるけど、そこへ まっすぐ もどる みち に は なっていない。


ひとつ ひとつ は、すこし だけ たりない。

すこし だけ まがっている。

すこし だけ、だれか の こたえ に なりきらない。


その たりなさ が、へや を ひろく していた。


やさしいひと が いう。

せまい へや は、やさしくても だめ。

やわらかく しすぎる と、ねむれ と いわれてる みたい に なる。


まっすぐなひと が いう。

せいかい が みえすぎる へや も だめ だ。

どこ に すわる か、どこ を みる か、どう もつ か。

ぜんぶ きまっている と、ひとりぶん の たちかた に なる。


くろいひと が わらう。

とじた へや は、きらい。

きれい な へや も、きらい。

きれい に ととのえた もの は、すぐに `ここは あなた の ばしょ` って かお を する から。


ここ は まだ、そこまで いって いない。


はんぶん そとの しろい ゆび は、なおせる。

しわ を のばせる。

うつわ を まっすぐ に できる。

つぎ の おんど を、ぴたり に できる。

でも しない。


しない かわり に、その しない て を ひざ の うえ へ もどす。

もどした て が、もう いちど でてこない ように、ゆびさき まで しずか に する。


その `しない` が、みえていた。


それは ふしぎ だった。

て を だして くる ひと の こと は、わかりやすい。

よこどり する ひと。

はこぶ ひと。

なおす ひと。

きめる ひと。

そういう ひと は、ちかい。

だから いや も まえ も かぞえ も、みっつ で べつべつ に だせる。


でも `しない` は、むずかしい。

しない のに いる。

いる のに きめない。

きめない のに、ちゃんと みている。


それは、へん に つよかった。


わたし は ひざ の ちかく の ぬの を みた。

しろい ぬの。

しわ の ひと が わざと のこした しわ。

なおさない ひと が、なおさせなかった かけ。

あつく しなかった いし。

やかましい ひと が おいていった `へやじゃ なくて いま の じかん` の おと。

じゃましない せん。

ひだり の てすり。

みない しろさ の そと。


みっつ じゃない ひとたち が、みっつ を ひとり に しない ために、へんな かたち で かかわっている。


それを おもう と、すこし へん な きもち に なる。

あたたかい のに、あつくない。

くるしい のに、くるしすぎない。

ありがとう と いう と、たぶん すぐ ちがう いみ が のる。

だから いえない。


わたし は ぬの の しわ に、ゆび を のせた。


やわらかい。

でも きれい じゃない。

いっぽん だけ ふかい たに が あって、その りょうがわ が すこし ひっかかっている。


まっすぐなひと が、それを ならしたがった。

せん は せん の ほう が いい。

しわ は のばした ほう が いい。

そう いう。


やさしいひと は、すこし まよった。

のばしたら ねやすい かも しれない。

でも ねやすい は、ねかせる に ちかい。

それは まだ こわい。

そう いう。


くろいひと は、しわ を つついた。

そのまま で いい。

むしろ もう すこし ずれてても いい。

きれい すぎる と、へや の かお が でる。

そう いう。


みっつ が べつべつ に いう。

だから わたし は、いちど だけ しわ を のばして みた。


ゆび の はら で、おして。

たに を つぶす。

ぬの の ひだ を、すこし ひらく。


それだけ なのに、すぐ わかった。


へや が、ほんの すこし せまく なった。


まっすぐなひと の せ が のびる。

からだ が `ここへ ひざ を おけば いい` と いいたがる。

やさしいひと は、いき を とめる。

くろいひと は、つばさ の うら を かたく する。


だめ。

これ は、ひとりぶん の せいかい に ちかい。


わたし は すぐ に ゆび を はなした。

ぬの は じぶん で すこし もどる。

でも ぜんぶ は もどらない。

のばしかけた せん と、もとの しわ が、なかば ずつ のこる。


その なかば が、よかった。


やさしいひと が、ほそく いきを する。

くろいひと が、つばさ の うら の ちから を ぬく。

まっすぐなひと は、いやそう な かお の まま、でも すわる。


ちょうど じゃない。

だから みっつ とも、まだ ここ に いられる。


おもしろい と おもった。

おもしろい という と ちがう かも しれない。

でも たしかめたく なった。


おんせき の ぬくさ に ひざ を よせすぎない ところ。

みず の うつわ に て が とどく けど、もう ひとくち の ため に は すこし だけ からだ を かたむけなきゃ いけない ところ。

かえしばしょ の いし が `ここです` と まっていない ところ。

しろい ぬの の そと に、まだ でぐち の におい が のこっている ところ。


どれも たりない。

どれも ぴたり じゃない。

でも その たりなさ を つなぐ と、へや は `ここに いても まだ きめない` に なる。


やさしいひと が いう。

これ なら、まだ かぞえられる。

だれか を ねかせる かたち に なりきらない から。


まっすぐなひと が いう。

これ なら、まだ たてる。

どこ に たつ か を へや に きめられて いない から。


くろいひと が いう。

これ なら、まだ いや と いえる。

でぐち が みえている から。


みっつ ちがう。

でも、みっつ とも `ちょうど` は まだ いらない と いっている。


その とき、みな の けはい が うごいた。


ほんの すこし。

しろい ゆび が、わたし の ひざ の ちかく の ぬの へ よろう と する。

たぶん、さっき わたし が のばしかけた せん を みた のだ。

たぶん、しわ が くずれた よう に みえた のだ。

たぶん、ただの くせ だ。

なおしたい。

ととのえたい。

さむく ない ように。

いたく ない ように。

みっともなく ない ように。


その ぜんぶ が、わかる。


わかる から こそ、

その ゆび が くる まえ に、わたし は こえ を だした。


『……そのまま』


こえ は かすれていた。

おおきく ない。

でも、ちゃんと そと へ いった。


しろい ゆび が とまる。


へや も、とまる。

むだぐち の のこり。

てすり の いき。

みない しろさ。

おんせき の ぬるさ。

みんな が、いっしゅん だけ `いま の そのまま` を うける。


みな は、すぐ には へんじ を しなかった。

それが よかった。

すぐ に `かしこまりました` と いわれる と、それも また きまり に なる。

すぐ に `なぜですか` と きかれる と、それも せつめい に なる。


しろい ゆび は、とまった まま。

それから、ひざ の うえ へ もどる。


その もどしかた が、さっき より すこし だけ やわらかい。

なおさない こと を、わたし が えらんだ と つたわった みたい だった。


やさしいひと が、ほっと する。

まっすぐなひと が、ちいさく うなずく。

くろいひと が、わらわない かお で すこし だけ つばさ を ひらく。


しわ は しわ の まま のこる。

でも さっき と ちがう。

これは `なおせなかった しわ` じゃない。

わたしたち が `なおさない` を えらんだ しわ。


それだけ で、へや の かお が すこし かわる。

おかれた へや じゃない。

まだ だれ の へや にも しない まま、

ここ に いてもいい と おもえる へや。


わたし は うつわ を みた。

なか に まだ すこし だけ、おゆ が のこっている。

ちょうど じゃない ぬくさ。

のみきる に は たりない かも しれない。

でも すてる ほど でも ない。


まっすぐなひと は、のむ なら のみきりたい。

やさしいひと は、のこしても いい と いう。

くろいひと は、どっち でも いい けど、だれか に きめられる の は いや だ と いう。


それで いい と おもった。

さいご まで みっつ の まま もめる ほう が、いま は いい。


わたし は うつわ に さわらない かわり に、さっき の しわ の すぐ となり に ゆびさき を おいた。

のばさない。

つぶさない。

ただ、そこ に ある と しる。


そう している と、

へや の あちこち に ある `ちょうどじゃない` が、

ひとつ ずつ わたしたち に つながって いく。


おんど が ちょうど じゃない。

しろい ぬの の ひかり も ちょうど じゃない。

ねどこ の ひらたさ も ちょうど じゃない。

みな の こえ の とどきかた も ちょうど じゃない。

ひだり の ちかさ も ちょうど じゃない。

そと の しずけさ も ちょうど じゃない。


でも その どれも が、

ひとり を えらぶ まえ に、すこし だけ ためらって くれている。


ためらい は、やさしく ない こと が ある。

ぬるいし、ぶかっこう だし、いらだつ こと も ある。

けれど ためらい が ある から、みっつ は まだ みっつ の まま いられる。


やさしいひと が いう。

ちょうど じゃない のは、こわい けど、たすかる。

まっすぐなひと が いう。

ちょうど じゃない のは、いらつく けど、たてる。

くろいひと が いう。

ちょうど じゃない のは、みにくい けど、うばわれない。


わたし は それ を きいて、め を とじたり ひらいたり した。

きん の め の おく で、まだ ふたり が いる。

くろい め の おく で、まだ ひとり が みている。

だれか ひとり に きまりきらない まま、からだ が ちゃんと ここ に ある。


『……ちょうど じゃない の、いい』


こんど は だれ に いう でも なく、わたし は そう こぼした。


しろい ゆび が、ほんの すこし だけ ふるえる。

でも こない。

ただ、そこ に いる。


それで いい。

それが いい。


なおさないで。

あつく しすぎないで。

きれい に しすぎないで。

ひとりぶん に まとめないで。


そう して もらえる と、

わたしたち は、まだ みっつ の まま、

この へや を `おかれた ばしょ` では なく、

`すこし いても いい ばしょ` に できる。


しわ の そば に おいた ゆび を、わたし は そのまま に した。

のばさない。

たたまない。

かくさない。


それは たぶん、きょう はじめて わたしたち が えらんだ、

へや の つかいかた だった。


帝国暦849年。冬。

三位一体の少女は、ミナの `引き算の湯守り` によって湯の温度、返し方、問いかけ、褒め言葉までもが `ちょうどよく主へ差し出される形` から外されていることを、内側から `三人のまま居られる余白` として感じ取り始める。彼女は `ちょうど` が誰か一人ぶんの正解になりやすいと悟り、セリアの残した `皺`、トビアが守った `欠け`、ミナが外した `湯のぬるさ` をそれぞれ試した末に、整え直されかけた布へ自ら `そのまま` と返した。こうして局面は、`侍女の手つきそのものまで引き算へ変え、暮らしにも忠誠にも完成させすぎないかたちで、北影を昼前の不完全な部屋として保ち続ける` 段階から、さらに器自身もまた、その不完全さを `なおせなかった乱れ` ではなく `自分たちで選ぶ余白` として引き受け、北影を誰の部屋にも決まりきらないまま自分でも守り始める段階へ進んだのです。

感想・ブクマ・評価、どれも本当に励みになっています。ありがとうございます!

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