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狭門の熾火  作者: 隣之 芝生


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第21話 鶴はどこへ

 十郎さんに背負われて運ばれている。

 何もかもが遠い。


 何時も、ぼんやりしていて、何もかもが、どうでもよい遠い物だと思っている。

 でも、この遠さは嫌だ。


 いつもは、まとまらない考えが、一つになって、虚ろな自分が満たされたような心持ちになるかと思えば、何もかもが、バラバラになって散っていって、どうしようもなく悲しくなる。


 遠く、声が聞こえる。


 強い色の声の波。

 大宰府に押し寄せる武士(もののふ)の鯨波の声。


 その大きく強い波に抗(あらが)って走る、幾筋もの波。

 細いけれど、強く、大波を割いて進む、幾筋もの波。


 細い波が上げる声。

 名乗っている。


 どの細く強い波も名乗っている。

 我こそは、狭門の海の大海賊、伊予掾であると名乗っている。

 この首を獲れば、恩賞は思いのままぞと叫んでいる。


 色めき立ち、乱れる大きな波。

 削られながら、強く進み続ける幾筋もの細い波。


 兄(あん)ちゃん。

 兄ちゃんも、そこに居るの。


 兄(あん)ちゃん。

 一緒に海に戻ろうよ。


 坂東の海の沖に、鬼ヶ島があるかもしれないよ。

 一緒に探しに行こうよ。

 百太郎さんに会えるかもしれないよ。


 百太郎さんなら、流れて来た桃を拾ってくれるよ。


 兄ちゃんは、鬼より強いから、鬼をいじめないんでしょ。

 桃太郎のお話は、何もしてない鬼をいじめるから嫌いだよ。

 意味の分かる、おとぎ話を聞きたいよ。


 目の前を亀が飛び、鶴が泳ぐ。


 亀を助ける話は、意味が分かるよ。

 鶴を助ける話は、意味が分かるよ。


 やってはいけない事を、やらないように、言われた事を守らせるために語って聞かせるものでしょ。


 亀を助けた若者は、開けてはいけないと言われた箱を開けて、年を取ってしまった。

 鶴を助けた猟師は、見てはいけないと言われたのに見て、鶴は帰ってしまった。


 だから、約束したことは、守らないといけないと覚えるための話だよね。

 あれ、でも、おかしいね。


 みんな、してはいけないと言われたら、したくなるんだね。

 伊予掾様は、皆が約束を守らないと言って、困っていたね。

 でも、怒ってはいなかったね。


 どうしてだろう。

 約束を破られたのに。


 あれ、おかしいね。

 鶴は何をしていたのかな。


 鶴は羽を抜いて布を織ったね。

 助けてくれた猟師のために、自分が飛ぶための羽根を抜いて、布を織ったね。


 羽根は布を織るような形をしていないよ。

 鳥の羽根を使った、皆の知らない着物の織り方があるのかな。


 いや、それはいい。

 それは後で考えよう。


 いや、無駄だ。

 僕は毒を飲んだ。

 僕の息は止まるだろう。

 もう後はない。


 あれ、おかしいね。

 僕の息は止まってしまっても構わないのに、惜しいと思っているね。

 何が惜しいのだろう。


 そうだ、布を織っている所を見られた鶴は帰ってしまったね。

 鶴は家族の所へ帰ったのかな。


 おかしいね。

 沢山、羽根を抜いて布を織ったから、もう飛ぶ羽は無いのに。


 羽の無い鶴は、どうやって飛んだんだろう。

 飛べない鶴は、家族の所へ帰ることが出来たのだろうか。


 そうだ。

 おかしいね。


 やってはいけないと言われても、やっている人が居るね。

 奪ってはいけないと言われて、奪っているね。

 殺してはいけないと言われて、殺しているね。

 

 そういう人は、やりなさいと言われれば、やらなくなるのかな。

 して良いと言えば、しなくなるのかな。


 兄(あん)ちゃんは、どう思う。


 そうなんだ。


 兄ちゃんは、いつも抗(あらが)っていたんだね。


 怖かったから、怖くないと言ったんだね。

 苦しかったから、苦しくないと言ったんだね。

 悲しかったから、悲しくないと言ったんだね。


 ずっと、ずっと、我慢していたんだね。


 怖かったんだね。

 苦しかったんだね。

 悲しかったんだね。


 それを隠して、僕のそばに居てくれたんだね。

 寒いのに、寒くないと言って、必要なのに、必要ないと言って、自分の小袖を脱いで、僕に着せてくれていたんだね。


 僕が近くに居たいと思うから、兄ちゃんは遠くへ行くの?

 じゃあ、僕が遠くに行けば、兄ちゃんは僕の近くに来てくれる?


 遠くへ行けば、会えるかな。

 会えたら、どうしよう。


 きっと泣いてしまうから、笑うよ。

 僕も抗(あらが)えば、ずっと一緒に居られるかな。


 おさき姉ちゃんにも、一緒に居たいと言えば、遠くに行って、楽になってくれるかな。

 自分が食べたいのに、要らないといって、僕に食べさせようとしなくなるかな。


 どこへ行こう。

 どれぐらい、遠くへ行けば良いだろう。


 羽根の無い鶴は、どこへ行ったの

 家族の所に帰れたの?


 僕はどこへ行こう。


 どこか遠い海へ。


 寂しいけれど、寂しくないと言うよ。

 会いたくないと言って、兄ちゃんを捜すよ。


 独りが良いと言いながら、皆と仲良く暮らすよ。


 だから、ねえ、兄ちゃん……。

 僕の兄ちゃん……。

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