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狭門の熾火  作者: 隣之 芝生


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第3話 出来物

 来年も生きているかは分からない。

 来年どころか、明日には死んでいるかもしれない。

 せめて今日ぐらいは楽しく生きたい。

 ウチは、そう思っていた。


 ウチ達は搾り取られる。

 田畑を耕す者は米を、商いをする者は売り物を、漁をするものは獲物を取り上げられる。

 何も持っていないときは労役を押し付けられる。

 道を整えろ、塩を作れと、汗と泥にまみれて使い潰される。


 いつも腹を空かせて、咳と熱が続けば、あっさりと死んでしまう。

 そういうものだと思っていた。

 叔父ちゃんの家が六郎と八郎の二人っきりになってしまった時も、やっぱり、そういうものだと思った。


 生き残った従兄弟の二人は、うつけだった。

 兄の六郎は、いつも、おかしな叫び声をあげて、誰もが呆れて笑ってしまう事をしでかす。

 弟の八郎は、いつも、ぼんやりと遠くを見て何もしない。

 それでも大事な血族だ。

 葬式も出せない従兄弟の家に行った。


「ハチ、これ食いな」


 従弟の八郎は気怠そうに、ウチが渡した干物を半分にちぎって片方を返してきた。


「姉ちゃん、食べてないんでしょ」


 軽く従弟の頭を叩いて、呻いて開いた口に干物を突っ込んだ。


「アンタぐらいのガキは、何にも考えずに食ってればいいのよ」


 従弟は、モソモソと魚の干物を咀嚼しながら何かつぶやいた。

 聞き取れなかったけど、たぶん礼を言ったのかなと思った。


 従弟ということになっているが、本当のところは良く分からない。

 腹違いの弟かもしれないし、甥か、叔父だと言われても驚かない。


 皆、今日を楽しむことに必死だ。

 独り身だろうと、所帯持ちだろうと、夜這いをかけることも、受け入れることにも躊躇いはない。


 誰もが、いつ死ぬか分からない。

 親が死んで、残された幼子が自分の息子や娘かもしれないと思えば、誰かが手を差し伸べる。

 子どもは村で育てる。

 そうして命をつないで、この西の浜の村は続いてきた。

 いや、どこの村であろうと、そうだろう。


 ただ、血が濃くなりすぎるのは良くないことだと何となく分かってる。

 身体が弱く、長く生きられない者が増えてくる。

 だから村の外の血を入れるようとするのだけれど、気心の知れた身内同士で固まっているのが楽なので、なかなか血は薄まらない。


 時々、不思議な事が起きる。

 並外れて頑健で強いもの。

 目が離せなくなるほど見目麗しいもの。

 気味の悪いほど頭の冴えるもの。

 そういった子が産まれる。


 従兄の六郎が、それだった。

 数えで十三になる頃には、村の誰よりも身体が大きく力が強かった。

 塩作りでは天秤竿に4つも桶をぶら下げて海水を運ぶ。

 大人の2人、いや3人分、働いた。


 村の娘衆は黄色い声をあげて六郎を持て囃すが、ウチは、そんな気にはならなかった。

 あれは中身が、どうしようもない。


 なぜ、そんな事を言うのか。

 なぜ、あんな事をやったのか。

 いくら考えても分からない。


 どういうことかと本人に尋ねれば、滔々と喋りだす。

 何を言っているのか、さっぱり分からない。

 もういいと止めても喋り続ける。

 呆れて離れても独りで叫び続ける。


 ウチは付き合いきれないと思った。

 あの血は貴重なものだが、受け継いでいくのは他の娘衆に任せようと思った。


 おや、と思ったのは山賊の塒(ねぐら)が燃え落ちた後だった。

 六郎が山賊の塒の焼け跡に隠されていた壺いっぱいの塩を持ち帰って、浦の市で食べ物に交換して皆に配った。

 さすが六郎だと娘衆達が騒いだ。


 やっぱり、その程度のものだろうと思った。

 六郎が浦の長入江に沈んでいたボロボロの小早船を曳いて村に帰って来た。

 娘衆達は興味深げに取り囲んでいた。


 いや、まさかと思った。

 どうしようもないゴミクズのはずの小早船が浮いていた。

 やっぱり六郎は凄いと娘衆達が色気づいた。


 そんな訳ないでしょと思った。

 六郎が烏帽子を被って、浮いているのがやっとの小早船に乗って、浦の前を通り過ぎるベザイ船に住吉社の御札を売り始めた。

 信心深いことだと大人達も六郎を褒めた。


 あまり関わりを持ちたくなかったのだけれど、六郎に、どういうことだと聞いてみた。

 おかしかった。

 誰も聞いていなくても喋る続けるはずの六郎の歯切れが悪い。


「うん、いや、その、ノリと勢いってことよ。細けえこたぁ、いいんだよ」


 気持ち悪くなって帰ろうと思ったら、八郎がウチの袖を引いて干物を差し出した。


「これ、お返し」

「ガキんちょが、生意気、言うんじゃないよ」


 いつも無表情な八郎が悲しそうな顔をしたので、頭を撫でてやってから干物を受け取った。

 持ち帰った干物を食べて驚いた。

 身が柔らかくて旨いうえに、日持ちする。


「ハチ、あの干物を作れるだけ作りな。ウチが売りさばいて、良いもの、いっぱい持って帰ってきてやっから」


 数日後、従兄弟の家に行って八郎に持ちかけたら、従弟は少し考えこんでからボソボソと答えた。


「あんまり長く、しない方がいいよ。3年、いや2年かな」


 従弟も従兄と一緒で、何を言っているのか分からなかったけど、役に立つことは間違いない。

 ウチは八郎が作る一夜干しを浦の市で他の食い物や日用品と交換して、村の暮らしは少し豊かになった。

 皆がウチを見る目付きが少しずつ変わり始めた。

 八郎は相変わらずだったけど。


「姉ちゃん、そろそろ止め時だよ」

「姉ちゃん、どうしても行くなら汚い格好して」

「姉ちゃん、魚の内臓を小袖に擦り付けて臭くした方がいいよ」


 六郎以上に八郎の言うことは分からない。

 食い物を売りに行くのに、汚くて臭い格好をする必要がどこにあるっていうのよ。

 八郎は、とても悲しそうな顔をして、どうして、そんなに悲しそうな顔をしたのか、ウチにも分かるまで少し時間がかかった。


 弓部(ゆげ)の荘園の代官が来た。

 父ちゃんとの談判も、そっちのけでウチの胸や尻ばかり見ていた。


 気が付いた。

 浦の市でも男は皆、ウチの顔を見て、それから舐め回すように胸や尻を見ていた。


 父ちゃんが死んだ冬が終わって春が来た。

 数えで十三になった従弟が、また穴を掘っている。

 誘うような格好をしてみせたのに八郎だけはウチの胸や尻を見ない。

 ウチを下卑た目では見ないけど、ウチを見ないでウチの明日よりも来年よりも、ずっと先を見てた。

 この数年の出来事、全部、八郎の仕業だと思えば、なにもかも腑に落ちた。


 出来物。

 不思議な言葉。

 出来物(できもの)と言えば身体を蝕む腫れ物。

 出来物(できぶつ)と言えば秀でた人。

 

 六郎も八郎もウチも出来物だ。


 腹の奥底から湧き上がってきた欲で頭の中が一杯になった。

 八郎の血をウチの血と混ぜて産み落としたい。

 身重の身体になればウチの身柄の差し押さえを引き延ばせるとか、今更、そんな目先のことを考えたわけじゃない。

 ウチが生きていた証を、この村に残したい。

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