第6話 潮と風
風向きは、いつも西から東である。
野分が吹く時は変わるが、そうでも無ければ、西から東へ吹く。
そういうものである。
西の浜の漁師も風の力を使う時がある。
丸木舟しか持たぬ西の浜の漁師であるが、大きな丸木舟を使う者は、船縁の両端に竹竿を立て、筵を渡して風を受けて海を進むこともある。
しかし、ままならぬものである。
東へ進むには良いが、帰ろうと思えば、筵を降ろして手櫂で漕いで戻らねばならぬ。
今、風は北から南に向いて吹いている。
西の空を見る。
雲の形、風に流れて行く様。
野分が吹く時の姿のように見える。
沖を進む帆船が東へ進む。
南の沖へ向かって進むのではなく、東へ進んでいる。
潮の流れに乗っているのか。
確かに今は、潮が西から東へ流れる頃合いである。
しかし道理に合わぬ。
帆を降ろしていないのだ。
なぜ、船は東へ進むのか。
帆に受ける風に押されて南へ流されぬのか。
沖を吹く風の向きは違うのか。
海面を見る。
吹き抜ける風で立つ波紋は北から南に向いている。
物の怪の類か。
あるいは荷駄を牛が曳くように、滑鯨のような海獣を飼い慣らして船を曳かせているのか。
そのような仕掛けがあるようには見受けられぬが、潮の流れに乗って進むにしても、海獣に曳かせるにしても、帆が受ける風の力は邪魔になるだけであろう。
なぜ、進むのか。
帆をあげたまま東へ。
足が震えた。
風向きが変わった。
東から西へ吹いている。
波紋の立ち方からして、沖の風向きも同じであろう。
帆船は進む。
東南に向かって。
横風を受けて進んでいた時よりも、ずいぶんと遅い進み方ではあるが、それでも進んでいる。
帆を降ろさず、櫂で漕ぐでもなく、風向きに逆らって進んでいる。
理屈に合わぬ。
恐ろしいものである。
山の頂から水が湧き出るのは神仏の加護であると言う者がある。
あれも神仏の加護か。
しかし帆船に乗る者達は神仏の使いであるなどと聞いたことがない。
何かの理があるのだろう。
自分達の乗る丸木舟と何が違うのか。
目を凝らす。
帆の向きが変わっている。
北から南へ風が吹いていた時は、帆は斜めになっていた。
追い風を受けて進む時、帆は風向きに対して真横にするものであろう。
そうして、風の押す力をすべて受けるようして進む。
それが、横風の時は斜めに受けていた。
横風の力を全て受けぬようにして船の後ろへ受け流すようになっていた。
逆風の今は、風に対して縦に帆を張っている。
いや、まったくの縦ではない。
わずかに傾いている。
ほんの少し、向かい風を北向きに逸らすように傾いている。
そして、東南に、ゆっくり進んでいる。
帆船というのは風向きに応じて帆の向きを自在に変えることのできる仕組みがあるようだ。
しかし、理が見当たらぬ。
風を斜めに受けて、風から受ける力を逸らしても、風向きに逆らって進む力にはならぬだろう。
あの恐ろしい船を見ることに疲れて、視線を降ろす。
眼下の岩礁に寄せては返す波。
大小、形も様々の岩。
打ち寄せた波が戻る際、岩に当たって、岩の形に沿って流れを変えて戻って行く。
波も風も同じであろう。
様々な事が思い浮かぶ。
一つの事を思い続けることが難しい。
あれこれと、益体のないことが頭の中に浮かび上がる。
魚の鰭。
ずっと不思議に思っていた。
尾ヒレや胸ヒレは分かる。
前後左右に振って水を掻き、進むように出来ている。
分からぬのは背ヒレや腹ヒレだ。
あれは水を掻いて動くようになっていない。
喰われぬための工夫かと思ったこともある。
背ヒレのあたりに大きなトゲがあって、大きな魚が丸飲みすることを嫌うような魚が居る。
しかし、全ての魚が、そうではない。
むしろ、喰われぬための工夫としてならば、身体中に毒を持ったトゲを生やす魚の方が多い。
小さな赤色のトゲだらけの魚を思い出す。
あれの毒を知らずに刺された時は難儀した。
しばらくの間、手が腫れて痛んで、何もすることが出来なかった。
兄の事を思う。
野に棲む獣のような兄である。
小さな赤色のトゲだらけの魚を丸飲みにしようとしたことがある兄である。
毒を持つことを知らなかったのではない。
知っていて、飲もうとした。
さすがの兄も、すぐに吐き出した。
口の中が腫れあがって、何も喉を通らない日が2、3日続いた。
それだけであった。
獣のような、しぶとさがある兄である。
どうして、丸飲みしようと思ったのか聞いた。
誰も出来ぬこと、誰も、やろうと思わぬことを、やってこそ、自分らしいのだと答えが返って来た。
浜子の役をする時、桶を4つも吊り下げて、平気なのは何故かと聞いたことがある。
桶に汲む海水の量と、天秤に吊るす位置が釣り合えば、2つも、4つも、大して変わらぬと返事が返って来た。
勘所を掴めば、振り回すことも容易いと言う。
兄が持って生まれた勘。
獣のような勘だけで、命を失くすようなことをして、生き延びている。
大人の2、3人分の働きをする。
あの屈強な身体と勘働きで、喰っても死なぬ量を感じ取り、皮付きのクサフグを齧り、小さな赤い魚を吐き出したのだろう。
ああ、また、思いが逸れてしまった。
岩礁を洗う波を見る。
薄い板のような形の岩を見る。
戻る波が薄い板の形に沿って、真っすぐに流れて行く。
視線を帆船に戻す。
船首から海面に降りる真っすぐな材がある。
波に浮き沈みする都度、垣間見える。
あの突き出た材は船の腹まで続いているようだ。
そうか。
あれは船の腹ヒレだ。
魚の背ヒレや腹ヒレは、真っすぐに進む流れを作るものだ。
帆の傾きを変えて加減と向きを変える風の力。
船の腹ヒレが作る真っすぐな力の向き。
天秤の釣り合い。
恐ろしい。
恐ろしく、頭の冴えた人が居たものだ。
逆風に逆らって進む帆船を造った人。
一人で創り上げたものではないと思いたい。
海の中の山の広がり様を何代もかけて覚えた漁師のように、少しづつ、積み重ねた工夫であって欲しいと思う。
しかし、あれは良くない。
進む先の波の色が違う。
帆船の水主の動きも慌ただしい。
少しは知っているようだ。
帆の向きが真逆になる。
船の進む向きが北東に変わる。
思い浮かべる天秤の釣り合いと合致する。
しかし、それも良くない。
その先も、僅かに波の色が違う。
帆船が揺れる。
波に隠れて見えぬ岩礁に船の腹が当たったようだ。
しかし、船の腹を食い破られるほどには当たらなかった。
遅いながらも避けようとしていた。
長い櫓を持ち出して必死に波を掻いていた。
少しは知っているようだ。
仕方の無いことだろうと思う。
帆船は遠く九国から、やって来るものもあるという。
何度も通って、おおよそ、どこを通れば良いかは分かっていても、こと細かには知らぬだろう。
向かい風の中、進むことは出来ても、自由自在に操れるものではないことも分かった。
気づきを得た。
打つ手が増えた。




