第7話 小魚を種籾に
八郎は、おかしな事を言う。
そう言うと、いつも無表情な弟が、兄ちゃんにだけは言われたくないと、珍しく顔色を変える。
俺には俺の理屈がある。
勢いと、その場のノリだ。
他の者が考えもしない事を言い、やってみせる。
見た者の目の色が変わり、熱が生まれる。
その熱の流れに乗り、俺の勢いは増す。
熱の波に乗る。
八郎も、いつも突拍子もないことを言い、言ったことをやる。
八郎の勢いとノリだ。
同じだろうと言えば、八郎は絶対に違うと気色ばむ。
俺は身体で感じる。
八郎の理屈は、俺の理屈とは違うが、無視して良いものではない。
自分で作った熱の波に乗るのも面白いが、八郎の作る、どこへ流れて行くのか見当もつかぬ波に乗るのも良い。
ヒリヒリ、ゾクゾクする。
いつも、ぼんやりとして気怠そうにしている弟だが、俺と従妹のさきの身を案じる時だけは、何やら考え込んで、デカい波を立てる。
北の山の山賊の塒が燃えた時から気づいた。
見咎められれば、縊り殺されるかもしれぬのに、一人で忍び込んで行った。
命を賭けて持ち帰ったのは盥と小さな刀子だった。
やはり、俺の弟だなと思った。
身体を張って、理解しがたいことを、やり遂げてこそ、男ぶりが上がるというものだ。
八郎の作る波は熱い。
八郎は、盥を背負い、懐に刀子を納めて、俺が教えた隠れ入り江に通い、塩と干物を作って帰って来た。
一体、これだけの塩を、どうして手に入れたのかと尋ねたら、兄ちゃんのおかげだという。
小袖の塩だという。
訳が分からぬ。
しかし、それが良い。
いつもは無口な八郎が、早口で仕組みを語る。
「砂は重い。小袖で塩を作れる」
「小袖でなくとも良い。代わりに竹の枝を組み、茎の堅い草や、葛のつる、海藻などの乾きやすい物を織り込んで筵のような物を編んだ」
「編んだ筵を竹で組んだ物干しに、隙間を空けて何枚も重ねて干す」
「盥に海水を汲み、重ねて干した筵に海水をかける」
「筵が乾き、塩粒が出来たところで、また海水をかける。おちる海水を盥で受ける」
「繰り返すほどに盥の海水は塩が濃くなる」
海水を桶に汲んで浜の上の塩田まで何度も行き帰りせずとも、重い砂を掻き混ぜ、乾いた砂を集めて運ばずとも、八郎一人の働きで、大人10人が海水を汲み、砂を運んで作るのと同じだけの塩を作ったという。
仕組みのことはピンと来なかったが、八郎が言うのなら、そうなのだろうと思う。
俺は腕の良い漁師で通っている。
しかし、半分は八郎の腕前だ。
八郎は、アレコレと上の空のことが多い弟だが、気の向く事にかけては、恐ろしく辛抱強い。
釣り針を削り、磨く作業が好きなのだという。
弟の削る釣り針は、誰の削った物よりも細く鋭い。
値の張る鉄の釣り針を使う者も居る。
確かに、良く釣れる。
しかし、根掛りして失えば大損だ。
だから多くの者は、鹿の角や猪の牙から釣り針を削りだす。
面倒だが、削って作る。
その面倒な作業を好きだという八郎の削った釣り針は、咥えた魚を決して逃がさない。
塩も、そうして作り出したのだろう。
その塩作りを皆ですれば、西の浜は分限者だらけになるなと言ったら、八郎が、それは良くないという。
この塩づくりの方法は秘密にすると言う。
小魚が肥え太れば、大きな魚や海鳥が、寄って集って、しゃぶり尽くしに来るという。
そんな悪党ども、ブン殴って追い返せば良いと思ったのだが、弟に従うことにした。
この塩づくりの仕組みを考えたのは八郎で、八郎が言わぬのに、俺が自分の手柄のように吹聴すれば、俺の男が下がる。
そんな事は、頼まれても願い下げだ。
頑固で、一度、言い出したら止めても聞かない八郎だが、従妹のさきには逆らえないようだ。
八郎の作った干物も特別だった。
八郎は嫌がっていたが、さきは売ると言って、弟は干物だけならと頷いた。
俺達が飢え死にしかけていた時に、さきが俺達に干物を分け与えた。
さきが干物の事を言えば、弟には逆らえぬ波となるのだろう。
盥集めた濃い海水を煮詰めるのは、煙を見咎められぬ夜にやっているという。
火の明かりも隠したかったので、入り江を囲む崖に、ちょうど開いていた洞にこもり、流木を拾い集めて火を起こすという。
「煙が多く出るから皆、嫌うけど、焚き付けには松ぼっくりや松の枯れ枝が役に立つ」
「松の枝が燃える時に染み出してくる松脂は、水に濡れても燃えるので重宝した」
「松脂とは水に逆らうもののようだ」
「作業の合間の手持無沙汰に釣りをしたら、スレていない隠れ入り江の魚はよく釣れた」
「急な雨に降られた時、釣った魚を開いて波打ち際で洗うのが面倒だったので、洞にこもったまま、濃い海水を煮詰める途中で掬ってすてる灰汁で洗い、松が燃える煙に当てて乾かしたら、味が良く、日持ちのする一夜干しが出来た」
さきが帰った後、旨い一夜干しの作り方を語った八郎が続けて言う。
「急がないといけない」
「もっと時間をかけて、少しづつ、目立たぬようにして大きな群れになるつもりだった」
「大魚が来て喰いつくされる前に、種籾として残されるような小魚にならないといけない」
そこまでは、まあ、なんとなく分かる。
弟は、全く、おかしなことを言う。
俺に烏帽子を被れと言う。
烏帽子など、お高く気取った奴らが被るものだろう。
着飾った奴らは、烏帽子を被らぬ俺達を、裸で出歩くようなものだと笑うが、裸の何が悪い。
筋骨逞しい俺様の裸は美しい。
俺様のように美しくなくとも、村の婆様などは、もろ肌脱いで垂乳根を振り回して畑を耕している。
裸だからと恥ずかしがっていてはカッコよくない。
しかし、八郎は形が大事だと言う。
これからも密かに塩を作るので、浦の長入江の向こうの瑠璃山に行き、住吉社に奉納しろという。
兄ちゃんは信心深い氏子になって、住吉社の御札を売って回る役目を引き受けろ、願い出ろと言う。
航海の安全や商売の繁盛に御利益のある住吉様は全国に社を構え、大きな力を持っている。
その社に塩を奉納し、信心深い氏子として振る舞えば、俺達を喰おうとする者を住吉社が睨むという。
種籾になる工夫だと言う。
どうにも、長い物に巻かれようとするのは引っかかったが、浦を通り過ぎる帆船の行く先に漕ぎ出でて、ありがたいお札を掲げるというのは面白そうだ。
目立つことは良いことだ。
俺の強さ、カッコよさを皆が見る。
「ガハハハハ。我は六郎。住吉様の使いなり」
ちょっと波が立てば、真っ二つに折れてしまいそうな小早船に乗るのは良い。
このギリギリ感がたまらない。
帆船に呼びかけても、お札は、あまり売れなかったが、構わない。
皆が俺を見た。
気分よく家に帰ったら、弟が、また、おかしなことを言う。
戻ってきたばかりだというのに、長入江に連れて行けと言う。
ひどく叱られている、あるいは棒で打たれている帆船の水主が居るはずだから、間に割って入ると言う。
全くもって、八郎は俺様の弟だ。
何を根拠に、そんなことを言うのか、さっぱり分からぬが、この波は熱くて大きいと俺の勘がささやいている。




